第27話 ぼふっ
それからどうなったかというと、すぐに追手の連中が茶店に走ってきて――赤毛の若い盗賊は、それに乗じてまんまと逃げおおせたようだ――あたしを詰問した。
濡れ衣もいいところだけど、盗品を投げ込んだ先によそ者がいたら、まあ普通は関与を疑うものだろう。
もっとも、あたしがあの盗賊とグルだったとしたら、呑気に饅頭なんて食べているわけないんだけど。
で、連中は口々に「どこに隠したんだ!」「おとなしく差し出せ!」なんて迫ってきた。
でも、そんなこと言われたってねえ。
喉にでもつっかかってたならともかく、もう既に胃袋に入っちゃってたわけだから、これはどうしようもない。
だけど「食べちゃった」とはなかなか言い出しにくくて、ただ「知らないわよ」の一点張りで通していた。
そうこうしている内に、宝珠の持ち主という長老がやってきた。
ヨボヨボの爺さんだったけど、目がやたら血走っていて、正直ちょっとおっかなかった。ありゃ、子供の頃見たことある麻薬中毒の奴と同じ目よ。
追手の連中が経緯を説明すると長老は、
「わしの家まで来てもらおうか」
なんてことを言い出した。
あの時の長老の声。あれはヤバかった。そこらのヤクザでもドン引きするようなドスの利いた声だったね。
うっかり「お腹の中にあるのよ」なんて言ったら、それこそあたしの腹を掻っ捌いて宝珠を取り出そうって勢いだったもの。
あまりの迫力にあたしを取り巻いていた連中も、さすがにビビってたぐらい。
で、あたしはこれが、最後のチャンスだと直感した。
ここを逃したら、長老宅まで連れていかれ、地下室にでも放り込まれて、あんなことやこんなことをされた挙句、最後は腹を引き裂かれたあたしの素っ裸の死体が荒野に放り出され、野犬の餌になってしまうだろうって。
だからあたしは、皆の注意が長老に向けられた一瞬の隙を突き、すかさずレイピアを抜いた。
動揺した追手どもに、切っ先を素早く突きつける。
包囲の輪が崩れたところで、あたしは真っ直ぐ駈け出した。
「待て! こら、お前ら、何をしておる、追わぬかっ!」
当然、待つわきゃないっての。
長老の怒号を背に、あたしは全力疾走でポザムの村から逃げ出した――。
「……と、いうわけよ」
「……はあ。でも、お話を聞く限りだと、やっぱり向こうからしたらお姉さまは盗賊の一味ってことになっちゃいますよね? 詳しい事情を全然説明しないで逃げちゃったんですから」
「まあ、そりゃあそうだけどさ。でも、あの時の長老の顔を見たら、とてもじゃないけど弁明なんてできないよ。拷問でも何でもやってやる、ってヤバい目つきだったんだから!」
「それで、あの二人が追手に差し向けられたってことですか?」
「でしょうね。ま、村の人たちは戦い慣れてるようには見えなかったし、村の仕事だって色々とあるでしょ? そうなったら、やっぱり誰かそういうのが得意な専門の奴らを雇うのが一番って話になるだろうし」
とりあえず、あたしがギルとラリーに追われる理由については納得してくれたようだが、
「でも……それだったら……そのう、その宝珠、手に入れることも……できますよね?」
言いながら、サンディが頬を朱に染める。
うん、そうね、年頃の女の子らしい反応だわ。
ちょっと考えれば誰でも分かる、人間の生理現象ってやつね。
「ええ、そうよね。食べた物はいずれ出てくるからね。宝珠だったら、まあ多分溶けたりはしないだろうから、そのまんまなんじゃないかなあ」
何とも品のない話だが、普通はそうなるって考えるよね。
「だけどそれがね、なかなか上手くいかないのよ」
「……お姉さま、その、ひょっとして……便秘、なんですか?」
いや、あたしのお腹の事情ではないのだ。
それだったら解決策はいくらでもあるし、だいたいあたしは、お通じはいい方である。
「出たくない、って言ってるのよ」
「え?」
「だからね、この宝珠の方が、あたしのお腹から『出たくない』って言い張ってるわけ」
真面目に答えたのだが、しばしの沈黙の後、
「お姉さま、あんまり冗談ばっかり言わないでください。怒りますよ? あ、それとも疲れているんですか?」
