7話 バカ問答

「よぉ、兄さん。景気はどうだい?」


気さくな口調で声をかける。

余裕のある微笑を添えて、いかにも自分は話しやすいタイプの人間だという印象を与えながら。


「ん? ああ、調子いいぜ~。ここに来るのにさ、行商人のおっさんに護衛をしてくれないかって言われて。でもって、途中特に何も無かったのにさ、着いたら銀貨をたんまり弾んでくれたのよ! 楽勝って奴だね、えへへ。ま、おっちゃんも座りなよ」


絵に描いたような上機嫌でベラベラと喋りまくる。

いきなり減点要素満載の対応に、ラリーは口元が引きつりそうになった。

自分がよそ者であることを喋るのはまだいい。

しかし、懐具合を惜しげもなく開陳するのはもちろんダメだ。

相手が何者かも分からないというのに――。

だが、間違いなくこの男が『いい奴』だということは判明した。

少し頭が足りないのが難点だが。


「俺はラリー。賞金稼ぎで飯を食ってる。今は仕事の相棒を探しているところさ」


「へぇ! 俺はギルってんだ、よろしくな。賞金稼ぎか、カッコいいな!」


まるで子供のような物言いに、ラリーは思わず苦笑してしまった。

賞金首を追って街から街へと渡り歩く稼業は、確かに傍目にはカッコいいと思われるかもしれない。

だが現実はそんなに甘くはない。

何しろ根無し草だ。

戸籍も無ければ税金も納めていないので、帝国からすればただの『浮浪人』扱いである。

いつ保安隊に逮捕され、鉱山で強制労働させられても文句は言えない立場なのだ。

もっとも、大半の保安隊員はそこまで生真面目に仕事をしないし、むしろ賞金稼ぎを「街のダニを片付けてくれる」役割として利用しているから、めったに問題は起きないのだが。


それに、賞金稼ぎには組織というものがない。

無いからこそ気楽なのだが、いざという時には全て自分で問題を解決しなければならない。

病気や怪我の治療も、武器の補充も情報収集も、もちろん日々の寝所や食費も全て自腹だ。

世間の目も、当たり前だが冷たい。


「別にカッコよくはないさ。兄さんの方がよっぽどカッコいいぜ。北方の出身かい?」


「へへっ、照れるねぇ。ラリー、あんたも一杯飲みなよ。俺はエカトールの出身なんだよ。知らない? いいとこだぜ~。うん、えーっと……まあ何があるのかって聞かれても困るんだけど。でもいいとこだよ、うん」


