第33話 痛ァ!

「えええええっ!? ニーナちゃんが借金!? おいおい、どういうこったよ!」


 あぁうるせえ。声でけえよ、相棒。


 ショックで目が開きっ放しになっているギルを横目に、ラリーは小さく溜め息をついた。


「正確に言えば彼女のお父さんの、ね。それで、返済が明日の朝に迫ってるのよ」


 マナがそう言ってニーナの方を振り返ると、彼女は涙目で小さく頷いた。

 隣に座っているサンディが、彼女の手にそっと手を重ねる。


 あれから後、ラリーたちはマナに従って『月光』へと戻った。

 ラリーのクロスボウと小剣はマナの命令で没収されてしまい、今はギルが預かっている。


 舎弟にしたギルは信用するが、俺のことはまだ駄目らしい。

 まあ、しょうがねえか。


「そんな……。よし、俺たちが絶対に何とかしてやるぜ! だから泣くなよ、ニーナちゃん」


「……あ、ありがとう、ギル兄ちゃん……」


 見つめ合い、何か熱のこもった感じの視線を交し合うギルとニーナ。

 あれ、何だかいい雰囲気になってるのか?

 ま、それならそれで別にいいけどね。


 それにしてもこのマナという女、自分自身には直接関わりのない彼女の借金の件で真剣に奔走しているんだな。

 そのために俺たち二人と渡り合ったってんだから、大したもんだぜ。

 これがいわゆる義侠心に篤い侠客、ってところかね。

 顔も美形で腕も立ち、頭も切れるし、しかも背が高い――くそっ、俺より全然高いな。

 もし男だったら、女どもが放っておかなかったことだろう。

 ま、今でもあのサンディって娘っ子にすっかり惚れられているみたいだけどね。


 あの戦いで、彼女の強さは嫌というほど思い知らされた。

 夕陽を背にして戦う、まあこれはセオリーの内だ。

 相手の目をくらますのに、太陽は有効な手段だからな。

 だが、俺のクロスボウをかわしたのは本当に見事だった。

 普通は無理だぜ? 見てから避けられるもんじゃねえよ。

 だから、わずかな指の動きと気配だけで先に動いたんだろうな。


 それから、あの『魔道具』と外套の活用。

 使うことは思いつけても、実際にそれを一番有効なタイミングで使えるかっていうと話は別だ。

 口だけなら誰だって言える。実行できるのは本物の奴だけだ。


 俺を人質にする、ってところもよく考えてるよな。

 ああやって俺の口をふさぎ、バカな相棒に降伏をうながす。

 上手いやり方だよ。

 逆だったら、こうはいかなかっただろうからな。

 ま、相棒のバカでかい身体を拘束するのはさすがに無理があるし、あいつ、首に切っ先を突きつけられても平気で大暴れするからな。

 

 要するにマナは、策をみっちりと練った上で完璧に実行に移したってわけさ。

 でもって俺らは、それに頭からずっぽりハメられたってこと。

 情けねえ話だが、こうなったら仕方がねえ。

 流れに身を任せるしかねえだろう。

 

「で、マナさんよお。彼女の借金ってのは一体いくらなんだい?」


「そこが一番の問題よね、ラリー。実はさ、銀貨五百枚なのね」


「ぎ、銀貨、ご、五百枚!? おいおい、そりゃひどすぎだぜ! ニーナちゃんが可哀想だろうがっ!」


 あまりの額にギルが目を剥くが、ラリーはさして驚かなかった。

 高利貸しから金を借りたら、最後にはとんでもない額を要求されるのは当然のことだ。

 暴利をふっかけて、借主の生き血をすするのが奴らの生業なのだから。

 この店も彼女の身柄も、すべて奪おうという腹だろう。


「でしょ? ということでね……あんたたち、有り金全部、出しなさい」

 

 おい、こいつを『義侠心に篤い』とかほざいていた奴は一体どこのどいつだ?

 くそっ、ギル、いいから今すぐ俺のクロスボウを返せ。

 このままじゃ俺たち、身ぐるみ剥がされちまうぞ!

