第32話 がしゃんっ! 

「ラリー! くそ、くっそおっ!」


 相棒を人質にとられたギルは、鬼のような形相になっていた。

 上段に振りかぶった大剣が、ブルブルと震えている。

 だが、


「落ち着いて、ギル。その大剣を置きなさい。そうしないと、貴方の相棒はあえなくあの世逝きってことになるからね?」


 子供に言い聞かせるようなマナの口調に、ギルの動きが止まった。

 悔しそうに歯噛みし、ラリーの目をじっと見つめている。


 待て、相棒。よく考えろ、落ち着け。

 ラリーのこめかみを冷汗が伝い落ちた。

 絶体絶命の危機だったが、まだ何とかなる。

 ヤバい状況も、今まで何度も切り抜けてこれたじゃねえか。

 一番まずいのは、考えずに行動することだ。


 ラリーは相棒に目でサインを送ろうとした。

 声は出せない。

 もし一言でも発したら、このマナという女は躊躇いなく自分を殺すだろう。

 こいつは、ただの脅しで人質をとるタイプじゃない。


 だからラリーは、心の中で必死に語りかけた。

 いいか兄弟、ここはできるだけ時間を稼ぐんだ。

 さっきの声、あれはきっと『魔術』だ。

 こいつには他に仲間はいない。いたら、とっくに姿を見せているはずだからな。

 頭の中に直接語りかける――そんなことが可能なのは魔術だけだ。

 といっても、この女が魔女ってわけじゃない。

 魔術に詳しいわけじゃないが、呪文の詠唱と身振りが必要なはずだ。

 そんな様子は見えなかったから、恐らくは『魔道具』を使ったのだろう。

 魔術の素質がほとんど無くても、魔術と同じ力を振るえるって道具だ。

 バカみたいに値が張るから、自分で買う気にはなれねえけどな。

 くそっ、それがこいつの切り札だったってことか。


 だが、この膠着状態を維持していれば――もしかしたら、ここに誰かが通りがかる可能性だってある。

 そうすりゃ、こいつも俺を離して逃げるだろうさ。

 ただの喧嘩程度ならいざ知らず、殺しとなりゃあ保安隊に追われる羽目になるからな。

 目に力を込め、ラリーは『大剣を捨てるな、この女の言いなりになるな』という意向を伝えようとした。

 頼むぜ相棒、ここが踏ん張りどころだ。


 ギルが、ラリーの目をじっと見据えたまま、大きく頷いた。

 おっ、分かってくれたか。

 よしよし、何か適当に話をしてやれよ。

 難しい交渉とかじゃなくていい、お得意のくだらねえ与太話で構わねえから、とにかく時間を稼ぐんだぜ。


 がしゃんっ! 


 ギルは大きく息を吐くと、愛用の大剣『頭骨砕き』を地面にひょいっと放り棄てた。

 

 ……っておい、何やってんだ、おめーはよお。


 ドカッと地面に座り込み、腕を胸の前で組んだギルが、


「相棒、お前の気持ちはよく分かったよ。人質にとられたってのに、『俺のことは構わねえから、この女を倒せ』なんて、さすがだぜ。だけどよ、俺はやっぱりお前を見捨てたりはできねえよ。ああ、くそ、俺たちの負けだ!」


 サバサバとした口調で言い捨てたので、ラリーはため息をついてしまった。

 いや、俺、そんなことこれっぽっちも思ってねえから。

 しょうがねえか、相棒がバカなのはいつものことだし、そもそも俺がドジ踏んで人質に取られちまった時点で怒る資格はねえよな。


「うん、男らしくていいね、ギル」


 マナの賛辞に、相棒はちょっと照れたような顔をした。

 ホント単純だな、相棒。


「へっ、負けは負けさ。そいつは潔く認めるよ。それにしてもあんた、大したもんだね」


 その点はラリーも同感だった。

 ただ腕が立つ、というだけではない。

 あの声による奇襲と、外套を投げて敵の視界を遮った手際。

 歴戦のラリーが、完全に手玉に取られてしまったのだ。


「ありがとね。じゃあ早速、あたしの望みを聞いてくれるかな? そうすれば、ラリーは無傷で解放してあげるわ」


 ふう、ここからが問題だぜ。

 この女、一体何を要求してくるのやら。

 ラリーはゴクリと唾を呑み、マナの言葉を待った。


 ――ところでさ、無傷でって言ってるけどよ、さっきから刃が俺の首にちょっと食い込んでんだけど? 血、出てるんですけれど!?


「あーあー、分かったよ姐さん。何でも言ってくれ」


 おいおいこのバカ野郎、また気軽に何でも、とか言っちまいやがって!

 その調子で安請け合いして、どれだけ面倒くさいトラブルに巻き込まれてきたことか。少しは反省してくれよ。


「ふふ、じゃあねえ、ギル。あなた……あたしの舎弟になりなさいっ!」


「はあ!?」「な……」


 予想外の申し出に、ギルだけではなくラリーもつい声が出てしまったが、それで首を斬られることはなかった。

 だが、続くマナとギルの、


「何でもいうこと聞くっていったじゃない。それとも嘘だったってこと?」


「……ああ、くそ、分かったよ。俺があんたの舎弟になればいいんだろ? 姐さん、とでも呼べばいいのかい?」


「そういうことよ。まあ、その呼び方はちょっと勘弁してほしいんだけど。で、実はちょっと手を貸して欲しいことがあるのよね。続きは、店に戻ってから話すことにするわ」


 という一連のやり取りで彼女の意図を悟った。

 マナは最初から、俺たち二人を屈服させ、利用するつもりでこの戦いを仕掛けたのだ。


 ちくしょう、やっぱり厄介事じゃねえかよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る