「そうか、一度俺も行ってみたいな。帝都から北は行ったことないんだ」


半分は社交辞令のつもりだったのだが、


「おう、そうしなよ! 俺が色々案内してやるって。うん、まあ帝都に比べたら小さいし、特に珍しいもんとか無いんだけどさ」


身を乗り出して食いつかれてしまった。

あまりにも警戒心のないギルの笑顔に、ラリーはなんだか申し訳ない気持ちになってきた。

何しろラリーは、このギルという若者を値踏みしている真っ最中で、しかも評価は限りなく最悪に近かったからだ。

多分ギルは、ラリーがこれから根掘り葉掘り様々なことを尋ねても、何一つ隠すことなく話してしまうに違いない。

むしろ、聞いてもいないことまで喋り倒すはずだ。

それ自体は問題ではない。相手が『ラリー』だからだ。

だが、この脳みその軽い大男は、他の奴らにも同じように接していることだろう。

相手が何者かもろくに確かめずに。

そんな軽率な奴を間違えて相棒にしてしまったら、これから先一体どんな目に遭うか分からない。

これ以上、こいつと話すことは何もないとラリーは判断した。

そこで酒代だけ置いて、さっさと別れようとしたのだが――。


「何だよラリー、もう行っちゃうのかよ? つれねえなあ、もっと話しようぜ! そうそう、この剣なんだけどさ! へへっ、凄ぇだろ~」


腕をがっしりと掴まれ、半ば強引に座らされてしまった。

振り払うこともできたのだが、何となくギルの底抜けの陽気さに呑まれてラリーは話の続きを聞くことにした。


まあいいさ、別に今日中に相棒を見つけなきゃいけないってわけでもねえし。


「確かに凄いな。俺も稼業柄、力自慢は山ほど見てきたが、ここまでバカでかい得物は初めて見たぜ。本当に振り回せるのかい?」


「あん? 当ったり前だろうがよ! 何ならいっちょ、試してみるかい? あはははっ、何てね、まぁよく言われんだけどさ。この前も山賊ども相手に一暴れしたんだぜ?」


「そいつらは今頃、狼の腹の中ってところかな? 食べやすいようにお前さんが挽き肉にしちまったんだろ?」


「いや、もうウンコになってんだろうよ。へへっ、一撃で二人まとめて胴から輪切りよ! ちんけな皮鎧なんかじゃ、こいつの……『頭骨砕き』の刃を防げやしねえって」


「……『頭骨砕き』? そういう名前なのか。凄いセンスの鍛冶屋だな」


「俺が付けたんだよ。ありゃあ悩んだね、三日ぐらい考えちまったよ。いい名前だろ?」


三日考えてそのネーミングかよ。お前やっぱりバカだろ?


「もう何年前かなあ……エカトールの武具屋でさ、俺も一人前の男になったんだから剣の一つも持たなきゃって思ってね。こいつとは別に、いい感じの長剣があったのよ。でも金が無くってさ。武具屋の親爺に掛け合ってみたんだけど、つれなくてね。んで、じゃあボロでも何でもいいから安く譲ってくれよって頼んだんだよ。したら、こいつを奥の倉庫から親爺と小僧の二人がかりで、ヨタヨタしながら引っ張り出してきてさ!」


「それならこいつはどうだ? お前さんが使いこなせるなら譲ってやる、って言われたのか?」


「えっ!? 何で分かったんだよラリー! あんた凄ぇな!」


本当に予想通りの展開だった。


そしてギルは、この冗談の産物のような大剣を見事に振り回し、タダで手に入れてしまったというわけだ。

北方の田舎町の武具屋、その倉庫の片隅で哀れな境遇を送るはずだった大剣は、晴れて表舞台に出ることができたのである――『頭骨砕き』という、バカ丸出しの名を与えられて。


「で、お前さんは試し斬りも兼ねて旅に出たってのかい? そもそも普段何を飯のタネにしてるんだ?」


「あー、俺さ、親父もおふくろも早くに亡くしてね。兄弟姉妹もいなくてさ、伯父さんの家に厄介になってんだけど……まぁ何ていうか、色々と折り合いも悪くってさ。見ての通りの大飯喰らいだし。あ、美味いな、これ! 豚肉か……へえ、やっぱり南方は豚肉料理が名物なんだなっ! で……えっと、そう、しょうがねえ、自慢できるのは腕っぷしぐらいだし、地元の元締の子分にでもしてもらおうとしたんだけど……」


「断られたんだな。まだ若い、もっと世間を巡って修行して来い、とか言われて」


「おいおいマジかよラリー、あんたの言った通りだぜ!? あんた、ひょっとして占い師か何か?」


あのな、それはやんわりと断るための口実って奴だよ。

お前さんがどう見てもバカそのもので、組織に入れたら厄介ごとの種になる――だけど冷たくあしらって、お前さんがブチ切れて大暴れしても困る、だからそんな理由をつけたってわけさ。

言葉を額面通りに受け取って修行の旅にでも出れば、こいつはバカだからすぐにおっ死んじまうだろうって見込みも含めてね。

要するに、厄介払いされたんだよ。

とりあえず、今この時まではどうにか生きながらえてるし、様子を見る限りではそれほど苦労もしていないし――バカも治ってはいないようだがな。


「俺は南方の呪術師の家系なんだよ。金ぴかの髑髏を刺した杖を振ったり、何だか得体のしれない香を焚いたりしてな……ああ、ゴメン、嘘だ。そんな期待した目で見ないでくれ。で、故郷を出た後は?」


