第29話 ゲホゲホ

 ラリーがこの世界で過ごした時間は、ギルよりも長い。

 一人で仕事をしていた期間もあったが、だいたいは誰かしらと組んで仕事をしてきた。

 理由は、一人でやるよりも遥かに効率がいいからだ。


 例えば今だって、一人だったら用を足すことさえも困難になる。

 さすがにクソやらションベンやらを漏らすってわけにもいかないから、手早く済ませることになるわけだが、わずかな隙に獲物に逃げられる可能性もあるわけだ。

 敵と戦うにも、二人ならお互いの背中を守り合えるから、ある程度敵が多勢でも渡り合うことができる。

 戦術的にも、挟み撃ちをしたりできるから作戦の幅が広がる。

 もちろん、互いの弱点をカバーすることも可能だ。

 遠距離ならラリーのクロスボウが使えるし、槍だのの長柄物で踏み込まれてもギルの大剣で対処できる。


 それなら三人の方がいいじゃないか、と思うかもしれないが、話はそう単純ではない。

 三人いると、戦闘時にそれぞれの息が合わなかったり、依頼一つ請けるにもガタガタ揉めたりするものなのだ。

 これも稼業を始めた頃に何度か経験している。

 三人がバラバラ、というよりも二対一の関係になることが多い。

 頭数が多けりゃいい、という話ではないってことさ。


 というわけで、ラリーはこれまでに色々な奴とコンビを組んできた。

 死んじまった奴が一番多い。

 生き延びて足を洗った奴らは本当に少数だ。

 あとは喧嘩別れになったか、ある日突然行方が分からなくなった連中などだ。

 だが、


「ラリー、俺さ、これが終わったら、足を洗おうと思うんだよね」


「ラリー、俺さ、この仕事を終わらせたら、引退して故郷に帰るつもりだぜ」


「ラリー、俺さ、今度結婚するんだよ。この一件が無事に片付いたらな」


 と言った三人は、いずれもその想いを遂げることなく死んでしまった。

 ここに四人目としてギルを並べたくはない。

 だが、このド阿呆は決定的なその一言を口にしちまいやがった。


 それにしても、一人一人の死にはもちろん直接的な関連性など皆無なのだが、こうして並べてみると嫌な予感を覚えずにはいられないものだ。

 これさえ終われば、なんて考え方が焦りや油断を生むのかもしれないし、つい張り切りすぎて判断が甘くなるのかもしれない。

 そうじゃなければ、きっとこの類の台詞は呪われているのだ。

 そう、一言口にしただけで死が容赦なく襲いかかってくるような危険な言葉に違いない。

 ま、ただの偶然かもしれないがね。


「……なあ兄弟、悪いことは言わねえ。そいつだけは、そいつだけは絶対に止めておけ」


「はあ!? 何でだよ、好きにしろって言ったのはお前じゃねえか」


 不服そうに口を尖らせる相棒に、ギルはこれまでの三人の事例を語ったが、


「おいおい、しっかりしてくれよ兄弟~。そんなの偶然に決まってんじゃねえかよぉ~!」


 一笑に伏されてしまった。

 確かに、我ながら気にしすぎだとは思うのだが。


「そうは言ってもよ、三人が三人ともだぜ? 普通は気になるだろうが」


「大丈夫、大丈夫。だってさ、ほれ、あーんと、そうそう『二度あることは三度ある』って言うじゃん?」


 確か、東方の格言だっただろうか。

 ラリーも以前聞いたことはあるが、まさかギルが知っていようとは。


「格言の通りじゃねえか。実際、三人とも死んじまったわけだし」


「いやいや、だからさ、つまり『四度目は起きない』って意味だろ、それって?」


 ……いや、そんなバカな解釈は初めて聞いたぜ?

 だが、相棒のあまりにあっけらかんとした物言いに、ラリーは説得を諦めることにした。

 この脳天気野郎なら、もしかしたら不吉なジンクスもどこ吹く風で跳ね除けちまうんじゃねえだろうか、と。

 それに、こいつを死なせないのが相棒である自分の役割だ。

 大丈夫、今までと一緒だ。

 クールに片づけてやるぜ。


「分かった、分かった。そこまで言うなら勝手にしな。だがな、とにかく油断はするなよ。いつもと同じようにするんだ。それから、俺の指示は絶対に聞けよ?」


「了解、了解。あの娘のおっぱい揉むまでは、何があっても死ねねえぜ!」


 いや、一番の問題はそのニーナの意志なんだけどな――そう思ったが、あえて口にはしなかった。

 もしかしたら、何かの間違いで彼女がギルに惚れる可能性だって決してゼロではないだろう。

 それで二人が幸せになれるかどうかはともかくとして。


「……それにしてもよ、ま、あの娘で良かったな。他の二人じゃなくて」


「あん? 何でだよ、お前と好みがかぶるってのか?」


「いや、そうじゃねえよ。ああ、そっか。お前さん気づいてねえんだな。鈍いねえ、まったく。あの二人、俺の勘じゃあ付き合ってるぜ」


 監視を再開したラリーが苦笑まじりに言うと、相棒はお茶を吹きそうになった。

 ゲホゲホとむせた後、慌てて口を拭い、素っ頓狂な声をあげる。


「はあ!? だってよお、あれ、二人とも女じゃねえの。いや、まさかどっちかが男だってのかい? いくら何でもちんちん付いてるようには見えねえぜ?」


 だから声がでかいっつうの。

 そこまで御上品な店とは言えないが、少しは周りも気にしろって。


「いや、もちろん女だって、二人とも。でもよ、男同士で付き合ってる奴らだっているじゃねえか。ほれ、前に帝都でさ……」


「……ん? あーあー、いたねえ、そういえば。ありゃあ、俺も驚いたぜぇ」


 半年程前の仕事だった。

 その時はギルがそのカップルの女役に惚れられてしまい、すったもんだの大騒ぎになったのだ。


「でさ、『お前、この男の方が俺よりいいのか!?』なんて、男役の方に詰め寄られてたな、くくく……」


「そーそー、『だって、あなたより優しいんだもんっ!』って泣いちゃってな。おいおい、俺は何もしてねえっての!」


「挙句、俺にまで飛び火してな。『な、何よギル! あなた、あたし以外にいい人がいたのね!?』ってな。勘弁してくれっての」


「おいおい、よく言うぜ。お前だって『ギル、何よこいつ! さては浮気してたのね!?』って悪ノリしてたじゃねーの」


 しばし、ゲラゲラ笑いながらくだらない思い出話に興じたが、


「だからさ、要するにあの二人はあいつらのちょうど真逆で、女同士で好き合ってるってわけよ」


「お前の勘だろ? ホントに当たってるのかい?」


「へえ、俺の勘を信じねえってのか? じゃあ、賭けようか?」


「面白ぇ、何を賭ける? ……って、おい、ラリー」


「ああ、動き始めたな、あの女」


 店の扉が開き、中から例のマナが出てきた。

 てっきりサンディやニーナも連れて、どこかに移動するのかと思ったが、彼女たちは出てこなかった。

 マナは堂々とした態度で、こちらを真っ直ぐに見据えていた。

 その鋭い眼光で、ラリーは直感した。


 こいつ、ここで決着をつけるつもりだぜ。

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