SS1 賞金稼ぎ・ラリーの憂鬱

1話 別れはある朝突然に

賞金稼ぎのラリーは困っていた。

理由は簡単、つい先日、一匹狼になってしまったからだ。

元々ラリーは相棒と組んで仕事をしていた。

二人組、これが賞金稼ぎという稼業を続ける上ではベストなのだ。

理由はまた後で説明するが、ともかく一人ぼっちでは色々不都合があるし、三人組では頭数が多すぎる。

だからラリーはこれまで、常に相棒とコンビを組んで仕事をしてきた。


ところがある朝――。

相棒がこんなことを言い出してきたのだ。


「あのさ、ラリー。お前さんにゃあ悪いんだが、俺、足を洗おうと思うんだよ。


「おいおいティリス。朝っぱらからいきなり何だよ? 朝飯のサラダに虫でも入ってたのかい? それとも……」


冗談で笑い飛ばそうとしたが、内心は穏やかではなかった。

何しろ相棒のティリスの目はマジだったからだ。

それにティリスは、この業界では珍しく、つまらない冗談を言う人間じゃないし、思いつきで行動もしない。


「いや、真面目に聞いてくれよ、ラリー。俺さ、もうこの稼業に嫌気が差しちまったんだよ……」


お互いに同じタイミングで溜め息を漏らし合ってしまった。

気が合うな、なんて言っている場合じゃない。

おいおい、こいつは本気だぜ。考えすぎて神経が参っちまってるって顔だ。


ラリーはチラリと周囲に目をやった。

大陸南方の巨大な港街ガラドード。二階が宿屋になっている居酒屋で、夜は遅くまで満席になるような店だ。今は早朝ということもあってほとんど客はいない。

もっとも、聞かれたところで困るような話でもないが。


「そらま、楽しいだけの仕事じゃねえけどさ」


賞金首の悪党を追っかけ回してとっ捕まえる、そんな仕事が心底楽しいって奴がいたら――はっきり言って、ただの狂人だ。

というより、てめえが賞金首にされちまう類の奴だろうよ。


「楽しいとか面白いとかの話じゃねえんだよ。そんなこと言ったらさ、どんな稼業だって嫌なことはあるわけだからな。商人だって娼婦だって保安隊員だってよ、こんなことやってらんねえよ、って思う朝はあるわけだ。んなことは分かってる、分かってるんだよ」


「じゃあ、ちょっと落ち着いて考えてみるんだな。今夜になったら、お前も考えを改めて、やっぱり賞金稼ぎでいいや、よろしくな、相棒ってなるかもしれねえし」


「それを何度も繰り返した上での結論なんだよ、ラリー」


そうだろうとは直感していた。

このところ、どことなく相棒の様子がおかしいことにラリーも実際気づいてはいたのだ。

だが、それが仕事に影響を与えていなかったので黙殺していた。

現に昨日、ラリーとティリスは賞金首を一人仕留めたばかりだったのだ。

ケチな詐欺師をとっ捕まえ、保安隊に突き出して銀貨百枚を獲得。

宿の自室でお互い冗談を飛ばし合いながら一枚一枚山分けした。

この稼業で一番楽しい時間って奴だ。


それが翌朝になってこんなことを言い出したのだから、ラリーが困惑するのも無理のない話だ。

しばらくは遊んでられるな、どうだ、東南諸島辺りに船で行ってみるってのはよ、物価が安いから貴族様みたいな生活ができるぜ、一年中暖かくってさ、みんな陽気で呑気な連中ばっかりなんだよ、なんて言ってたじゃねえか。


「ああー、つまりだ、今回はマジってことか」


ティリスは静かに頷いた。


「そう、マジなんだよラリー。クソみたいな悪党どもを追い回してよ、そいつらと切った張ったやって稼ぐのはもう懲り懲りなんだ。あいつらと長いこと関わってるとさ、何だかてめえまでだんだんあいつらと同じクソになっちまうような気がしてきてさ……いや、俺だって悪党だぜ? 真っ当な堅気の人間じゃねえってことは承知の上さ。だけど……分からねえかな、ラリー」


「いやいや、分かるぜティリス。悪党だが外道じゃねえ。そこんところの線引きにお前さんがこだわってるのは理解してるさ。結構長い付き合いだろ? ああ、間違いなくお前さんは悪党だが、外道じゃねえ。俺が保証してやるよ」


実のところ、ラリー自身はその線引きにあまり価値を認めてはいなかった。

そもそも外道というが、その踏み外す『道』ってものの解釈が難しい。

帝国が決めた法律ではないだろう。裏社会の掟というのも、何か違う気がする。

人としてどうあるべきか? いやいや、そういうのは教会の御偉方に任せた方がいいぜ?