 苦労してここまで獲物を追ってきたのに、俺らが餌食になっちまうじゃねえか。


「……というのは冗談よ。そんな大金はあなたたちも持っていないだろうしね」


 いやいや、本気だったぞ、さっきのあんたの目は。

 っていうか、俺たちがもしそれだけの金を持っていたら、ホントに肩代わりさせるつもりだったのかよ。


「ねえ? あの村で長老から請けた依頼は、あたしを連れ帰ることだったんでしょ?」


「ああ、そうだよ。あんたを連れ帰れば銀貨……」


 そこまで答えかけて、ラリーは思わず言葉を呑んだ。


 いやいや、偶然にしちゃ、できすぎだろ?


「いくらなのよ?」


「……銀貨、五百枚だよ」


 ラリーの回答に、マナが片方の眉をピンと跳ね上げた。


「あらあら、随分と気前がいいのね、あの長老。それとも、こういう仕事はそれぐらいが相場なの? よく知らないんだけど」


「いやあ、普通じゃないね。どうだい、自分がお高く評価された気分は?」


「別に嬉しくはないね。そもそも、それってあたしに付けられた額じゃないし」


「まあね。だからよお、あんたが素直にそいつを俺たちに差し出せば、万事解決するんじゃねえか?」


 ラリーは少し皮肉を込めた口調で言った。

 長老からは、とにかく『宝珠を盗んだ、マナという女を探して連れ戻せ』としか聞いていない。

 詳しい事情は聞き込みをしてもよく分からなかったのだ。


「それがそうもいかなくてね。ああ、そっか。じゃあまた、最初から話すとしますか……はあ」


 うんざりした顔のマナの様子から、込み入った事情があるのは明白だった。

 ということで、二人はここに至るまでの話を聞くことになったのだが――。


「……というわけで、吾輩と我が主は苦楽を共にしてきた、というわけなのだ」


「何が共にしてきた、よ! あんたは何もしてないでしょうが!」


「な……それは聞き捨てならぬぞ。先刻の戦いで協力したばかりではないか!」


「う……」


 マナが気まずい顔になって押し黙った。

 ギルは、バカみたいに口を卵型に開けっぱなしにしている。

 サンディとニーナは、もう慣れた様子でお茶を啜っていた。

 で、ラリーの率直な感想はとえいえば、いやはやたまげたね、の一言だった。

 知識と意思を持つ魔宝珠など、本来ならば銀貨五百枚程度では済まないだろう。

 それこそ、帝都のどでかい博物館で保管されていてもおかしくない代物だ。

 しかもそんな魔道具を食べちまった奴の話なんて、当然ながら初耳だ。


「……じゃあ要するにだ、そのシャ何とかは、姐さんのケツの穴からウンコと一緒に出てきたくないって……痛ァ!」


 無神経すぎる発言の途中で、ギルがマナに脛を蹴飛ばされた。


 うん、相棒はこれを機にデリカシーってものを学んだ方がいいかも知れない。


「で、どうすんだい? 銀貨五百枚をポンと出せるのなんて、俺らが知ってる限りあの爺ぐらいしかいねえ。だけどよ、明日の朝までにあの村まで往復なんていくら何でも無理だぜ?」


 もうとっくに陽は落ちている。底冷えのする寒さだ。

 木製のスツールに腰掛けたラリーたち五人は、車座になって部屋の真ん中に置いた小型のストーブで暖を取っていた。


「うん、だからね、あたしたち全員の力が必要なのよ」


 そう言ってマナは、サンディの肩を抱き寄せ、ウィンクした。

 おいおい、何だか面白くなってきやがったぜ?


