4話 ディオンという男

ディオンは当初、ラリーにとっては相棒というよりも師匠のような存在だった。


ああ、もちろん、偉そうに振舞っていたというわけじゃねえぜ?

何しろその頃の俺は駆け出しもいいとこ、この世界のことなんてほとんど何も知らなかったからな。

それをあいつは一つ一つ教えてくれたんだ。


ラリーの得物がクロスボウになったのも、ディオンの考えだった。


「ラリー、お前さ、背が低いじゃん? ああ、そんな怖い顔すんなって。別に馬鹿にしてるわけじゃねえし、事実だろ? それによ、その身体を活かす方法だってあんだからさ。そう、これだよ、これ。クロスボウなら、弓と違って座ったままの態勢でも撃てるからな。例えばテーブルの下に潜んで狙い撃ち、なんてこともできるわけよ。それにお前、目も良いだろ? ほら、あそこの看板の字……え? 見えるけど読めない? ああ、学校行ってなかったんだっけ。ま、ともかくこいつを買ってさ、練習しようぜ? ああ、金は俺が払うよ。ま、返すのは初仕事が終わってからでいいって。ああ、それと、読み書きも覚えねえとな……」


他にも色々とディオンは教えてくれた。

裏社会で生きるためのコツ、それに賞金稼ぎとして生きていくためのセオリーだ。


「ま、とりあえず腕を磨くことさな。弱い奴は殺されるか、一生誰かの喰い物にされるかしかねえってのが裏社会だからよ。クソみてえなチンピラにぺこぺこ頭下げながら毎日生きていくなんてみじめだろ? だけど、ただ強くても頭が悪けりゃ同じことなんだなぁ、これが。しょうもない罠にかかってあっさりくたばるか、悪知恵の働く奴にコキ使われるしかねえんだよ。金勘定もろくにできない、なんてのは駄目だぜ? で、後は組織との付き合い方だな。地廻りのヤクザに盗賊組合に保安隊、それと……」


ディオンは腕も立ち、頭も切れる男だった。

だからこそ、賞金稼ぎとして生きてこられたわけだが――。


「え、何でお前さんを相棒に選んだかって? ああ、この稼業は二人組が一番いいのよ。ところがさ、実はちょいと前に相棒が死んじまってな。代わりを探してたってわけ。お前さんは見込みがあるなあって思ったんだが。え? 勘だよ、勘。理屈じゃねえさ」


それとディオンには、もう一つ大事なことも世話になった。

あのチンピラどもから命を助けてくれた日、ラリーは童貞を捨てたのだ。

連中から奪った金で居酒屋に入り、酒と飯――ああ、あの味は忘れられねえな、何しろ生まれて初めてまともな物を食えたんだから――を腹いっぱい詰め込み、それからお互いの身の上話などをしたのだが、


「お前さん、もしかしてまだ童貞かぃ? ああ、やっぱりねぇ、顔見て何となく分かったわ。あはは、そんな顔すんなって。誰だって生まれた時は童貞と処女なんだからよ。まあいいや、じゃあさ、今から捨てにいこうぜ? え、そりゃお前、今日初めて『殺し』を経験したんだろ? だったら童貞も捨てとかねえと。女の味は知らないのに、殺しの味は知ってるなんて、そりゃあやっぱり変だっての」


ということで、娼館街まで引っ張って行かれたのだった。

右も左もわからず困惑するラリーに、ディオンはこう言った。


「任せときな。俺が適当にみつくろってやるよ。ああ、安心しろ。もちろんお前さんの好みには合わせるぜ? ここは結構有名な場所でさ、中央人だけじゃなくてより取り見取りだからよ。でもな、先に一つ言っておくとよ、顔が綺麗とか、おっぱいがデカいとかで決めると失敗するからな! 愛嬌だよ、愛嬌。明るい子がいいって。ちゃんとサービスしてくれるし。で、どんな娘がいいんだ?」


二人で端から端まで歩いて吟味し、最終的にラリーが選んだのは小柄な南方系の娘だった。

雰囲気が姉に――長女にどことなく似ていたから、という理由はさすがにディオンにも言えなかったし、今後も誰かに告白することはないだろう。


それからしばらく、ラリーはディオンと行動を共にした。

賞金首のお尋ね者を追い回し、各地を転々とする旅だ。

死と隣り合わせの日々だったが、ラリーは言い知れぬ充実感を覚えていた。

飢えと暴力に怯え、みじめに這いつくばって生きていた頃に比べれば、相棒と共に悪党ども相手に命懸けで戦う人生は確実に『面白かった』からだ。


半年ほどが過ぎた頃、いつものように酒場で――そう、あれは帝都の東南区だった――飯を食っていた時にラリーは尋ねた。


「ディオン、今さらだけど何であの時俺を助けたんだ? 俺は南方系の黒人で、あいつらはあんたと同じ中央人だったろ?」


ずっと疑問に思っていたが、何となく聞きそびれていたことだった。

正直、質問を投げかける時点でおおよそ相手の答えは予測できてはいた。

言ってみれば、確認のようなものだったのだ。


「ホントに今さらだな! そうだな、ええっと……ああ、そう、四人がかりでお前さんを路地裏に連れ込んでたのが遠目に見えてさ、それにあの声のやたらデカい奴が『クロンボ野郎』とか怒鳴ってるのも聞こえたからな。ま、何をするつもりなのかは誰でも分かるよな。酒でも飲んで仲良くなろうとか、俺の妹を紹介するぜ、ってな話じゃねえわけだ」