だが、相棒がそこに固執することを否定はしない。

ティリスの中には何かしらのルールがあって、奴はそれを守っている。

いや、誰だってそうだろう。口に出すか出さないかは別として、みんな法律や掟とは違う自分だけのルールを持っているはずだ。

もちろんラリーも同様なのだが、そこにズレがあって、時々衝突することがあるのは致し方ないことだ。

今までの二人は、そういう問題を上手いことあしらってきた。

少なくとも、昨日の夜までは。


「ありがとよ、ラリー。お前さんも外道じゃねえよ。タフで狡くて抜け目のない悪党だが、断じて外道じゃねえし、俺にとっては頼りになる相棒だったさ」


もう相棒というのもティリスの中では過去形なのか――ラリーは急に相棒の声が遠く聞こえるように感じた。

そしてラリーは、ここで説得を完全に諦めてしまった。


ああ、もうこうなっちまったら仕方がない、と。


人生にとって重要な何かを決める時というのは、必ずしも明るい前途に向かって希望を抱いて進むだけではない。

迷いに迷った末に、少しでもマシそうな方を選択する場合もあれば、相棒のようにつくづく嫌になって逃げ出す場合もあるだろう。

決断の結果そのものがどうなるかは、また別の問題だ。


ともかく、こいつは賞金稼ぎから足を洗う――もう、決めてしまったのだ。


「ああ分かった、じゃあなティリス……と、その前にだ、いつものアレで締めるぞ。いいな?」


「いつものアレ、か。俺にとっては最後になるな」


「いやいや、賞金稼ぎを辞めちまっても役に立つことさ。そうだろ?」


 席を立ったティリスに対し、座ったままのラリー。お互いを指差し合った。


「女とガキにゃ気を付けろ。刃物を持ったら誰でも人を殺れる」

「爺と婆にゃ気を付けろ。殺し屋は変装してお前の背中に立つ」

「保安隊とは揉めるな。ヤバくなったら頭を下げとけ」

「盗賊組合と黒死會、あいつらとは絶対に関わるな」

「麻薬はやるな。中毒者には近づくな。連中は気の狂ったクズだ」

「人前で財布を開くな、銀貨を見せるな。金貨なんてもっての他だ」

「酒に飲まれるな。翌朝死体になりたくなけりゃ、絶対に酔い潰れるな」

「儲け話にホイホイ乗るな。世の中そんなに甘くはねえ」

「賭け事は遊びでやれ。金は捨てる気で遊べ。間違っても借金だけはするな」

「相棒は裏切るな」


ラリーがまだ駆け出しの頃、まだ右も左も分からなかった時分にこの道の大先輩から教わった『裏稼業の十訓』だ。

ラリーはこれを毎朝、相棒と互いに言い合って肝に銘じることを習慣としてきた。

賞金稼ぎとしてやっていくには、まだ他にも気をつけなければならないことは山ほどある。

例えば、情報は命だ、とか――。

だがそれらは言ってみれば応用のようなもので、この十訓は生き残るための最低限の鉄則だ。

ラリーはこれを忠実に守り、ここまで生き延びてこられた。

これまで色々な奴と組んできたが、守らなかった奴は全員死んでいる。

そう、この十訓は、まったくもって正しいのだ。

堅気の人間からすれば、どれも当たり前のことばかりと思うかもしれないが、その当たり前ができないからこそ裏の世界にいるわけだ。


「それとな、ティリス。ここから先は追加だ。いいか、これからは俺が背中を守ってやれないからな、忘れるなよ。一人なんだ。今までの倍、いやそれ以上に注意しろ。どこで誰がお前さんを恨んでやがるか分からねえ。この酒場を出たら、いきなり後ろから刺してくるかもしれねえからな」


「了解だぜ、ラリー。お前も背中と人混みには気をつけな。ああそれと、俺が言うのも何だがな、早く次の相棒を見つけなよ」


「お前より頼りになる奴がいるかね?」


「嬉しいこと言ってくれるね。だけど、やっぱり元の鞘には収まらねえよ?」


「引き止めるつもりはもうねえっての。諦めたさ。だがよ、マジな話、相棒探しは大変なんだぜ?」


ラリーが肩をすくめると、ティリスは白い歯を見せた。

憑き物が落ちたような笑顔を浮かべられたら、もう何も言えない。

じゃあな――そう言って軽く手を挙げ、まるで買い物にでも出かけるような気軽さで、かつての相棒は店を出て行ってしまった。

そしてラリーはただ一人、残されてしまったというわけだ。


――さあて、これからどうしたもんかねえ?


(続く)

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