第5話 加護の力
あの日から丸一日。
黒いローブに身を包んだ俺は、ようやく森の外へと抜け出す事が出来た。
森の外には広大な世界が広がっていた。
辺り一面緑の草原。見渡す限りの広い青空。遮るものなく俺に当たる心地よい風。空気がおいしいってこういうことをいうのかと俺は初めて実感した。
元の世界では感じる事のなかった感動と興奮。俺は目の前の光景に心が躍っていた。
これも全て彼女のおかげだ。
不法侵入し、裸を見られた相手を許す寛大な心の持ち主、トビネさん。
本当に許されたかどうかはわからないが、この光景を見る事が出来たのも彼女が親切にしてくれたおかげだ。見たところ俺と同じぐらいの年頃だったし、もっと話すことが出来たなら、仲良くなれたかもしれない。
それにしてもトビネさんの声は綺麗だったな。なんというか、こう、透き通る感じの透明感ある声だった。それでいて凛として、耳に残る。聞いていてとても心地いい感じだった。
もちろん俺をここに送り込んだ張本人も忘れていない。ルナさんが俺を召喚してくれたおかげで、俺は今こうしていられる。
まあ、もう少し説明してほしかったんだが。
そういえばトビネさん。夜明けとともに魔物に襲われるなんて聞いてないんですが……。
確かに夜に魔物は出ないと教えてくれた。でもまさか夜明けすぐに襲い掛かってくるとは思わなかった。
子犬のような魔物だったから逃げる事ができたが、大型だったら逃げられる気がしない。今度からは慎重に動くことにしよう。
俺はもっと沢山の情報を集める為に、ここから北にあるというマデンカ王国に向かうことにした。この大陸で一番大きな国ならばいろいろな情報が飛び交っているだろう。
運が良ければ魔王についても何か聞けるかもしれない。
そうして俺は、トビネさんに貰った地図を頼りにマデンカ王国に向かって歩き出す。
しかしトビネさん。地図書いてもらっておいて言うのもあれだけど、地図、下手過ぎやしないかな? もう何が書かれているかさえ正直分からないレベル。かろうじてマデンカ王国の位置と方向はわかるからいいんだけど……。
その何が書いてあるかわからない地図を頼りに俺は、また一歩。また一歩と歩いて行った。
○
それからしばらくして、俺はようやくマデンカ王国を目にすることが出来た。迷いながらもようやく見えた目的地。しかしもう迷いはしない。目的地さえ見えればこっちの勝ち!
と思った俺が馬鹿だった。普通に迷った。
なぜかこの辺りだけ平地ではなく、狭谷みたいになっており、道が分かりづらい。だが、確実に近づいては来ているのは確かだ。
あと少しと自分に言い聞かせて、また歩き出す。
そんな時、近くから二つの声が聞こえた。怒声と悲鳴。俺はその声がするほうへと向かっていく。
岩と岩の隙間から声がするほうを覗く。なにやらいかつい男が、フードを被った若い女性を追いかけまわしているようだった。
「いつまでも逃げてんじゃねぇよ!」
「い、嫌ぁ……! 誰か……。誰か助けて……」
どうやら女性のほうは、声を充分に出せる程の力は残ってないらしく、捕まるのも時間の問題だろう。
ここはきっと助けに入るべきだ。だが、思うように体が動かない。
恐怖。それが俺の体を支配していた。助けに入ったところで、怪我をして終わりかもしれない。下手をすれば死ぬ。そう思うたび、体の震えが止まらない。
もう見なかった事にしようか、などともう1人の俺が語りかけてくる。
――あの時と同じように助けるのか? また裏切られるだけだぞ?――
その心の声で、俺はあの時の事を思い出す。忘れたい忌まわしき記憶。大切な何かを失ったあの時の事を。
――さあ逃げよう。全て見なかった事にして――
心の声の言う通りにしようとする俺がいる。俺はそんな自分が嫌になってきた。
そんななか、女性はもう逃げる気力もないのか地面にへたり込んでいた。男はそれに近づくと、刃物を取り出す。
どうやら短刀のようだ。
「もう逃げられないぜぇ……!」
男はそう言うと、短刀を振りかざす。
女性は絶望したような表情で、涙を浮かべながら叫んだ。
「た、助けてっ!!」
「……っ!」
女性の叫びを聞いた俺は、考える前に飛び出していた。
俺は男めがけて走り出す。男は俺に気付いたのか慌てた様子をとっている。しかし、すぐさまこちらを向いて態勢を整えてくる。
「誰だテメエ!」
まっすぐ向かってくる俺に、男は短刀で切りかかってきた。俺は持ち前の反射神経で体を反らし、ぎりぎりでそれを躱すとすぐに間合いを詰める。男と俺の距離はほぼ零。
俺は野球のピッチャーが球を投げるが如く拳を振り上げ、全体重を左足にのせる。
「うわああああああ!!」
俺は叫びながら男の顔に拳を当て、振り抜いた。そしてすぐさま態勢を立て直そうとした俺は、驚きの声を上げた。
「えっ……?」
女性も俺を見て唖然としている。俺は自分の状況が理解できない。
俺に殴られた男は、数メートル先の岩まで吹っ飛んでいた。数メートルも、だ。驚くのはそれだけではない。
その岩にめり込んでいるのだ。普通ならありえない。
だってそうだろう? 普通は殴り飛ばしても、せいぜい一メートル程度。それの数倍もの距離を男は殴り飛ばされている。しかも岩にめり込んでいるのだ。
「な、なんだこれ……?」
俺は自分の拳を見る。しかし、何も変わった様子はない。
その時俺は、ある言葉を思い出す。
――貴方に私の加護を与えました。これで貴方の身体は強化され、貴方自身が成長するごとに加護の力も増大していきます――
俺が男を吹っ飛ばしたあの現象。あれは、俺の力によるものだ。
つまり俺の力が強くなったのは、ルナさんに与えられた加護の力というもののせいだと考えられる。だから俺は男をあんなにも吹っ飛ばせたのだろう。
自分で確かめたほうがいいと言っていたのも納得がいく。口で、君強くなったよと言われても実感なんて沸かないが、自分で体験してみると、俺強くなった! ってなるだろう。
今の俺がまさにその状況。加護の力凄すぎる。
俺のパンチをくらった男は完全に気を失っているようだった。
それを確認した俺は、女性のほうに近づいて行く。
「あ……あ……」
女性は怯えた表情で俺を見ている。その顔を見た俺は立ち止まった。
無理もないか……。あんないかつい男を一発で倒しちゃったんだもんな。余計恐がらせちゃったか。
ここに居ても仕方ないと思った俺は、マデンカ王国の方に足を向ける。その場から立ち去ろうとしたその時だった。
「あ、あの……! あ、ありがとうございましたっ!」
「…………!」
女性は俺にお礼を言うと、そのまま走り去って行った。
「ありがとう、か……」
そんな言葉を聞いたのは随分と久しぶりだ。人に感謝される事なんてもう二度と無いと思っていた。……まあそんな話どうだっていいか。
そうして俺は、マデンカ王国へと歩き出す。しかし、今度は後ろから誰かに呼び止められた。
「待ってくれ」
俺は後ろを振り返る。そこには、銀色の鎧をまとった騎士のような恰好の中年の男が立っていた。
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