「で、俺はこう思ったわけよ。ありゃあどうしようもねえクズどもだ、あんなチンピラ、殺そうが金奪おうが文句言う奴いねえだろって。下手すりゃ感謝状とか貰えるんじゃねえかってよ。しかもだ、あいつら馬鹿だから見張りも置かねえし。俺が殺らなくたって……ああ、一人はお前が殺ったんだよな、どっちにしろ遅かれ早かれどっかで殺されてただろうよ。それにあの時、確か俺言っただろ? 汚ねえやり方は気に入らねえって。ま、そういうことよ」


「ああ、あとお前さんが南方系の黒人だって話ね。それもさ、別に小難しい話じゃねえよ。例えばだぜ、性根がどうしようもねえクズ野郎の黒人と、気のいい『シロンボ』がいたとしてだ、お前さんならどっちとつるむ? ただ肌の色が同じってだけで、その黒人のクズと仲良く肩組んで酒飲んだり、風呂で背中の流しっことかするかい? しねえよなぁ?」


「もう一つおまけに言うとよ、俺、詳しくは知らねえけど色々血が混じってるらしいのよ。おふくろの話を信じるなら、ひい婆さんはお前さんと同じ南方系なのさ。ま、確かめようのねえ事だし、どうでもいい話だがよ。俺の腕を切ったって、お前さんや他の連中と同じ赤い血が出るってだけのことさ」


そう言ってゲラゲラ笑う姿を見て、ラリーは安堵した。

ディオンという男は、そういう男だった。


だがその頃のラリーは、相棒のもう一つの『顔』を知らなかった。

それを知ったのは、さらに約半年後、俺たちの付き合いももう一年になるな、などと宿屋の寝室で酒を酌み交わしていた時のことだった。


「そういえばラリー、お前さんさ、あんまり家族の話ってしねえよな?」


「ああ……」


意識的に避けていたことだった。

家族を捨てたおふくろのことはもちろん思い出したくないし、それから後に兄弟姉妹に降りかかった数々の忌々しい出来事も、可能ならば記憶から消し去りたいぐらいだったからだ。


だが、他ならぬ相棒のディオンに隠しておくのも後ろめたさがあった。

それにその時のラリーは気持ちよく酒に酔い、普段よりずっと饒舌になっていた。

ラリーは、生まれ故郷で過ごした地獄の日々についてディオンに語った。

そして――。


「まあ、そんなわけで俺は……って、ディオン?」


相棒のただならぬ様子にラリーは戸惑った。

ベッドに座って話を聴いていたディオンが、両手で顔を覆い、肩をわなわなと震わせていたのだ。


「ひでぇ……ひでぇ話じゃねえかよ、チクショウ……ううっ、ううっ……」


ディオンは泣いていたのだ。

泣く子も黙る荒事稼業の賞金稼ぎ、狂暴な悪党どもにも臆することなく戦いを挑む、百戦錬磨のディオンが子供のように泣いている。

それは、ラリーがそれまで一度も見たことのない相棒の姿だった。


(俺のために……姉ちゃんや、みんなのためにこんなに泣いてくれるのか……)


世故長けたディオンのことであるから、もっと悲惨な境遇の人間のこともきっと知っているはずだ。

だが、相棒は自分たち家族のために涙を流してくれた。

それだけで少し救われたような気持になり、胸が熱くなったのだが、


「……で、ラリー。オチは?」


相棒の思いがけぬ一言に、ラリーは思わず目を丸くした。


「え? いや、話のオチだよ、ラリー。当然そのクソ野郎どもは、皆殺しにしたんだよなぁ? 生きたままチンポコ切り落としたり、それをそいつ自身のケツの穴にぶちこんでやったりしてから、最後は生皮全部剝ぎ取ってやったんだよなあ!?」


涙で顔をクシャクシャにし、舌がもつれそうな勢いでとんでもないことを口走る相棒に、ラリーは答えた。

何言ってんだよ、俺はあんたと会うまで誰も殺してなかったじゃないか、と。


「はあ!? じゃ、そのクソの塊どもはまだ生きてやがんのか! いやそれは知らねえって、おいおいラリー、どうしてお前さんはそんな平気な顔していられるんだよ? 姉ちゃんと妹を目の前で輪姦されたんだろ!? しかもその時に兄貴をぶっ殺されたんだろ!? タタキに失敗して殺された兄ちゃんたちとか、ヤクザになっておっ死んだ兄ちゃんはまぁ仕方ねえさ、自業自得って奴だからな。でも姉ちゃんと妹はよぉ、何一つ悪いことなんかしてなかったんだろ? どうしてそんなひでぇ目に遭わなきゃならねえんだよ! ああ、もちろん善人とか悪人とか関係なく、殺されたり犯されたりすることはあるさ。だけどよ、ラリー、お前さんはどうして復讐しねえんだよ。まさかよ、そのクズ連中を許す、なんて言うんじゃねえだろうなあ!?」


凄まじい剣幕で迫られ、ラリーは瞬きすらできなかった。

そして、相棒の豹変した姿にしどろもどろになりながらも、同時に腹の底からカッカと熱いものがこみ上げてくるのも感じていた。


そうだ、俺はどうしてあいつらへの報復を考えなかったのかと。


今にして思えば、当時はただ生き残ることだけで精一杯だったからだろう。

それに故郷から逃げたばかりの頃は、まだ戦う術も知らなかった。

だが、ラリーはもう『殺される側』ではなかった。


「いや、ディオン。俺はあのクソどもを許すつもりなんかねえよ。きっちり復讐しねえといけねえよな」


「おう、そうだぜ。当たり前だよな? ああクソ、もっと早く言ってくれよな、ラリー。すぐに行こうぜ、グズグズしてたらそいつらがどっかでつまらねえ死に方しちまうかもしれねえからな」


急に晴れ晴れとした顔になったディオンにせかされ、ラリーは忌々しい思い出の故郷へ帰還することになった。

そして、相棒と共に兄弟姉妹の『報復』を実行した。


(続く)

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