第4話 『レアム・ロネス』



「俺……記憶がないんです」


 真剣に決め顔をする俺。演技力には自信がないので、怪しまれてないか心配だ。

 とりあえず俺は真剣な表情を維持する。


「……ふふっ、なかなか面白いですね。貴方は」


 ちくしょう! 笑われた! 疑うどころか最初から信じられてない!

 やっぱり駄目だったみたいだ。俺が人を騙すなんて出来るわけないか。

 俺が俯いて、まじめにショックを受けていると、これが吉とでたのか彼女の表情が真剣なものに変わった。


「……もしかして本当に記憶がないんですか?」

「え? あ、ああ、はい。記憶がないんです……」


 まさかこんな形で作戦が成功するとは思っていた俺は、表面悲しげな雰囲気を出しながらも、内心ものすごくホッとしていた。

 よ、よかった……! 成功した! これでいろいろと聞きやすくなるぞ!


「ごめんなさい……。私、貴方が冗談を言っているのだと思って……」


 彼女が申し訳なさそうにしているのを見て、俺は罪悪感を感じた。

 すみません冗談なんです……。本当にごめんなさい。


「い、いえ、気にしないでください。それでですね。いろいろと聞きたい事があるんですが」


 罪悪感を抱きつつも、俺はこの世界の事について教えてもらうことにした。

 やっぱり情報がないとやっていけない。この世界の最低限の事は知っておきたいな。


「ええ。私が知っている事なら話しますよ」

「ありがとうございます。では早速なんですが――」


 やっぱり彼女は優しい。


 まず彼女が最初に話してくれたのは、この世界の事についてだった。

 彼女の話によると、この世界は『レアム・ロネス』と呼ばれるところらしく、約四十五億年前に誕生し、それから長い歴史を積み重ねて今に至る。随分と凄い名前の世界なのはスルーだ。

 現在は六つの大陸に分かれており、現在、俺がいる大陸はマデンカ大陸というところらしい。

 このマデンカ大陸には三つの国があるらしく、それぞれマデンカ王国・日ノ本ノ国・聖国という名らしい。その中で最も大きな国がマデンカ王国であり、今いるこの森もマデンカ王国が所有する領内だという。

 

 話を聞いていた俺は、一つ疑問に思った。

 。そこにはサムライと呼ばれる戦士が多く存在しているらしい。

 ……どうも日本と似ている気がしてならない。日ノ本ノ国って国名とか、サムライだとか……。俺の気にしすぎか? まあ、後で聞けばいいか。


 次に彼女が話してくれたのはこの世界の歴史についてだ。といってもあまり昔の事まではわからないので話せないらしいが、俺にとってはどんな些細な情報でも嬉しい。


 今から七百五十年前、突如魔族と呼ばれる者達がこの世界にやってきて、大規模な軍勢で侵略を始めた。その数約二十万。魔族との戦いは、それはもうすごかったと言い伝えられているらしい。

 戦いが始まってから百五十年あまりが過ぎたころ、戦いは終結した。人間族側の六人の勇士が、魔族達をものすごい強さで圧倒していき、魔族の世界へ撤退させたというのだ。たった六人でだ。一体どれだけ強いのか。