サンディばかりでなくニーナにまで、気の毒な人を見るような何とも言えない顔をされてしまった。
ま、そりゃそうだよね。
あたしだって、こんな話を聞いたら相手の正気を疑うもの。
仕方がないので、当の本人に事情を説明させることにしたのだった。
「……頭の中で……声が聞こえる!?」
サンディもニーナも、いまだかつてない体験に動揺を隠せていなかった。
ちなみにあたしはもう慣れっこ。
何しろあの村を出てからここに着くまで、このバカたれったら暇さえあれば話しかけてきたからだ。
町に着いてからは、鬱陶しいから黙れ、というあたしの命令に素直に従ってきたけれど。
最初はもちろんビビったけどね。
自分の頭がおかしくなったんじゃないかって、本気で心配したよ。
「うむ、その通りだ。吾輩は宝珠であるから、人間のように声を発することはできぬ。だが、吾輩は古代魔術の粋を結集した魔宝珠。視覚も聴覚も有しておるし、このように脳に直接語りかけることもできるのだ」
「見ることも……? え、でも、お姉さまのお腹の中にいるんでしょ?」
「ふふふ、魔道を甘くみてはいかぬよ、お嬢さん。さすがに千里眼とまではいかぬが、我が主の周囲に何が在り、何が起こっているかぐらいは、容易に視ることができるのだ」
「……はあ」
「うむ、であるからして、昨晩の我が主とお嬢さんの睦事もな、一部始終をとっぷりと拝見させてもらったぞ」
「……え? ……ええええええっ!?」
「吾輩も永き時を過ごし、様々な物事を見聞きしてきたが、あれは全く初めてのことだったな。実に素晴らしく、興味深い経験であった」
「やかましい! いらんこと言うな、このスケベ石!」
ぼふっ。
あたしは思わず自分の腹を叩いてしまった。
もちろん、それでこの宝珠が傷つくわけもなく、ただあたし自身が痛いだけなのだが。
あとどうでもいいが、主って呼び方はやめろ。
あたしにも相手を選ぶ権利ってものがある。
誰がお前なんか家来にするかっての。
「……で、その……お姉さまのお腹から、このシャドルマンドゥさんが、出たくないと」
「さん付けしなくていいよ、こんな疫病神。シャド公とかでいーから」
「何という無礼な物言いだ。まあよい、そのお嬢さんの言う通り、吾輩はここからしばらくは出たくないのだ。確かにあの長老は吾輩を信奉しておった。その点では、我が主とは比べ物にならんほどにな。居心地は悪くなかったが、同時に退屈でもあったのだ」
要するにこの宝珠は、あたしと一緒に旅をしたいということだったのだ。
だったら、その旨を長老に直接伝えてやればいい。
悪いけど、あんたの所は退屈だから出ていくよって。
そうも思ったが、あの長老がそれで納得してくれる可能性は極めて低いだろう。
「だからさ、本当はこいつを売り払ってニーナの借金返済に充ててやりたいところなんだけど……それもできないってわけなのよ」
シャド公によれば、こいつは今、あたしの胃袋の壁にピッタリ貼り付いているらしい。気持ち悪い話だ。
「そうしないと流されてしまうからな。吾輩には無論のこと手足は無いが、それを補うべく魔道の力で浮遊したり付着したりすることができるのだ」
「なーにを偉そうに。盗賊に投げられた時は何もできなかったくせに」
「……」
都合が悪くなったら、途端に黙りやがった。
まったく、魔宝珠だか何だか知らないけど、尊大な態度の割には子供と大差ないじゃないの。
ホント、自分勝手なんだから。
ともあれ、今のあたしは二つの問題を背負い込んでいるというわけだ。
一つはこのシャド公。
あたしの腹の中に居つくのはもう「勝手にしやがれ」って話だけど、こいつ目当てで追いかけてきたギルとラリーを、どうにかしなくてはいけない。
もう一つはニーナの借金。
あたしと直接の関係はないけれど、可愛いサンディの友達だし、父親の借金で腐れヤクザどもの餌食になるなんてのは許せない。
さてさて、どっちから片づけていこうかね?
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