第2話 光の精霊
「私はルナリス・ウィルウィスプ。光の精霊です。ルナと呼んでいただいて構いません」
「はあ、光の精……はい?」
今、俺は不思議な体験をしている。とても理解しがたい状況だ。
俺の目の前には、人と呼んでいいのかわからない女性が立っている。女性の姿をしているが、そもそも女性なのかすらわからない。
ルナリス・ウィルウィスプ。自らを光の精霊と名乗っている。
彼女の足はスラリと伸び、まるでモデルのような高身長とスタイル。上半身に連なる豊満な双丘に、腰のあたりまで伸びた金色の髪。整った顔立ちに、青い瞳はやや垂れており、柔らかい目つきが色っぽく、大人の女性という感じだ。そんなルナさんに、俺は少し見惚れてしまっていた。
……しょうがないじゃないか。美人なんだもの。
その視線に気づいたのか、ルナさんは小首を傾げている。
「……あの。どうかなさいましたか?」
「へ? あ、ああ!いや、なんでもないです、すみません……」
「それならいいのですが……。ところで、貴方が晴羽拓斗さん、ですね?」
不思議そうにしていたルナさんだったが、すぐに顔色を変え、真剣な表情で話を進める。
「……ごめんなさい人違いです」
「冗談はやめてください。消しますよ」
「すみませんでした。俺が晴羽拓斗です」
恐かった。もの凄くいい笑顔で殺意に満ち溢れたような事を言う人初めて見た。というか、わかってるなら聞かなくてもいいと思うんだが……。
この人に嘘言うのはやめよう、と心に誓った俺は会話を続けた。
「そんなことより一体どういう事なのか説明してくれませんか? ここは一体どこなのか、あなたは何者なのか。それに――」
俺は続けて質問しようとしたが、数メートル先にいたはずのルナさんが突然俺の前に現れ、俺の口に人差し指を当ててにっこりとほほ笑み、口を塞がれる。
なんですかこれは? 何かのご褒美ですか? というか近すぎて俺の理性が……。
「順番に説明していきますのでそう焦らないでください」
「わ、わかりました……」
ルナさんは俺から離れると、真剣な表情で話し始めた。
「ではまず、貴方がここに至る経緯についてですね。簡潔に申し上げますと、私が貴方をここに呼び出したのです」
「よ、呼び出した……?」
「ええ、つまり召喚です」
「召喚って……まるでゲームですね……」
魔法陣とか使って云々のことだろうか?
それにしても召喚って……いよいよ現実味がなくなってきたぞ……。最初から現実味なんてなかったけど……。
「もう少し早く貴方を召喚したかったのですが、召喚を行うには条件がありまして……」
「条件……?」
「召喚対象が死亡する寸前であること。それが召喚の条件です」
召喚がそういうシステムだった事に、俺はまた驚く。
不便なんだな……召喚って。
「次は私の存在についてですね」
「ああ、結構さらっと次いくんですね……」
できればもっと詳しく聞きたかったんだけど駄目か。
俺は先程の説明を整理しつつ、ルナさんの話に耳を傾ける。
「私達精霊は世界の万物の根源をなす、いわゆる気です。精霊は、火の精霊イフリート。水の精霊ウンディーネ。風の精霊シルフ。地の精霊ノーム。闇の精霊シェード。そして私、光の精霊ルナことルナリス・ウィルウィスプ。この六体が存在します」
「なんかほとんど聞いたことあるような名前ばかり……」
イフリートやウンディーネなど、どれもゲームで聞いた事がある名だ。確か四精霊とも呼ばれていたと思う。
しかし、シェードとルナという精霊は聞いた事がない。俺が知らないだけでメジャーな精霊なのか? というか、ルナって月の女神とかそんなのじゃなかったっけ?
