第2話 迷いの森で出会う -龍、降り立つ-

『汝、己が役目を放棄するか?』


 威圧感と怒気をこれでもか、というくらいに含んだ、厳かな声が辺りに響いた。同時に、強い風。風圧でリクよりも背の高い草が完全に横倒しになり起き上がることもなくなってしまう程の強風。

 リクを抱き込んだままリクごと風圧に飛ばされたラウァは泣き崩れるようにしてから、

「あぁ……ああぁ……」

 そんな吐息とも声ともつかぬ音を漏らして地べたにへたり込んだ。

「よもや……あなた様がお越しになるとは……」

 母の声には、絶望感が感じられ、それを見てリクはまた一気に不安になる。

「ねぇ! お母さん! あなたさまって、だれなの!」

 大声で泣きながらぶつける質問に対し、母からの答えはなかった。「…………」

 ただ、沈黙で返すのみの、無力な姿。リクは、痺れを切らし、

「おい! 姿を見せろ! お前なんてこ、怖くなんか……」

 叫んだがその口をラウァに塞がれる。

「いけない! いけませんリク! あぁ……。お許しください……。どうして、あなた様が……」

 口を抑えられ、暴れもがくリクが呻くが、その刹那。空中に浮かぶ外套を身にまとった姿が目に映った。

「…………」

「あぁ…………」

 リクも、ラウァも言葉が出なかった。

 暗くてよく見えない中でどうにかして情報を得ようとリクはその存在を見据える。

 背丈は自警団の連中の誰よりも低い。ただ、自警団に対してあまり大げさに怯えたりしない母がこんなにも怯えるほどの相手。母は、この人を知っているんだと気づくが、きっと聞いても答えてはくれないだろう。

 常に怯えたような目をしては、目を背けているのだ。一体この男は、何者なんだろう。沈黙の中でまた、男が口を開く。


『再度問う。汝、己が役目を忘れ、その責を放棄するか?』


 低く落ち着いた声なのに、辺りが静かすぎて、怖いくらいに耳に響き、頭の中が痺れてくる。己が役目? 母に何の役目があるのだろう。

 一体この人は、何にこんなに怒っているんだろう。リクは母の手を払いのけて、男に問う。

「やくめって、何ですか」

 また母から口を押さえつけられる。だが、質問は通じた。

『哀れな子だ』

 それが、答えだった。リクには意味がわからなかった。否、言っている言葉の意味はわかる。

 哀れ、とは可哀想、ということだ。だからぼくは今、この男に可哀想な子だと言われ、可哀想に思われているのだ。でも、何が? その部分が全く理解できない。

「ぼくは、別に奴隷でも可哀想なんかじゃないよ!」

 体を震わせ、母の両腕を解いて脱出し、男の前に立ちはだかる。

「ダメ! リク! その方に近づいてはいけない!」

 ラウァが必死に声を出すが、それに耳を貸すことはできなかった。今、母を守れるのはぼくしかいない。その気持ちが、リクを支えていた。

「お母さんに、あやまれ」

 リクは、外套を身にまとい顔も見せない男に対してハッキリと伝えた。ぼくのお母さんを、ばかにするな。と。

『…………』

 男の嘆息の音が漏れ聞こえる。そして、言葉が続く。

『それが、汝の答えか。ラウァ』

 あくまでもリクではなく、ラウァに対して男は問う。

「…………」

 そしてあくまでもラウァは答えない。

『そうか。それならば、……仕方あるまい』

 男は、一歩、また一歩と歩みを進める。リクを避け、どんどんとラウァへの間合いを詰めていく。このままでは危ない! そう思ったリクは背中から剣をとっさに抜いてしまった。

『ほぅ……我とやり合う気か? 小さき者よ』

 男は鼻で笑うような、バカにしたような笑みを音に漏らしてくる。リクは、剣を握る両手に力を込める。が、

「ダメです! リク! なりません! その方に刃を向けてはなりませぬ!」

 必死の形相でラウァがリクを引き止める。

「でも、それじゃお母さんが!」

 そうリクが叫んだ時だった。


「スプレッドアクア――!」

 強烈な勢いの水柱が外套の男へ向かって森の中から吹き付けた。

「あぷぁ?!」

 外套の男はとんでもなく素っ頓狂な声を上げるともんどり打って転がり、迷いの森入り口とは反対方向の大樹へ体をしたたかに打ち付けた。

「リク!」

 そう名前を呼ぶ声に、リクは聞き覚えがあった。色は真夜中の暗がりでもハッキリと見える。透き通るような純白の長い髪。宝石みたいに輝く瞳。

「ソラ! ソラだ! きてくれたんだね!」

 リクは今までの様子が嘘みたいに明るい声でソラとの再会を喜んだ。


 一方でラウァは、俯いている。その口が小さく動いている。

「あぁ、なんということを……なんということをしてしまったのだ……」

 そんなことを、独り言や譫言うわごとの如き口調で喋っていた。

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