虎と少年の物語
アンティ・オキア
第1話 虎の物語
望んでいなくても朝は訪れる。この世の全ての者に平等に。
彼もまた、望んでいない朝を迎える一人だった。
彼は目が覚めるとまず辺りを見渡す。やはり誰もいないことを確認して、落胆する。これが毎日の始まりの儀式だった。
彼には仲間が居ない。絶滅寸前動物の最後の一個体であるから。
孤独と共に眠りに落ち、孤独と共に目を覚ます。そんな毎日をもう幾度繰り返したのかは覚えていない。
いつもと変わらぬ朝。彼は咆哮した。己の孤独を訴える様に。
もしかしたらまだ見ぬ仲間の耳に届き、自分を救い出してくれるかもしれない、そんな期待もあった。
しかし、彼の願いはいつだって叶わない。その咆哮は、透明な空気と空の青との境界線を越える手前ですべて溶けて無くなり、誰の元にも届く事は無かった。せめて舞わす事ができた砂漠の砂塵が、遠く西にある蜃気楼を隠すように、キラキラと光りながら舞い落ちていた。
それは、とても美しく、しかし、とても寂しい光景だった。
目覚めは、孤独との再会。
恐らくこの世のほとんどの生物がそうであろうが、彼の一日もまた、目を開けることから始まる。
目を閉じて、眠りに落ちていれば夢を見る。
彼は、夢の中では一人ではなかった。沢山の懐かしい仲間に会うことが出来た。彼にとって、目覚めるという事は、そんな束の間の、正に夢心地が終わってしまう、最も忌むべき出来事であった。
しかし、彼は今日も目を開ける。全ての未練を断ち切るように。
とにかく目覚めてしまったからには仕方ない。今日もまた、孤独を受け入れ、孤独を愛する一日をはじめよう、彼はそんな風に考えながら、森の中を用心深くゆっくりと進んだ。
彼の一日は、ほとんど全て食料を探す事に費やされる。もちろん、生きる為には食べる必要があるから。その行為は困難なものであったが、それにさえ集中していれば他の事は何も考えないで済むというのは、救われる部分でもあった。
生きる事に執着などなかったが、本能とは悲しいもので、やはり空腹は耐え難いものがあり、腹が満たされると安心する。
この世界は厳しい。毎日、食料にありつける訳ではない。
そうだ、みんな必死に生きている。
一日中、獲物を探して疲れ果てたら、寝ぐらに戻り眠りにつく。そうしたら、また夢を見て、束の間の幸福感を得る事が出来る。
しかし、夢は儚い。すぐにまた、目覚めという名の絶望に、肩を叩かれ、悲しく目覚める。
「やあ、孤独。元気だったかい。また今日も一日よろしくな」彼は、こぼれ落ちそうな涙を目覚めの欠伸のせいにして、こう呟いた。
また、一日が始まる。
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