 そして勇士達は、その後六つの大陸に分かれ、それぞれが国を作り上げた。その内の一つが、この大陸にあるマデンカ王国だそうだ。

 それからしばらくは平和な暮らしをしていたらしいのだが、二十年前、魔族が再び侵略を開始したらしい。つまり現在進行形で魔族と戦争中というわけだ。


「だから意味もなく外に出るのはやめた方がいいですよ。いつ魔物に襲われるかわからないもの」

「なるほど……」


 今話に出た魔物というのは、魔族が従えている動物の事を言うらしい。彼女の話によると、犬とか竜だとか色々存在してるとのことだ。

 俺は竜って聞いて、興味を持つとともに、少しこの世界が恐ろしくなった。


「それにしても本当に何も覚えてないのですね……。まるで最初から何も知らなかったような感じで聞いていましたし」

「い、いやあ。ほ、ホントに何も覚えてなくて……。あ、あははは……」


 危ない……。 少し聞きすぎたか……? とにかくここから出よう。少しだけだけど情報も得たし。


「そ、それじゃあ俺、そろそろ行きますね。色々とありがとうございました」


 俺は深々と頭を下げて小屋から出ようとした。しかし、またもや彼女が俺を引き留める。


「待って。このローブ、使ってください。その服装だと目立つだろうから、新しい服を買うまではこれを着てください」


 そう言って渡された黒いローブを、俺は受け取れずにいた。

 俺は不法侵入し、裸を見た挙句、彼女を騙してしまったのだ。これ以上この人の優しさに頼るわけにはいかない。


「あの、気持ちだけ受け取っておきます。これ以上、貴女の優しさに甘えるわけにはいきません」


 これでいい、服は後でどうとでもなる。それまでの辛抱だ。


「……最後ぐらい人に優しくしたいの」


 俺が、ローブを受け取るのを拒否した後、彼女は何かを呟いたが、俺にはよく聞こえなかった。

 今なんて言ったんだろうか? 全然聞き取れなかった。

 

「あの、今何か言いました?」

「あ、いえ。何でもないです。これもう捨てようと思っていたの。だから、受け取ってくれませんか?」


 そう言うと、彼女は上目遣いでこちらを見つめてくる。

 俺は結局ローブを受け取った。決して上目遣いに負けたからではない。もう一度言おう、決して上目遣いに負けたからではない。大事だから二回言いました。


 俺が戸を引こうと手を伸ばした際、もう一度お礼を言おうと思い、彼女のほうに振り返る。

 その時、壁に一枚の写真が貼ってあるのを見つけた。その写真には、幼い黒髪の少女と、年老いた白髪の老人が写っていた。写真の淵には、かすれて読めない文字と、英語らしき文字で書かれた文字が彫られていた。俺はその文字を、いつの間にか声に出して読んでいた。


「セイ、カ……」

「……え?」


「え? あ、ああ、すみません。色々とお世話になりました」


 彼女はなぜか険しい顔でこちらを見ている。

 あ、あれ? 俺なんかまずい事言ったかな?

 そんな事を考えていると、彼女の顔は先ほどまでの凛とした表情に戻っていた。


「気にしないでください。それじゃあ気を付けて。さようなら、ハレバネさん」

「本当にありがとうございました。それじゃ……って、俺の名前はハレバネじゃなくてハルバで……え? なんで俺の名前……」

「え? だってそこに丁寧に書いてあるじゃないですか」


 彼女はそう言うと、俺の胸元を指さす。胸元には名札が付いていた。

 ああ、これは確かにご丁寧に“晴羽はるば”なんて書いてある。ん? 待て。なんで彼女これ読めたんだ……?


「こ、これ読めるんですか?」

「……読めるも何も、それは共通語でしょう? 読めて当然じゃないですか。……もしかして馬鹿にしています?」


 なんだって……? そういえば、今まで普通に話してたけど、ここが異世界だって事すっかり忘れてた。異世界の住人と普通に話せるという事は、つまり言語が共通してるって事だ。なんでそれに気づかなかったのか。

 もしかしてルナさんが心配ないって言ったのはこれのことだったのか。でもまさか異世界の言葉が日本語だったなんて……。とりあえず、これで一つの不安が解消された。これ以上怪しまれないうちにここを出よう。


「そ、そうでしたね! すみません。ではこれで!」

「はい。気を付けて、晴羽さん」


 勢いよく小屋を飛び出そうとする俺は一瞬止まる。

 彼女は異世界での記念すべき初遭遇者だ。名前ぐらい聞いておこう。お世話にもなったしね。


「あの! 貴女の名前は?」

「……私? 私の名前は……トビネ。そう、トビネです」


 名前を言う事に少し戸惑った彼女を、俺は不思議に思いつつも最後の挨拶をして森の中へと走り出した。しかし、トビネさんが最後に一瞬だけ見せた哀しげな表情を、俺は忘れられずにいた。

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