第45話 ボンッ!

ちくしょう、ちくしょう、あの赤目野郎!

絶対に、絶対にぶっ殺してやるからな。

でもってあいつの死体を踏みつけて、こう言ってやるんだ。

俺が子羊だって? それならてめえはなあ、トカゲ野郎だよ!

ってな。


ああ、トカゲってのはいまいちかな。

まあいいや。で、あの宝珠を奪って売り飛ばすんだ。

いい金になるぜ、きっと。

それで今度こそ、本当に足を洗うんだ!


「ロイ!」


「うひゃあっ!」


 高揚した気分に完全に酔っていたロイは、突如として頭の中に響き渡った声に、思わず足を止めてしまった。

 やたらと威厳のある、男の声がなぜか頭に直接聞こえてくる。

 いきなり冷や水を浴びせかけられたような、そんな衝撃だった。


 一体何なんだよ、おい。

 いや、気にするな!

 おおっ、いたぜ、赤目のクソ野郎が!


 すぐに迷いを振り払い、短刀を構えて走り出そうとした。


 このまま真っ直ぐ突っ込んで、野郎のどてっ腹に突き刺してやるんだ。

 いや、もう、返り討ちにされたって構わねえ。

 どうせ俺なんか、半分死んだようなもんなんだからな。


 赤目の姿が徐々に近づいてくる。

 倒れて木の幹に身体を預けている女も同時に目に入ったが、ロイにとっては別にどうでもよかった。

 目的はあいつと、あいつの宝珠だけだ。


「聞くのだ、ロイよ! 叫べ、シャドルミレディ、と!」


「ああ、もう、うるっせえな!」


 あまりの鬱陶しさに、ロイは声を上げてしまった。

 赤目がこちらを向いた。例によって気持ちの悪い薄ら笑いを浮かべている。

 完全にロイを見下した目つきだ。


 へっ、舐めやがって。

 もうお前なんか怖くねえ。死ぬのなんて怖くねえ。

 生きるか死ぬかの大博打、最後の大勝負なんだ。

 ここでビビっていられるかっての。


「バカ者、聞くのだ、ロイよ! シャドルミレディと叫べ!」


 何度も何度も頭の中で繰り返される声。

 その切迫した口調を聞いている内に、ロイの脳裏をあの言葉がよぎった。


 あれ、これってもしかして本当に……神様の声って奴?

 ……ああ、そう、これこそ本当の『天佑』なんじゃねえのか!?

 そうだよ、きっとそうだ。

 じゃなきゃ、頭の中に直に話しかけてくるわけねえもんな。

 おいおい、ついに俺にも本当に天の助けが来たってことかよ!?


 それならば、声の語る内容の意味も意義もまるで理解はできないがおとなしく従うしかあるまい。

 ロイはそう悟った。


 そう、今までの俺がすっかり忘れちまってたこと、素直に信じる気持ちが大事だってわけだろ?

 あれだけ強く信じたのに、祈ったのに、兄ちゃんは戻ってこなかった。

 だから俺は、もう神様に信じることも祈ることもやめちまってた。

 だけど、そうじゃない。そうじゃなかったんだ。

 やっぱりどこかで、信じる心ってやつが必要になってくるんだな。

 ようやく納得できたぜ。

 神様、ありがとな。


「……シャドルミレディ!」


 大きく息を吸い、絶叫してから、短刀を振り上げて赤目に突進した。


 ボンッ!


「はぁ!?」


 ロイは、自らの叫びがもたらした、想像もしていなかった結果に愕然とした。

 赤目の首輪に付けていた宝珠が、突然目映い光を放ち、轟音と共に砕け散った。

 そして同時に、赤目の肉体も――腰から下を残して――四散してしまったのだ。


 何が起こったのか、瞬時には理解できなかった。

 だが、数秒経ってからようやくロイは気がついた。

 彼を窮地から救うはずだった赤い宝珠は、彼の発した声によって――彼の信じた『天佑』に従ったことによって、無残にも粉々になってしまったという事実に。

 

 うそ、だろ……?


 ロイは呆気にとられた顔で、その場にへなへなと座り込んでしまった。


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