「うん、まあ商人の用心棒とかさ……あと、何でか分からねえけど俺ってよくチンピラに絡まれるんだよね。だからそいつらをぶっ飛ばして金を巻き上げたりとか」


絡まれる理由はいくらでも思いついたが、あえてラリーは口に出さなかった。

ともかくギルは、これまで自由気ままに暴れながら旅を続けてきたようだ。

太い腕もバカでかい大剣もこけおどしではなく、実力は相当なものに違いない。


だが――それだけで賞金稼ぎは務まらない。


ああ、まあそれじゃあ一つ、いつもの手で試してみるかな。


「なるほどね……ところでお前さん、獅子って知ってるかい?」


この問いに見事正解できたら、もう少し考えてみることにしよう。

この獅子にまつわる話は、ディオンの後に組んだベテランの賞金稼ぎから教わったものだ。

それ以来、ラリーはこの話を相手の頭の出来を測るために引用している。

ティリスは一発で正解を出した。

ギルは――多分無理だろうが、望みを懸けてみても損はしないだろう。


「獅子? ああ、南方とか東方の動物だっけ。黄色と黒の毛の」


「それは虎だよ。獅子は西方の……人気のない草原に住んでいるんだ」


「ああ、身体中に斑点がある奴じゃねえの? 聞いたことあるぜ」


「それは猟豹だな、多分。足が凄く速い奴らだ。俺が言いたいのは獅子、立派なたてがみがあるんだよ……え、たてがみって? 髭みたいなものさ。まぁいい、そいつはこの話の肝じゃねえんだよ。ともかく、そいつは物凄く強くてな。おとなしい動物を襲って食べるんだ。獲物を狩って生きる――賞金稼ぎと同じだな」


うっかりヒントを言ってしまった。

どうもこの男相手だと調子が狂う。

もっとも、多少ハンデをつけてもあまり効果は無さそうなのだが。


「へー、獅子ね。西方も面白そうだな。ここらじゃ見かけない鳥とか動物がわんさかいるんだろ? 食ったら美味いんかね?」


色々と言ってやりたくなったが、これ以上話が横道に逸れるのは困る。

ラリーは一つ溜め息をつくと、


「獅子はな、獲物を狩る時に必ず二匹一組でやるんだ。一匹でも三匹以上でもなく、二匹でな。何故か分かるかい、ギル?」


ギルの目を、真っ直ぐに見つめた。

これは酒の席での与太話なんかじゃない、真面目な質問で、答え次第では俺たち二人の未来が決まるかもしれないんだ――という意味を込めて。


「仲良しだから?」


残念ながら、こちらの思惑はまるで通じていなかったようだ。


一秒も考えず、くっだらない答えを即座に返してきやがった。

頼む、もう少し真剣に考えてくれ。

何だよ、仲良しだからって。子供か? お菓子欲しさに人形劇を観てる子供か?


「違う、そうじゃない」


真顔で静かに首を振り、次の答えを待った。


ああ、オッケーだぜ、ギル。反応の速さは悪くない。だが戦闘の真っ最中ってわけじゃないんだ。今は脳みそを目一杯使って考えるべき時なんだぜ、察してくれ。


ちなみにラリー自身は二回目で正解だった。

だから、ギルにももう一度チャンスを与えるのが公平というものだろう。


「あーん、じゃああれだ、三匹いると喧嘩になっちまうからじゃね?」


おっ、意外に悪くない答えじゃねえか。

けど、俺が欲しい答えはそれじゃねえんだよ。


「ほらさ、人間だってそうじゃん。男一人と女二人だとさ、ねぇギル、あんた一体どっっちを選ぶのよ、なんて話になってさ。ああ、じゃあ面倒くせえから三人でやろうぜ、なんて言って怒られたりなんかして」


そういう話じゃねえんだよ、ボケナス。


ラリーはぐっと堪えて首を振り、次の答えを待った。


ティリスは別として、他の連中でもだいたい二回目か三回目で正解だったんだ。

この兄ちゃんなら、あと一回か二回は辛抱強く待ってやるべきだろう。


「違うの!? あー、ええっと……分かんねえなぁ……」


「よーく考えてみろよ、ギル。一匹でも三匹でもなく、二匹がいいって理由さ」


「あっ、もしかしてなぞなぞ? 頭が二つで足が三本、なーんだ? みたいな」


おいこら、いい年こいた大人がだぞ、夜の酒場で初対面の男相手に真顔でなぞなぞなんか聞くと思ってんのか?

