第40話 チュンチュン

「ギル、そろそろだな」


「ああ、そうさな。へへっ、これが俺の、最後の大暴れになるかもしれねえな!」


 だから、そういう事は不吉だから口にするなって。


 そう思ったラリーだが、かつてないくらいに充実した表情の相棒の姿を見ている内に、つい苦笑が漏れてしまった。

 この脳天気を見ていると、つまらない迷信なんか本当に鼻息で吹き飛ばしてしまいそうだったからだ。

 頭上で雀がチュンチュンさえずっている。

 人の気配はない。静かな朝だった。

 もうすぐここで高利貸しのヤクザとの大立ち回りが始まるなんて、近所の連中は思ってもいないだろう。


 ああ、そうだよ。

 火事だって地震だって、予想もできねえ時に起きるもんだからな。 

 平穏無事に生きてても、思わぬ厄介事に巻き込まれることもある。

 何が起きるか分からねえのさ、人生ってやつは。


 二人はマナの指示に従い、ニーナの家に詰めていた。

 入り組んだ路地の一角に、周りと肩を寄せ合うようにして建っている小さな家。

 そこの玄関先を借り、交替で寝ずの番をして朝を迎えていた。

 寒さで手がかじかむ。

 二人とも、ニーナから貸してもらった毛布を頭から被っていた。


 それにしても、この仕事を最後に、足を洗う――か。

 

 ギルの決意を、ラリーは心の中でもう一度噛みしめてみた。


 ああ、それがいい。

 きっと、それが正解なんだ。

 こいつはどう考えても、汚い裏社会で生きていくには『いい奴』すぎる。

 このままずっとこの稼業を続けていたら、誰かに騙されるなり何なりして命を落としていただろう。たとえ俺がそばにいたってな。


 そうなる前に、こいつは自分で気づいたってことだ。

 いいことじゃねえか?

 引き止める理由なんて、よく考えたら一つもねえしな。

 せいぜい「堅気になったら短気は起こすなよ」ぐらいのアドバイスをしてやるぐらいさ、俺にできることはよ。

 ニーナと上手くやれるかどうかは、ま、分からんけどね。


 で、まあそれはいいとして。

 次に俺が考えたのは、てめえ自身の今後の身の振り方だった。


 なあ、俺はこれから一体どうすればいい?

 新しい相棒を見つけて、そいつとまたこの稼業を続けていくのかい? 

 ああ、それもいいだろう。

 だけどよ、いつまで続けていくつもりなんだ?


 今の稼業は気に入っている。

 それはつまり、今の自分が気に入っているということでもあった。

 自分の力量もよくわきまえている。

 細心の注意を払って行動すれば、あっさりポックリくたばっちまうってこともそうはないだろう。ま、保証はできねえけどな。


 だが、人は必ず年老いていく。

 そして最後には死ぬ。

 当たり前だが、俺だって例外じゃない。

 その時、後悔はしないだろうか?

 ああ、足を洗ってりゃあ良かった、なんて。


 いや、どちらにせよ死ぬんだ、好き勝手に生きりゃいいじゃねえか――かつての相棒が遺した言葉だったが、ラリーはまだそこまで達観しきれてなかった。

 もっと言えば、堅気の生活をやってみるってのも、それはそれで面白いんじゃねえかな、と思ってすらいた。


 まあ、いいや。

 とりあえず、今は目の前の『面白いこと』に夢中になるべきだ。

 ゆっくり考えるのは、相棒と別れて一人っきりになってからにしよう。

 そう、このうるせえ相棒がいなくなったら、きっと静かになって考え事にももっと集中できるだろうからさ。

 

 ま、そいつはちょっと、寂しいことかもしれねえがな。

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