第31話 ばばばっ
三人並んで町外れに向かう道すがら、ラリーは気を抜くことなく、マナの一挙手一投足を注視していた。
一方のギルは、脳天気に口笛なんか吹いている。
おいおい、大丈夫かよ、相棒。
だが、さすがにマナも人目のある場所では仕掛けてこないだろうし、自分たちも打ち合わせできるような状況ではないので、放っておくことにした。
それにしてもこの女、一体何を企んでいるのか――。
貴族や騎士じゃあるまいし、一対一で正々堂々の勝負などする気はない。
それはマナも分かっているだろう。
だから、普通は人数の不利を補うために、不意討ちや騙し討ちを試みるはずだ。
例えば、おとなしくこちらに従うフリをして反撃するとか、夜中に背後に忍び寄るとか。
無論、こちらも素人じゃないから、そんな手に易々と嵌ったりはしないのだが。
いやいや、待てよ。
この女は明らかに俺と同じよそ者だが、他の二人はここエカトールの住人だ。
今向かっている先に、実は彼女たちが呼び寄せた助っ人がいるのかも。
いや、そんな奴らと連絡を取る間は無かったはずだ。
あの店はずっと休業中の札がかけられていて、誰一人入ってこなかった。
また、保安隊の詰所や、ルイスたちヤクザ者がたむろしているような所に導いている、ということでもなさそうだ。
胡散臭い奴がやはり『月光』の様子を窺っているのには気づいたが――特にちょっかいを出そうという気配はない。
ま、こいつは放っておくか。俺らの賞金を横取りしようっていうんじゃなけりゃ、文句は言わねえよ。
しかし、何か嫌な予感がするんだよなあ……このマナって女剣士。
強いのは間違いない、それは分かりきってんだよ。
それだけじゃない、何か隠してやがんじゃねえのか……。
ヤバい奴ってのは、一目見て判断できる。
それぐらいの事ができなけりゃ、この稼業で生きていくなんてできない。
ああ、相棒は別な。
ともかく、マナはヤバい。
そのヤバさがどういう種類のもので、どの程度の危険度なのかがいまいち掴めないのだ。
だが、やるしかない。
銀貨五百枚を得るには、危険な橋も渡らねえとな。
陽が沈みかけ、辺りがだいぶ薄暗くなってきた。
石畳が途切れて剥き出しの土の道に変わり、辺りには人の気配も無い。
そろそろ、頃合いか。
右隣、大股で歩く相棒を見上げる。
気合の入った、いい表情だ。
ギルはまぎれもなくバカだが、こと戦闘に関してのセンスは優れている。
今まで組んできた奴らの中でも、ピカ一といってもいいくらいだ。
状況に応じ、常にベストかそれに近い選択ができる戦士だ。
マナの力量はまだ計りきれていないが、ギルが後れを取ることはないだろう。
風が止んだ。
その瞬間、マナが動いた。
前方に向かって、一直線に駈け出す。
「ははっ、逃がさねえぜ!?」
すぐにギルが反応し、足を止めて背中の大剣を抜いた。
腰を落とし、両手で中段に構える。
マナに逃亡の意思がないことを、瞬時に悟ったのだろう。
こういう際のギルの勘は、信用できる。
ラリーもすぐさまクロスボウに矢をつがえた。
ギルの斜め後ろに控え、片膝をついてマナの背を狙う。
十メートルほど距離をとったところで、マナが振り返った。
レイピアを抜く。速い。下段にだらりと構えた。
やはり逃走ではなく、二人との距離を取るために走ったというわけだ。
マナは不敵な笑みを浮かべていた。
ほう、この期に及んで大した度胸じゃねえか。恐れ入ったぜ。
見ろよ、あの目つき。
相当に戦い慣れている奴の目だ。
戴天踏地流剣術の使い手という以上に、こいつはあれだ、俺たちと同じ世界の匂いがするぜ?
じゃなきゃ、一対二の不利な状況で戦うってのに、あんなに力がちょうどいい具合に抜けた構えなんてできやしねえよ。
ラリーは、彼女の足に狙いを定めようとした。
夕陽を背に立つマナ。
強い風が吹き、砂埃が舞い上がった。
この距離、ラリーの腕であれば大抵は一撃で仕留められるが、相手が相手だ。
最初の一矢を外したら、二矢をつがえる余裕を与えてくれはしないだろう。
しかし、接近戦となればギルの出番だ。
相棒が戦う間に、ラリーは改めて矢をつがえることもできるし、背後に回り込んで小剣でギルの援護も可能だ。
ラリーは矢を放った。
だがそれより一瞬早く、マナの影が横に動いた。
必殺の矢が、むなしく宙を裂く。
とんでもない反応の速さだった。
いや、最初からあいつはラリーの挙動にだけ注視していたのかもしれない。
マナがこちらに突進してきた。
放たれた矢のように、ただ真っ直ぐ――策も何もなく、突っ込んできた。
それに呼応してギルが吠え、大きく踏み込む。
真横に薙ぎ払おうとした、次の瞬間――。
「待て!」
ラリーの頭に、割れるような大音声が響き渡った。
聞き覚えのない声だった。
威厳に溢れた、壮年男性のような声色。
くそっ、何者だ!?
やはり誰か助っ人がいたのか!?
それにしても、まるで耳元、いや、頭の中で叫ばれたように感じたが、気のせいか!?
そんなバカな事、魔法でもない限りあるはずがねえ。
魔法!?
いや、まさか……。
動揺したラリーとギルの動きが、一瞬止まった。
その刹那を、マナは見逃さなかった。
「ギル!」
ラリーは叫んだ。
今の声の衝撃で、頭が割れるように痛い。
だが、姿を見せぬ新手よりも、まずはマナを片づけるのが先決だ。
ギルが背後に飛び退り、懐に飛び込んできたマナの一閃を顎の下ギリギリでかわした。
ラリーはクロスボウを投げ捨てた。
至近距離の戦いにおいて、これほど敏捷な相手をクロスボウで仕留めるのは不可能、そういう判断だった。
素早く腰の小剣を抜き、身構える。
くそっ、来やがれ!
戴天踏地流剣術のマナに対して、自分が小剣で太刀打ちできるとは考えていなかった。
その一閃、迅雷の如しと恐れられる剣術だ。
だが、ほんのわずかでも時間を稼げれば、ギルと挟み撃ちにできる。
ラリーは全神経を集中させ、マナのレイピアの動きを追った。
だが――。
「なっ……!?」
ばばばっ。
何かがはためくような音と共に、視界が真っ暗になった。
その何かがマナの外套だ、と察した時には手遅れだった。
背後に危険な気配。
死を覚悟したラリーだったが、左腕と肩に走った激痛に思わず叫び声をあげてしまった。
蛇のように絡みついてきたマナの腕によって、がっちりと捻りあげられている。
首筋に感じる、レイピアの刃の冷たさ。
耳元でマナが「動かないで。声も出さないで」と静かにささやく。
くそったれ、まさか、この俺が……なんてこった!
そう、ラリーは人質に取られてしまったのだ。
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