「貴方達の世界で伝えられている精霊、ほとんどは実在しますよ。ですが、伝わっていない精霊や、正式名称等は流石にわかっていないようですね」
「もうなんか驚きの連続でどう反応したらいいか分からなくなってきましたよ……。そういえば精霊に性別ってあるんですか?」
「ええ、もちろんありますよ。精霊は基本精気となって存在しますが、私がこうして実体を持っているように実体化するときは、各々の性別にあった姿に変わります」
ルナさんはそう言うと、一瞬にしてその場から姿を消した。
驚くとともに、不思議に思う。姿は見えないのに確かな気配を感じる……。きっとこれが精気化というやつなのだろう。
そして、先ほどまで存在していた場所に再び姿を現す。
「このようにして精霊は、精気化と実体化を行います」
笑顔で精気化、実体化を繰り返しているルナさんを、俺はやや引きつった笑顔を浮かべながら見ていた。
精霊って結構お茶目なんだなぁ……。俺の中の精霊というイメージが崩れていく。
「さて、次はこの場所についてですね。ここは世界の狭間。別名精霊空間とも呼ばれています」
「世界の狭間? 俺達が住んでいる世界と他の世界との間の空間って事ですか?」
「ええ。その通りです。この精霊空間では、他の世界とは時間の流れが異なります。貴方達の世界での一日は、この空間だと一時間という事になります。さらに、精霊空間の中では死ぬ事もなければ傷つく事もありません。つまりこの場所では無敵という事です。それから――」
この空間の事を熱弁するルナさん。しかし、俺には全く理解できない。時間の流れがどうとか無敵だとか言われてもイマイチピンと来ないし。
それからもルナさんの熱弁は続き、俺は相槌を打って、聞いてますよアピールをし続けた。
「――と、こんな感じですね。これらの事がわかっていれば問題はないと思います。正直に言ってしまえば、この空間について分かっていなくても何も問題はないのですけどね」
「ならなんで話したんですか!」
話の半分ぐらい聞いて損した。聞かなくていいならなぜ話したのかこの精霊は。俺は呆れを通り越して尊敬した。
「一応聞いておいても損はないと思いますよ」
ルナさんはそう言うと、何もない場所から椅子を取り出して、そこに腰かけた。俺は、あれこれツッコむといつまでも終わらなそうなので、スルーした。
そんな時、まだルナさんの口から教えてもらっていない事があるのを思い出す。多分、いや絶対一番大事な事だ。その事について、まだ俺は伝えられていなかった。
「ところで、俺を召喚した理由をまだ聞かされてないんですけど、なんで俺を召喚したんですか?」
それを聞いたルナさんは小首を傾げ、まるで何を言っているのか分からないといった表情をしていた。
あれ? 俺何かおかしなこと言ったかな?
それから数秒が経過し、ルナさんが口を開いた。
「……もしかして、まだ話していませんでしたか?」
「話されてませんよ! どうして気付かないんですか……。一番大事な話でしょう?」
呆れた表情でルナさんを見る。だが、召喚された理由については大体予想がついていた。
こういうのってどうせ世界を救ってくださいとか言われるんだろう。それとも他の事か? 例えば……。
召喚された理由について大体の予想がついた俺は、ドッキリの可能性に賭けることにした。そう、今までのことは全てドッキリであるという俺の切実な願いだ。どうせどこかにカメラをつけて、俺の反応を面白おかしく見て笑ってるんだろう。
「すみません……。もう言ってあるものだと……」
ため息をつき、少々落ち込んでいるように見えたルナさんは、すぐに目の色を変え、俺に近づいてくると、俺の手を握りしめて胸元に当てた。その胸元にそびえる双丘の柔らかい感触に、俺は理性を持っていかれそうになるのを堪え、なんとか平静を保った。
「拓斗さん」
どうかドッキリでありますように……! というか、胸、当たってます……!
