第1話 始まりの日


 人々は超常現象の類を信じるだろうか?


 この世では考えられないような事、自然科学の知見では説明できない現象。心霊現象やタイム・スリップ、転生に転移などもそれに分類される。

 これらを信じている人は少ないだろう。かく言う俺も信じていない。いや、正確には信じていなかった。

 しかし、今この瞬間、俺はその現象を体験してしまった。

 

 さきほどまで居た場所とはまるで違い、見知らぬ植物に囲まれた森のような場所に、俺は何が起こったのかわからずに立ちすくんでいた。


「一体何がどうなってるんだ……?」


 俺は、目の前に広がる現実を受け入れられずに、ただ呆然としていた。


 話は少々遡る。それは、普段となにも変わらない日の事だった――




 ○




 きれいな夕焼けが空に映え、学生達が部活動に専念している頃、俺は自宅へと続く田舎道をゆっくりと歩いていた。


 俺の名前は晴羽拓斗はるばたくと。ここ、茨城の高校に通う二年生だ。成績は並、運動神経も中の中で平凡。特に取り柄もないが、一つ挙げるとするならば、反射神経が少しだけいいという事ぐらいだろう。

 なぜそう言えるのかというと、俺は生まれてこの方一度もドッジボールで玉に当たったことがない。多くの人にはそれがなんだと言われるかもしれないが、それだけが俺の唯一の取り柄と言える。

 

 俺の家族構成は、父、母、俺の元3人家族。元というのは、父も母も既に亡くなっているからだ。

 母は、2年前に他界した。どうやら重い病気を患っていたらしい。そして父も、俺が物心つく前に行方不明になった。だから、俺は父の顔を覚えていない。

 父は昔の友人と登山したところ、山頂付近で雪崩が発生し、そのまま連絡が取れなくなったという。今になっても遺体の一部分すら見つかっていない。まあ遺体が見つからないからといって生きているとは考えられないし、きっと亡くなってしまっているのだろう。


 現在は父の兄弟やら従兄弟などに援助してもらいつつ、バイトしながら生活している。


「今日も馴染めなかったな……」


 五日前に、この地に引っ越してきたばかりの俺は、友達と呼べる人もおらず、一人で帰宅している。部活に入って友達を増やそうかと考えた事もあったが、バイトがあるので入部を諦めた。


「……明日こそは馴染まないと」


 そういえば、明日転校生が来るって話を聞いたな。今月入って二人目って……。どうやら俺の通う学校は転校生が多いらしい。

 そんなことを考えていた俺の目に、二人の少年が映る。ランドセルを背負った少年達は、ふざけあいながら楽しそうに歩いている。


「この光景をショタ好きのお姉さんが見たら歓喜するんだろうなぁ……」


 そんな事を呟きながら歩いていると、左のほうから大型のトラックが走ってくるのが見える。しかし、何か様子がおかしい。そのトラックは、猛スピードで、あの少年達のほうに向かっているのだ。俺は目を凝らして、運転席を見てみる。運転手は俯いて、顔を上げる気配がない。

 居眠り運転か! このままじゃ、あの子達が危ない……!

 俺は危険を知らせる為、大きな声で少年達に向かって叫ぶ。


「君たち! 早くそこから離れろ!」


 俺が叫んでも、少年達は気付かない。ふざけあうのに夢中で俺の声が届かないようだ。

 その隙にもトラックは、少年達に向かってどんどんと近づいて来ている。


「くそっ! 間に合えっ……!」


 俺は全力で走り出したが、トラックは少年達のすぐそばまで来ている。

 正直間に合いそうにない。少年達がトラックに気付いてくれれば、何とかなるかもしれないが……。

 そこでやっと、少年達は自分達に近づくトラックの存在に気付いたようだった。


「こっちに走れ! 速く!」


 俺の声が聞こえたのか、少年達は俺のほうに向かって全力で走り出す。

 一人の少年はすぐさま俺のほうに走って来たが、もう一人の少年は来れなかった。転んでしまったのだ。

 俺はその少年に向かって手を伸ばす。


「手を伸ばすんだ!」


 俺がそう叫ぶと、少年は泣きながら手を伸ばした。

 少年は生きようと必死に手を伸ばし、俺はその意思を受け取り、手を掴む。しかし、手を掴んだ時にはもう、トラックは目の前に来ていた。


「……っ!」


 俺は咄嗟に少年をトラックの来ない方向に向かって投げ飛ばす。その反動で、俺はトラックの目の前に出てしまった。

 あ……俺死んだな。

 そう考えることしかできずに、俺はトラックと衝突した。


 そして、俺の視界は闇に閉ざされた――。







「――あれ?」


 突然目が覚めた。

 ついさっき轢かれたはずなのに、痛みもなければ傷もない。頬を抓ってみるが、痛いだけでなんともなく、夢というわけではないらしい。

 しかし、そんな俺の前に、異様な光景が映る。


 辺り一面白――いや、色がないのだ。さらに、辺りを見ても何もない。まるで、この場所には元々なにもなかったかのように。


「ここはどこなんだ……?」

「どうやら間に合った様ですね」

「え!?」


 突然人が現れた。さきほどまで誰もいなかった場所に。しかも俺の目の前にだ。

 俺は驚きを隠せず、口を金魚のようにパクパクとさせている。


「驚かせてしまったようですね。すみません」

「え? あ、ああ、いえ。お構いなくドウゾ」


 もう自分でも何を言っているのかわからない程、俺は混乱している。


「え、えっと。状況が読み込めないんですけど……。あなたは一体……?」

「すみません。申し遅れました。私はルナリス・ウィルウィスプ。です。ルナと呼んでいただいて構いません」

「はあ、光の精……はい?」


 この言葉を聞いて、俺はもっと混乱した。

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