あとそのなぞなぞの答えは何だよ、気になるじゃねえか!


「本気で考えてくれよ、ギル。ああ、分かった。獅子のことは置いておこう。俺たち賞金稼ぎも、二人組が一番効率良く仕事ができるんだ。何故か分かるかい?」

 

とうとう痺れを切らし、ストレートに問うことにした。

勿体ぶった例え話は、ギルには難しすぎたのだろう。

最初から単刀直入に訊くべきだったのだ。


「えっ! おいおい、獅子の話をしてくれよぉ、気になるじゃんよお」


「いやすまん、忘れてくれ。実際俺も、獅子を見たことがあるわけじゃないし、奴らが二匹一組で狩りをするかどうかってのも本当の話か知らねえんだ」


「はあ!? 何だよ、それなら獅子じゃなくって、狼でも兎でも良かったわけじゃん」


兎は狩りをしねえだろ、ド阿呆が――いや、しないよな?


ラリーは頭が痛くなってきた。

この業界、決して頭の切れる奴ばかりではない。

むしろバカの方が確実に多いだろう。だが、ギルの物分かりと察しの悪さは別格だ。


「ともかく、動物の話は後でゆっくりしようや。なあ、さっきの話なんだが……」


「ああー、美味ぇ。飲んだ後はさ、やっぱり温かいスープが一番だよなぁ……ほら、あんたもどうだい?」


こちらの話もろくに耳に入れず、無邪気な顔で兎の肉の入ったスープを勧めてくるギルを見て――ラリーはつい、ぷっと吹き出してしまった。

怪訝そうな顔のギルから目を逸らし、数度首を振る。


やれやれ、俺も焼きが回ったもんだぜ。

この能天気な兄ちゃんと組んでみようなんて考えるとはな。

無理無理、到底上手くやっていけやしねえよ。

性格は悪くない。

いや、むしろ一緒にいて面白いことは間違いないさ。

それに単純な戦力としてなら申し分ないだろう。

だが、狡賢い賞金首どもと渡り合うにはあまりに頭が足りなすぎる。

足りない分を補うのが相棒の役割ではあるのだが、俺には荷が重すぎるだろうよ。

それに、この気の良い兄ちゃんを汚い裏世界に引きずり込むのも気が引けるな。


ラリーは皿を受け取り、そのままグイと飲んだ。

ギルの言葉通り、肉と野菜がトロトロに溶けるぐらい煮込まれた熱い汁は絶品だった。喉を通り、胃の中にじんわりと染み入ってくる。


兄貴たちが強盗に入った先で飲んだスープも、こんな味だったのかもな。

ああ、あれは鶏だったかな?


「うん、美味いな。すまねえギル、用事を思い出しちまった。ここらでオサラバさせてもらうよ」


「そっか、じゃあまたな! 俺、しばらくここに泊まる予定だからよ」


見ず知らずの相手に宿泊先を安易に教えるようでは、裏社会では長生きできない。

そういった事を一つひとつ教えてやりたい気もするが――やはり無理だろう。


「話に付き合ってくれてありがとよ、ギル。そうだ、飯の分は俺が奢るぜ。気にするなよ、面白い話を色々と聞かせてもらえたからな」


「マジで? あはっ、悪ぃなあ! ありがとよっ!」


遠慮しようとか、いきなり奢るなんて怪しいと疑ったりは微塵もしない。

良い意味でも悪い意味でも単純明快な男だ。

嫌いにはなれないが、仕事は共にできそうにない。


ラリーは席を立ち、カウンターで勘定を済ませるともう一度だけギルを見た。

満面の笑みでこちらに手を振る大男の顔に、ディオンの――初めての相棒の面影が一瞬だけ重なった。


いやいや、未練だぜラリー。しっかりしろよ。

ラリーは店の外に出て、いつの間にか結構な高さに昇った月を仰いだ。


やれやれ、空振りか。ま、しょうがねえな。

それにしても面白い兄ちゃんだったぜ。間違いなく、大馬鹿野郎だけどな。


(続く)

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