第1話 運命られた出会い -5-

「ちょっとは私のことも褒めてくださいよー。私も女の人なんですよー?」

 困ったように微笑みながら女性は顔に巻きつけた布を外す。見た目は自警団の連中をあっという間にしてしまった強さとは到底結びつかない、若く見目麗みめうるわしい女性で、その瞳は髪の毛と同じ黄色に輝いている。少なくともこの近隣に住んでいるような人ではないんだろうな、ということをリクは感覚で捉えていた。この地域、というか国の人々のほとんどは褐色の肌をしていて——リクの母親であるラウァはその典型的な例だ——髪は黒か茶、瞳は黒や灰色、茶色の三色でほぼ十割になる。その一方でリクは髪がクリーム色、瞳は青緑色で肌は白色というどこからどう見てもオプスパベル人の外見ではなかったのだが、それについてはラウァから『気にする必要などない。あなたは私のお腹の中から産まれた我が子なのだから』と繰り返し聞いていたものだからいつ頃からかリク自身気にしなくなっていた。

「あ、あの、お姉さん。さっきはありがとう」

 そう口にすると、

「どういたしまして」

 とだけ、短く帰ってくる。

「あ、あの」「あの!」

 リクとソラが同時に口を開く、女性はニコッと微笑み、

「はい。何ですか?」

 と尋ねて、そして、

「あ、私の名前ですよね。遅くなりました。マーナ、と申します」

 尋ねられる前に答えてしまった。

「うん。……マーナさん、ありがとう助けてくれて」

「マーナさん、わたし達を助けてくれてありがとう」

 二人から改めて感謝を受けて、マーナは満面の笑みを浮かべて。二人をまた抱きしめる。そして、

「お家までお送りしましょう」

 というマーナの言葉にリクは従うことにした。ソラは、

「あ、あの、わたし、一人で旅をしているから……家、ないの」

 と俯き加減に口にした。

「あ、そっか。ソラって一人旅しているんだよね。すごいや! 確か迷いの森の中で野宿しているんだったよね?」

 リクは無邪気に感嘆の声を出し尋ねる。

「え。……うん……」

 自信なさげにソラはぽつりぽつりと言う。マーナはそれを微笑んで聞きながら、先ほどから繰り返されるあまりにも見え見えな嘘を当然のように見抜いていた。

 リクもそうだがこの子も国の外には出たことがないのだろう。国の法が及ばない場所では殺し殺されの関係が当たり前であり、またこの国には先ほどの自警団がいる。今後夜警や日中の活動を強化することは間違いなく、そして二人揃って顔も割れている以上、野宿は勿論今後の生活でもどの様にすべきか……マーナは頭が痛んだ。警察などに保護を頼むのも話にならない選択だ。

 自警団を見ても分かる通り、オプスパベル国の警察はあてにならない。法外な賄賂を露骨に要求され、挙句まともな保護も受けられることなく放り出され、そして自警団に……というのが関の山。そもそも警察と自警団は裏で繋がっているのが丸わかりだ。さて、どうするか。柔和な笑みの裏でマーナが考えていると、

「それじゃあさ、ぼくのお家においでよ! マーナさんも。お母さんに言えばきっと何日間かは泊めてくれるんじゃないかな!」

 そんなことをリクが満面の笑みを浮かべて言ってきた。マーナからすれば、これは願ったり叶ったりだ、と思い、

「良いですね! 私は大人なので遠慮しますが、ソラちゃんはそれが良いですよ」

 とソラに勧めた。ソラは遠慮していたものの、リクもそうだがそれ以上にマーナが強く勧めてくるものだから、

「うん……わかった」

 とソラが折れる形になり、こうして三人は手を繋ぎ家路につくのであった。

 露店が立ち並んでいた場所からリクの住む上級奴隷階級の住宅地を歩いている最中、話題はマーナがどうやって自警団の連中を倒したのかという点についてだった。それほど大したことはしていませんよ。と濁すように答えるマーナだったが、そういえば彼らがリクのタグを拾い上げながら、覚えてろ! 後で火を放ってやる! なんていう捨て台詞を吐いていたことを思い出す。つくづく、救いようのない連中だと思ったその時に、あと角を一つ曲がればリクの家、という地点まで辿り着いた。その瞬間だった。

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