「どうか世界を、もう一つの世界を救ってください……!」
「やっぱりそうなるんですね!」
「やっぱり? もしや既に覚悟を決めていたのですか?」
目をキラキラと輝かせながら迫ってくるルナさんに、俺は迷わず覚悟を決める。
そうだ、迷う必要なんてない。
「……どのみち元いた世界に戻ってもつまらない人生を送るだけですし、どうせなら異世界行ってみるのも悪くないと思うので、俺でよければやりますよ」
どうせ俺は1人暮らしだ。友達もいなければ家族もいない。心配するものなど誰もいない。父の兄弟や従兄弟も、俺への援助をしなくて済むからきっと喜ぶだろう。俺はいなくてもいい人間なのだ。
もしこれがドッキリじゃなく、本当に起きてる事だとしても、俺は頼りにされるほうに行く。そして、本当に別の世界に行けるなら、今度こそ変わりたいんだ。
俺の答えを聞くと、ルナさんはほほ笑みながら椅子に腰かけた。
「ありがとうございます。さすがは拓斗さん。予言の通り優しい方なのですね」
「予言? 一体何の事ですか?」
俺が問いかけると、ルナさんは一つの水晶玉のようなものを取り出して見せた。
「世界に災厄が訪れた時、一度だけこの水晶玉が予言をしてくれるのです。その予言では毎回、災厄を滅ぼし世界を救ってくれる救世主の特徴を映し出すのです。そして、今回映し出された救世主の特徴に、思いやりある優しい心の持ち主、が入っていたのです」
優しい笑みを浮かべながら、俺を見つめるルナさんの視線に耐え切れなくなり、俺は目を逸らした。
「べ、別に優しくなんかないですよ……。ちなみに他には何があったんですか?」
「他ですか? 確か、日本の茨城県在住で高校二年生。成績、運動神経共に並。反射神経はやや高。顔立ちは少々整っている。だったと思います」
……思っていたよりずいぶんとアバウトだ。こんな特徴を持つ人なんていくらでもいそうだけど。
まあ所詮占いとか予言とかってそういうものだよな。
「……それ俺以外にもいるんじゃないですか? どうして俺だって思ったんです?」
「え? それはですね。エッチな本を動物写真と書かれた箱の中に入れていると水晶玉に出ていたので……」
「それ間違いなく俺ですね」
当たりだよちくしょう。さすがだよ、精霊の予言は格が違うね。でも、これドッキリならなんでそんなこと知ってるんだろうか。まあ細かい事は気にしないでいいか。
バレないようにと隠しておいたファイル名を、あっさりと答えられた俺は、地面にうなだれた。
「それで? 世界救うって何すればいいんですか?」
うなだれながら話す俺に、ルナさんは少し呆れているようだった。
「魔王を倒してくだされば結構ですよ」
やっぱり魔王なのか……。まあ、大体は予想してたけど……。
「やっぱり魔王なんですね……。で、魔王はどこにいるんですか?」
「行けば分かりますよ」
そういうとルナは一本の杖を取り出し、何かを呟き始めた。聞いた事があるような言葉ではあるが、それとはまた別のような感じだ。
「一体何をしてるんですか?」
俺が聞いても、ルナさんは答えてくれなかった。集中し、言葉を呟き続けている。そして呟くのをやめたかと思えば、また別の言葉を呟き始めた。俺はそれを眺め続けた。
呪文か何かだろうか? すごく気になる。
それから少しして、ルナさんは言葉を呟くのをやめ、俺に微笑みかけた。
「貴方に私の加護を与えました。これで貴方の身体は強化され、貴方自身が成長するごとに加護の力も増大していきます」
「え? 加護の力? それって一体……」
「あとは貴方自身で確かめてください。きっとそのほうが早いので。それと、向こうの世界の言葉については心配いりませんので安心してくださいね」
心配ないってどういう事だ? 異世界で学べってことなのか? それとも他に理由が……? うん? そういえば俺精霊と普通に会話してたけど、それって実は凄い事なんじゃ?
まあ今はそんな事どうでもいいか。
「心配いらないってどういう――」
俺が言葉を続けようとした瞬間、背後から何かに吸い寄せられるような感覚がした。振り返るとそこには、見たこともない世界が映し出された鏡のようなものが、渦巻きながら佇んでいた。
「ちょっ……!? 何だ、これ……!?」
「向こうに着いたら聖なる国の姫君に会ってください。そうすることで貴方の物語は動き出すと水晶玉に出ています」
鏡のようなものの中に引き込まれそうになるのを必死に堪え、ルナさんの話を聞いていた俺だったが、ついに限界がおとずれ、鏡のようなものの中へと吸い込まれた。
意識が遠のいていく中で、俺に聞こえた呟くように発せられた言葉。
「……頼みましたよ。希望の子。晴羽、拓斗さん……」
俺の耳にそんな言葉が聞こえた後、ルナさんは精気化して、その場から姿を消した。
それを最後に、俺は完全に意識を手放した。
○
「……あれ?ここは……」
目を開けると、そこには青空と少しの緑が広がっていた。どうやら地面に仰向けに倒れているらしい。一体いつ頃からこうしていたのか。俺は記憶を辿ってみる。
「確か……トラックに轢かれて、気付いたら変な場所に……あ」
先ほどまでの出来事を思い出した俺は、勢いよく飛び起きると辺りの光景に目を疑う。
自分がトラックに轢かれた場所でもなければ、あの不思議な空間でもなく、辺り一面見たこともない植物に囲まれた森のような場所だった。
「一体何がどうなってるんだ……?」
俺は目の前に広がる現実を受け入れられずに、ただ呆然としている。
……と、まあこんな不思議なことがあり、俺はこうして異世界に転移した。
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