第28話 だんっ!
「で、ギル。どうやって片づけるんだい、あの……えーっと、マナって女をさ」
相棒も、ようやく標的の名前を覚えてくれたようだ。
まあ、さすがにね。毎度毎度訂正するの、いい加減うんざりしていたからな。
「焦るこたぁねえよ、兄弟。まずはこうやって、逃げられないようにきっちり監視を続けるのさ」
ラリーとギルの二人は、広場から三人を尾行し――今はそのアクセサリー店『月光』の前の茶店で、ずっと見張りをしていた。
土地に詳しいギルの話では、裏から抜けるような道はないはずだから、表のドアさえ注意すればいいらしい。
念のために一人でこの界隈を歩き回ってみたが、確かに抜け道はなさそうだ。
それにあの三人、休業の看板を出した店内で話し合っている様子がここから丸見えだ。
カーテンぐらい閉めればいいのにな。ま、この方が俺たちには好都合だけど。
「そうは言ってもよ、このままずーっと待つってのかい?」
「ああ、そうさ。目を離さずにべったり張りついて、とにかく隙を窺うんだよ。何しろこっちは、疲れたら交替で寝ればいいんだからな。その点、あいつはそうはいかねえ。俺たちがいつ来るかって警戒しなきゃいけねえから、いくらタフでも疲れは出るってもんさ」
「ははーん、それでもって、あいつが弱ったところを捕まえるってわけか」
「おう、そういうことさ。ま、気長に構えようや、兄弟」
ラリーはそう言って、熱い茶を口に運んだ。
テーブルに紙を広げ、缶に入れたタバコの葉を落とし、丁寧に巻いていく。
端を固く巻いて吸い口にし、蝋マッチで火をつけた。
深々と吸って、息を止める。それから、ゆっくりと煙を吐き出した。
ああ、そう、これよ、これ。
まさに今、生きてるって感じがするぜ。
「それにしてもよ、あのニーナちゃん、へへっ、おっぱいデカかったよなあ……たまげたぜ」
またその話題かよ。
キラキラと目を輝かせた相棒を一瞥し、ラリーは再び『月光』の店内に目を向けた。目立った動きはない。
持久戦になりそうな気配だな。
相棒がくだらない話をしたがるのも分からないでもない。
確かに、長丁場の退屈しのぎにはバカ話や猥談が一番ではある。
「いや、サイズの大きさは認めるけどよ。別にたまげるって程ではねえだろうが」
「おいおい分かってねえなぁ、ラリーよぉ。そりゃまぁ、世の中にはもっとデカパイの女もごまんといるぜ? でもよ、あの娘の場合はだらしなく垂れちゃいねえし、デブってわけでもねえ。それに何より、顔だって可愛らしいじゃねえの」
「服の上からでも分かるのかよ?」
「お前は分からねえのかよ? いや、俺の見立ては間違いないね。あれは良いおっぱいだ」
相棒はもう監視を忘れ、鼻息も荒く熱弁をふるっている。
言っている内容には、おおむね同意であるが。
「もういい、分かった、分かった。お前さんの好みにドンピシャってのはよく分かったよ。だけどな、いくらあの娘が可愛いからって仕事で手を抜くんじゃねえぞ?」
「当たり前だろ、それはそれ、これはこれ、おっぱいはおっぱいだ。でもよ……ああ、そうそう、実は昼間から色々考えていたんだけどさ。ちょいと聞いてくれるかい?」
ラリーはチラリと相棒に目をやった。
いつになく真剣な面持ちだ。
陽が少し傾きかけ、そろそろ夕方に差し掛かろうという時間になっていた。
「何だよ、言ってみな」
「俺さ、あの娘に……あの、ニーナって娘に、惚れちまったみたいなんだよ」
うんざりとした顔でギルを見ると、柄にもなく照れたような表情で頬をポリポリと掻いている。
いいガタイをしてるくせに、肩をすぼめてモジモジとしていた。
まったく、うぶな小娘かよ。
紫煙を吐き、目と目の間を揉み解す。
やれやれ、困ったもんだぜ。まあ、予想通りだけどな。
ギルの惚れっぽさは、コンビを組み始めた当初からまるで変わっていない。
行く先々で出会う女に、すぐに惚れ込んでしまうのだ。
これまでの旅の中で、かれこれ三十人近くはいるだろう。
最後は結局、あえなくフラれているわけだが。
一方で、ギルに惚れる女も多い。
黙っていれば美男の部類に入るし、背も高く風采も立派な上に気風もいい。残念ながら、頭は空っぽであるが。
そういった女たちは大抵の場合、ギルのアホさ加減に愛想をつかして別れるか、もしくは最初から色香で騙して利用しようという連中だった。
そして、当のギルが本気で惚れるタイプというのは――これがまた、どうにもあいつには合わねえような娘っ子ばかりなのだ。
性格は清楚でおとなしく、顔だちは整っているが派手ではなく、体は小柄でかつ太ってはいないタイプ――でもっておっぱいはデカい、というのがギルの理想のようだった。
「ふーん、そーかい。でもよ、別に俺に相談することでもねえだろ? 俺の好みはああいうタイプじゃないし」
「お前は、背が低くて小さいおっぱいの子が好きだからなっ!」
「声でけえよ、相棒。それに誤解を招くような言い方するな。まるで俺が、幼児好きのド変態野郎みたいじゃねえか」
「……違ったのか……」
「お前が誤解してんじゃねえよ! まあ、ともかくあの娘のことは、この仕事が終わったら、お前の好きなようにすればいいじゃねえか」
とても上手くいくとは思えねえけどな。
ま、それは言わないということで。
「まあ、そうなんだけどさ。いや、違うんだよ、ラリー。今度は今までとは違うんだって」
無関心そのものといった態度でラリーが返すと、即座に反論してきた。
「……俺さ、その……あの娘に、きゅ、求婚しようと思うんだよね!」
「はあ?」
あまりに意外な告白に、思わずラリーは監視を忘れて相棒の顔をまじまじと見つめてしまった。
このバカ、一体どこでそんな言葉を仕入れてきたんだ?
言葉の意味、本当に分かって言っているのか?
「求婚ってお前……。その、えっと……しょ、正気か?」
色々と言葉を選ぼうとした結果、最終的にはひどい言いぐさになってしまった。
だんっ!
バカと言われ慣れているギルも、これにはさすがに立腹したようだ。
テーブルを力強く拳で叩くと、
「おいおい、何だよそれ! ハッパなんかキメちゃいねえし、酒も呑んでねえだろうがよ! 俺はな、あの娘をお嫁さんにするって言ってんだよ!」
「……お嫁さんって。お前なあ、よーく考えろよ? あの娘はどう見たって、真面目な堅気の娘だぜ? 俺たちみたいな、いつおっ死んじまうか分からねえような稼業の人間が……」
「釣り合わないって言いてえんだろ? そんぐらい、俺にだって分かるさ。だからよ、その、俺がお前に聞いてほしいってのはさあ……」
そこまで言いかけて、ギルが言葉を切った。
何ともバツが悪そうな表情をしている。
その態度と話の流れから、とても嫌な予感がした。
おいおい、まさかお前――。
やめとけ、それだけは絶対に口に出しちゃいけねえ一言だ。
「俺、この仕事が終わったら、足を洗おうと思うんだよね」
……ほらな、やっぱりだよ。
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