「まずはサンディとニーナが、このシャド公の偽物を用意するのよ」


 そうか、この店――『月光』はアクセサリー店だったな。


「適当なまがい物を見繕ってね。どんな色や格好かはこの張本人、シャド公に話を聞けばいいでしょ? ま、だいたい似てりゃいいのよ。囮みたいなもんだからさ」


 なるほど、うまい具合に削ったりして、それっぽく見せればいいということか。


「……そうですね、頑張れば一日でできると思います!」


 サンディがにっこりと微笑んだ。

 彼女は手先が器用だという話だった。


「で、そいつを持って、ラリーとあたしが村に向かう。その間、ギルにはここでニーナとサンディを護っていてもらうわ。ヤンが手出しできないようにね」


「だけど、肝心の借金の期限は明日の朝なんだろ? そいつはどうするんだ?」


「その話は後でね。で、長老の家に行ってその偽物を渡すのよ。あなたたちが、あたしから奪い返したってことにしてね」


 この時点で、ラリーはマナの『銀貨五百枚獲得作戦』の全容がおおよそ掴めてしまった。

 相棒は相変わらず、わけがわからないといった顔をしているが。


「その時こそ、シャド公の出番ってわけよ。長老の頭に直接語りかけてさ、偽物を本物と思い込ませるってわけ。長老の目的はあたしじゃなくてこのシャド公なんだから、無事に戻ってくればあたしをどうこうしようとはしないでしょ? ま、それでも捕まえようとかするんだったら、あたしとラリーで切り抜けましょ」


 あの村の連中だったら、確かにマナとラリーの力量であれば何とかなるだろう。


「でもって、晴れてラリーは銀貨五百枚を報酬として受け取り、エカトールに戻って万事解決、というわけよ」


 マナが人差し指をピンと立てて、ニンマリと笑みを浮かべた。

 その顔を見て、ラリーは彼女の評価を改めることにした。


 やれやれ、こいつは、とんでもねえ悪党だぜ。

 要するに長老にまがい物を掴ませて、銀貨五百枚を騙し取ろうっていうわけじゃねえか。

 普通は上手くいかねえよ。偽物だってバレちまうわな。

 だが、このシャドルマンドゥが直接語りかけるなら、信じざるを得ない。

 で、その時に「吾輩はこれよりしばし眠りにつく」とか何とか適当なことを言わせておけば、長老も納得するだろう。

 

「で、さっきの期日の話だけど……これはもちろん、期限を延長させるわ」


 マナは簡単に言うが、そのヤンって奴もそう簡単には引き下がらないだろう。

 取り立てのためなら、どんなえげつないことでもする。

 高利貸しっていうのは、そういう連中だ。


「知ってるわ。だからね、そこはもう……」


 腕を組み、自信満々といった態度のマナが、そこで一旦言葉を切った。


「力ずくで押し切るわ! あたしたち三人がかりで、ヤンを人質にするのよ!」


 うわ、こいつやっぱりとんでもねえ奴だ。

 武者修行中の剣士だって?

 いやいや、いっそのこと、悪漢どもを束ねる裏社会の元締にでもなった方がいいんじゃねえのかな。

 だが、理には適っている。

 高利貸しどもがその活動の背景にしているのは、あくまでも暴力だ。

 それに真正面から対抗するには、同等かそれ以上の暴力――あるいは武力が必要になる。

 マナとギル、それにラリーが協力すれば、相当な戦力になるはずだ。

 ギルなんか、ニーナのためなら命も捨てかねないって勢いだからな、それこそ鉄壁の護衛になるだろう。


「それにね、あのヤンも、まさかニーナがそこまで強い武力で護られているだなんて、きっと思っちゃいないはずよ。自分一人で来るか、せいぜい子分を数人連れてくる程度でしょうね」


「そのヤンってのは、どんな奴なんだい?」


「あたしも今朝ちょっと見ただけだけど、相当な切れ者ね。間違いなく腕も立つね。だけど、いかにも自分に自信があるってタイプだよ」


「……なるほどね。頭が切れすぎる分、あまりにも理不尽だったり、バカバカしいやり方はかえって予測できないってタイプかな?」


 そういう手合いは知っている。

 味方にすれば本当に頼もしいし、敵に回せば実に厄介だが、かといって弱点がないわけではない。


「さすがね、ラリー。ご名答よ。それが命取りってわけ。不意討ちを喰らわせてひっ捕まえて、とにかく借用書を出させてさ、期限を無理やり延長させるのよ」

 

 期限を延長させなきゃ、お前さんの人生が今ここで期限切れってわけかい?

 いやはや、呆れ果てた悪党だね、あんたは。参ったよ。

 だけど、面白ぇな。

 俺たちにゃあ何の益もねえ話だが、こいつは実に面白い。

 人生っていうのは面白くなくっちゃな。退屈だけは勘弁だぜ。

 いいぜ、その計画、喜んで乗らせてもらうよ。


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