第1話 運命られた出会い -4-

 それは一体どこから現れたのか、野次馬たちもこの観衆の中、一体どのようにしてこの声の主が近づいたのか察知できないほど気配なく現れた声だった。

「すみませーん」

 声色も緊張感の欠片もない、突拍子もない発声だった。声の主は若い、を通り越して幼ささえ感じられる女性。布で目以外のパーツを隠していて、後頭部の隙間からポニーテールの黄色の髪を出していた。

 リーダー格の男が手を止めて振り返りざま叫ぶ。

「てめぇ今取り込み中だってことくらいわかんねぇのか? おい、おめぇらこいつの相手してやれ!」

 しかし女性は続ける。

「どなたがお相手してくださるので?」

 女性は笑顔で、と言いつつも目元しか見えないので目が笑っている、としか判断はできないが、そんな笑顔でリーダー格の男に問う。リーダー格に返事を返す者はなく、沈黙が支配する。皆が皆、伸びているのだ。粗末な石畳の上、男の仲間たちは突っ伏している。この一瞬の内に、何が起きたというのか。男には判断ができなかった。自身の理解の範疇はんちゅうを超えた現実に、頭が真っ白になる。

「いえね。私っておっちょこちょいなものでして、手と足が同時に滑っちゃいまして……皆さん親切に私を受け止めてくださったのですが、ちょっと打ち所が悪かったのでしょうね」

 女性がそう言うとクリーム色の髪をした男の子が立ち上がるのを少しだけ手助けし、

「早く一緒にお逃げなさい。あちらの緑のテント裏で、待っていてください」

 そう呟いて背中を押した。

 リクは訳のわからないまま、とにかくソラの手を取り一目散に駆けた。なんでぼくは動けるんだろう? どうしてぼくは今どこも痛くないんだろう。あんなに蹴られて踏まれて痛かったのに。血も、止まっているんだ。さっき、あの女の人に触られてから、急に体の痛みが嘘みたいになくなって、血も止まってしまった。リクもリクでそんな思考に混乱していたが、どうにか彼女の言う通り、ソラの手を引き一緒に緑のテントの裏側に到達することができた。とにもかくにも、逃げ切れた。これでもう大丈夫だ。そう思うと、

「ふあぁぁぁぁぁ」

 体から急激に力が抜け落ちてしまって、その場にへたり込んでしまった。それを見たソラが

「大丈夫?」

 と聞くのと、

「お二人とも、大丈夫ですか?」

 先刻さっき助けてくれた女性がリクの手から弾け飛んだ剣を持って追いついてきたのが同時で、リクはびっくりしてしまって、

「うひゃぁ!」

 と体を跳ね上げるようにして立ち上がった。

「怖い目にあいましたね……」

 黄色の髪の毛の女の人はリクとソラの体についた汚れを真新しい布で拭き取ると、二人共を抱きしめて、頭を優しくなでた。彼女の急な振る舞いに二人の子供はほんの少しだけ驚いてしまった様子を見せたが、

「う……うぇえぇぇぇぇ」

「うあぁぁぁぁん!」

 安堵感からか、二人揃って泣き声を上げてしまった。

 しばらく時間が経ち、落ち着いてからソラは女性とリクに事情を話し始める。彼女はどうやら家を離れて一人で旅をしていた中で迷いの森——もっとも、ソラからすれば全くもって迷う要素のない森であったそうだが——を見つけ外敵のない環境を気に入ってしばらく留まっていたのだがその中でリクと出会い仲良くなり、今日はリクを待つ間に少しだけ国の中を探索してみようとしたところ迷子になってしまったという。

「えぇっ! ソラは迷いの森では全然迷わないのに国の中で迷子になっちゃったの?」

 責めるというよりは、本当に単純な驚きの気持ちでリクはソラに言う。

「うーん……。わたしってまだこういう国の風景に慣れてないのかも。どこもかしこも人だらけで、同じような景色に見えちゃうから」

 ソラはリトの疑問にそう答えた。

「ソラって面白いね」

 リクの率直な言葉を受けて、ソラはどきりとした。面白い、という言葉の裏に、『ソラって変だ』という意味が含まれていないか、不安に感じたからだ。だが、ソラが抱いた不安を気にせずリクは続ける。

「だってソラは皆が迷う森で全然迷わないけれど、ぼく達が当たり前に暮らしている町で迷っちゃう。草や花や湖のことは本当に何でも知っていたのに、国のことは自分が暮らしていた故郷についても全然知らないんだもん。まるでぼく達とは違う世界からやって来たみたいだ。……もしかして、本当にそうなのかな! ねぇ、ソラはどうして髪や目の色が変わるの?」

 饒舌にまくし立てられた直後の質問にソラは面食らった様子で、

「え……えっと、実は自分でもよくわかんないんだ。気持ちで変わるみたいなのはわかるんだけど……」

 と曖昧な笑みを浮かべて答えただけでまた沈黙する。

「へぇ〜。スゴイや! それにその白いスカートも、お姫様みたい。ソラはお姫様なの? ねぇ! ソラって一体どこから来たの?」

 無邪気に、そして笑顔で再びリクがまくし立てて尋ねると、

「ち、ちがうよ。わたし、そんなすごい子じゃ、ないわ」

 ぶんぶん、と首を振ってソラは強く否定した。ソラの髪と瞳が、透き通った白に戻る。

「あ、戻った!」

 とリクが少しだけ興奮して言う。更に

「やっぱりソラはその白い髪の毛の時が一番かわいいよ! でもどうして変わるんだろう? 不思議だなぁ。本当。ソラってどこから来たの?」

 感情や感想と質問とを矢継ぎ早にポンポンと口にするリクに対し困った顔をしてソラは俯いてしまう。その様子を見た女性はリクに対して言った。それはソラに対する一種の助け舟。

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