第2話 少年の物語
「ボブたちと遊びに言ってくるね」
「暗くなるまでには帰ってくるのよ」
少年は小学生位だろうか、そう言って家を後にした。
しかしながら、ボブとは合流しない、あれは嘘だ。少年は森へ向かうのだった。
少年には友達が居なかった。
学校へは何とか通っていたが、授業で先生に指されて、答えを発表する以外には
ほとんど口を開かない。
少年は昆虫が好きだった。昆虫博士になるのが夢だった。放課後は毎日森の方へ出かけていたのだが、母親に心配をかけないように家を出るときは、友達と遊びに行くと言って出かけるようにしていた。母親との関係は特に悪いわけではなかったが、小さな嘘は、積み重なってやがて巨大な嘘になる。その罪悪感からか、家に居るにも、余り心地のよいものではなかった。
彼は、昆虫以外にも森そのものを愛していた。
木々の、動物たちの、必死に生きている場所の緊張感が、何故だか心地よく感じられた。
少し胸が詰まるジメッとした青々しい匂いも嫌いではなかった。
ここには、全てのリアルがある。少年は直感的に理解していたのかもしれない。
それに比べると、級友が熱中してるような遊びは、酷く幼稚で退屈な物にしか思えなかった。
しかし、自然は厳しさも兼ね備えているのは分かっていたから、危なくないように余り奥には行かいようにしていた。
入り口付近の、この広大な森からすれば入り口にすら差し掛かってないかもしれないような場所でも、森とつながれるだけで満足だった。
もちろん、入り口付近でも昆虫は居たし、十分満足だった。
しかしこの日は、違った。初めて見つけた珍しい蝶を追いかけているうちに、いつもより、ほんの少しだけ森の奥に行き過ぎてしまったのだ。
少年は、はっと我に返る。
鋭い視線を感じる。獲物を狙う獣のそれだ。
食い殺される事を覚悟した。だが、それでも構わないと思った。自分が愛した森のリアルさに殉じるのだ。何を悲しむことがあるのだろう、と考えた。
もちろん、本能的な恐怖心が無い訳ではない。怖くて怖くてたまらなかった。
視線の主は、虎だ。
永遠に一人ぼっちの虎だ。
少年と虎。一人と一頭の孤独の物語は、悲鳴にも似た響きを伴い、交差を始めた。
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