第26話 ゴックン

「うむ、吾輩の名は『シャドルマンドゥ』だ」


 サンディとニーナは、あまりの衝撃に声も出ない様子で、薄気味悪そうに辺りをキョロキョロと見回している。

 うんうん、分かるよ、その気持ち。

 あたしも、この娘たちと全く同じ反応だったからね。

 そりゃあそうなるって、「頭の中で声が聴こえる」なんてさ。

 彼女たちの反応も一向にお構いなしに、疫病神の変な石ころ=通称シャド公は偉そうに語り続ける。

 

「古の偉大なる知識と魔術の結晶たる私に相応しい名であるな。ちなみに吾輩の名は、古代語で『真紅の叡智』という意味なのだ」


 いや、あんたの名前の由来とか意味なんて、あたしたちにはホント、クソどうでもいい話だから。


 ギルとラリーに遭遇した後、あたしたちはとりあえず店に戻ることにした。

 背後にはもちろん奴らの気配をビンビンに感じ取ってたけど――あいつらも隠す気が無かったね――どうこうできる状況じゃなかったしね。

 彼女たちを巻き込んで逃げるわけにもいかないし、かといってあたし一人が逃げたら、もうサンディとも会えなくなるだろう。

 それはちょっと、もったいないというか耐え難いことだった。


 帰り道、ずっと無言だったサンディだったけれど、


「お姉さま! 一体どういうことなんですか!?」


 店に入った途端、あたしを激しく問い詰めようと迫ってきた。

 もちろん、例のラリーの話が気になっているのだ。

 あたしが盗賊で、しかも人を殺すことを躊躇いもしない悪党だなんて聞いたら、動揺するのは当たり前の話よね。

 むしろあの場面で、動転した挙句に保安隊でも呼ばれたらどうしようもなかったところよ。

 だから彼女も、あたしがそんな奴じゃないとまだ信じてくれているのだろう。

 文字通り、半信半疑ってやつね。

 ま、つい昨日知り合ったばかりだからそうなるのも仕方のない話だ。


「落ち着いてよ、サンディ。とにかく、あたしの話を聞いて」


 あたしは努めて冷静に振る舞おうとしたのだが、


「あの人の話はどこまで本当なんですか!? お姉さまは本当に泥棒さんなんですか!? 宝珠を盗んで……それで、それで、今度はあたしのハートを盗んじゃったってことですか!?」


 何言ってるの、この娘は。


 あたしは彼女の頭を優しく撫でて――ああ、気持ちいいわ~、ずーっとこうしてたいわぁ――それから溜め息をついた。

 こりゃもう、論より証拠、全部まとめて話すしかないか。

 

 色々とあきらめたあたしは、どうにかして彼女をなだめると、ニーナが淹れてくれたお茶を飲みながら、今回のこのバカげた一件について語ることにした。


 ……はあ。

 あまりにバカバカしくて、本当は秘密にしておきたかったんだけどね。


 今から、だいたい一週間ほど前のこと。

 剣術修業の旅を続けていたあたしは、ポザムという小さな村で一人休息をとっていた。

 当初の予定では三日ほどここに滞在し、サバトールに向かうつもりだったのだ。

 で、村に到着したその日の午後。

 美味そうな匂いに惹きつけられて茶店に立ち寄り、そこで饅頭をパクパクと食べていた。

 腹ペコだったので、五つほど注文し――。


「……お姉さま、それはいくら何でも食べすぎですよ」


 放っといてちょうだい。

 あたしは育ち盛り――は、ちょっと過ぎたけど、剣術修行はお腹が空くのよ。

 ま、確かに同世代の女の子に比べたら、よく食べる方だと思うけど。

 これも、小さい頃ろくに飯も食べられなかった反動かしらね。


 で、茶店の娘と楽しくお喋りしながら、のんびり食事をしていたんだけど、急に辺りが騒々しくなってきたのよね。


「だ、誰ですか、その女の子って!? お姉さま、浮気はダメですぅ!」


 何でそこにツッコむのよ……。

 いや、だから、そういう関係じゃないって。

 確かに可愛くて明るい娘さんだったけどね、そんな片っ端から手を出したりなんてしないわよ。

 あたしのこと、野獣か何かと勘違いしてるのだろうか。

 そもそもサンディとはまだ知り合ってもいないんだから、浮気にはならないでしょ……って、まあ本題を進めようか。


 何事かと思ってぼんやり見てみたら、赤毛の若い男が数人の男に追いかけられている様子が目に入った。

 捕り物か、はたまた喧嘩か――。

 ともかく、ただならぬ気配を追手の側から感じたのは確かね。

 でもまあ、どっちにしろあたしには関係ないし、お腹がどうしようもなく空いていたので、無視して食事を続けることにした。


「……お姉さま、食いしん坊にも程がありますよ、それ」


 しょうがないでしょ、それだけ美味しかったってことよ。

 長旅で固い干し肉だの乾パンだのばかり口にしていた身には、あの柔らかくて熱々の饅頭がたまらなかったわけ。

 ま、そこでもうちょっと警戒していたら、こんな困ったことにもならなかったかも知れないけどね。

 人生、何が起きるか分からないものだよねえ。


 それで――。


「あらよっ!」


 という若い男の声と、追手のどよめきが聞こえてきた。

 何があったんだろ――ま、いっか。


「いや、そこは気にしましょうよ……」


「だってぇ……美味しかったんだもん」


「可愛く言ってもダメです。剣士としてダメダメな感じです」


「えぇー、でも安心して。サンディのおっぱいの方が美味しかったから」


「な、何真顔で言ってんですか! ちょっとニーナ、引かないで!」


 ま、そんなわけでやっぱり相手にせずに饅頭に没頭していたら、何かがあたしのいる茶店の方に向かって飛んできた。

 さすがに気になったあたしは、まだ饅頭が口に残ったまま顔を上げたわけ。

 え、お行儀が悪いって? はいはい、ゴメンなさいね。

 そのすっ飛んできた石ころは、あたしの頭上、茶店の屋根に命中して――。


「……それで、どうしたんですかお姉さま!?」


「あ、うん。落っこちてきてさ……。でね、あたしの口の中に入っちゃったのよ」


「へ? あっ……え、もしかして……」


「うん、そう。あんまりビックリしたもんだからさ、そのままゴックンって、饅頭と一緒に呑み込んじゃったのよね~」


 我ながら、何ともはや、冴えない話だった。


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