第23話 だんっ!
ああ、くそ、もういっそ死んじまいたい気分だぜ……。
ロイは立ち飲みの屋台で安い林檎酒に酔いながら、夕暮れの町をぼんやりと眺めていた。
もちろん、本当に死ぬつもりなどかけらもない。
ただ、このところ何一つ上手くいかない、最低の状態が続いている。
我が身の情けなさを嘆くあまり、死んだ方が楽なのじゃないかという気分になっていただけだった。
大仕事に挑めば失敗するし、気分転換にナンパをしたらヤクザ者に殴られ、挙句の果てはほんの出来心でやろうとした辻強盗で殺されかけた。
決して順風満帆とはいえない人生ではあるが、それにしてもここまで酷いことが立て続けになれば、自棄にもなろうというものだ。
――まあでも、生きてるってことはまだ運があるってことだよなあ。
先程まで隣で呑んでいた、赤ら顔の行商人のおっさんの話によれば、昨日の髭モジャデブ野郎は、何とこの町の元締に仕える筆頭幹部だったそうだ。
あぶねえ、あぶねえ。
もしあの女剣士が助けてくれなかったら、おっかねえ所に拉致されて命が無かったかもしれない。
あの姐さんには、今度会ったら礼の一つも言っておかねえとなぁ。
で、笑えるのがあのデブ、ロイがナンパした彼女にぞっこんだって話だ。
おいおいおっさん、てめえのツラを鏡で見てみろって。
絶対あの娘――サンディだっけ、彼女には不釣り合いだっての!
もっと愉快痛快な話が、あの後のことだ。
何とあの姐さんに、あっさり負けちまったって話じゃねえか。
強面のヤクザが、若くて美人の女剣士に公衆の面前で大恥をかかされたというわけだ。こんなにみっともない話はないだろう。
ああクソ、俺もあの時逃げなきゃよかったな。
ま、普通に考えたら姐さんが勝つなんて思わないもんな、仕方ない。
それにしても、あの青いピアスのおっかない男――あいつは一体何者だったんだろうな。
色々と事情通っぽい赤ら顔のおっさんにも、奴のことは尋ねなかった。
何というか、下手に触れると本気でやばいことになりそうだからな。
二度と関わらないよう、注意しとかねえと。
そうそう、もちろんデブ――ルイスか、あいつも同様だ。
ロイの結論は「さっさとこの町からオサラバするに限る」だった。
とにかく悪いこと続きであるし、それほど大きな町ではないからルイスやあのピアス男とまた出くわしてしまう可能性は高い。
逃げ足には自信があるが、見えない影にビクビクと怯えながら生きるのはまっぴら御免だ。
だが、問題は――。
金。
そう、金がねえんだよなあ。
もちろん、文無しというわけではない。
柔らかく煮込んだ牛の頬肉をツマミに、安酒を飲むぐらいの余裕はある。
宿だって、狭いが一応個室に泊まっている。
物乞いでもしなきゃ生きていけない、というわけではないのだ。
だが、町を離れて旅をするには準備というものが必要になる。
野伏や狩人じゃあるまいし、食い物は旅の途中でその都度調達、とはいかない。
それだけの金が――加えて言えば、どこかの町に着いたとして、そこで生活をやり繰りするだけの金が――足りないのだ。
スリか置き引きでもやるかって?
悪くはねえ。
いい塩梅に酔っぱらった奴の懐から財布をかすめ取ったり、置きっ放しの荷物をひょいと頂いたりな。
だけど、世の中そう簡単にはいかない。
この町にも、それ『専門』の奴らがいる。
例えばあいつ、二つ隣の屋台で呑んでる中年の小男。いかにも酔っぱらったみたいな顔をしているが、ありゃあ演技だ。
時々、道行く人間の様子をちらちらと窺っているからすぐに分かる。
ああやって、今夜の獲物を探しているってわけだな。
そこでこちらが一仕事してしまうと、厄介なことになる。
表の世界に法律があるように、裏の世界にも掟ってものがあるのだ。
その中でも、よそ者が勝手に仕事をするなんてのは、一番やっちゃいけないものと決められている。
スッた財布の中身を使う余裕もないまま、明日の朝を迎えることもなく殺されてしまうだろう。
ということで、どうにかして盗み以外で稼がなければいけないのだった。
――やれやれだぜ、全く。本当にツイてねえよなあ。
もう何度目か分からないが、同じことを心の中で愚痴った瞬間、
――ん? 待てよ?
ロイの心中で閃くものがあった。
今の俺、とことん運がねえよな。
だけどよ、さすがにこれから先もずっと不運が続くってことはねえんじゃねえか?
よく言うじゃねえか、「日が変わったら運が向いてきた」みたいなこと。
実際、昨日まではろくでもないことばかりだったが、今日は朝から特に何も起こっていない。
もしかしたら、昨日でこの不運も底を打ったってことじゃねえのかな?
そういえばまだ駆け出しの頃、元高利貸しだったっていう爺さんに聞いたことがある。ちょうどそう、こんな感じの屋台で呑んでいた時だ。
爺さんはこんなことを言っていたはずだ。
「普段から運にばかり頼っている奴は、絶対に成功しない」
と。確かにそうだな、まず実力をつけるとか、念入りに準備するとかしなきゃダメだぜ。何事も運任せってのはバカのすることだよな。
「だが、ここ一番という大きな仕事をする時には運も必要になる」
とも言ってたな。そうそう、どんなに力があっても、計画をしっかり練ってても、運悪く失敗するってのはあるもんなあ。
「だから、大きなことを成し遂げたければ、日頃は運を使わずに、いざという時のために『貯めて』おくものだ」
大まかだが、たぶんこんな感じのシメだった。
いや、もっと続きがあったかな? まあいいや。覚えてねえし。
爺さんの言葉を信じるなら、俺はもう結構運が「貯まって」いるんじゃねえだろうか。いや、貯まっていなくちゃおかしい。
あれだけ酷いこと続きだったんだから、ここらでバンと良い方向に向かっていってもいいんじゃねえかな?
と、なればだ――。
この運を最大限に活かして、一儲けするには――。
名案を思い付いたロイは、にんまりと笑みを浮かべて酒を一気にあおると、
だんっ!
力強くコップを置き、勘定を済ませた。
貯め込んだ運を使い、一晩で形勢を逆転させる――。
それならやっぱり『あれ』しかないだろう。
不安がないわけではないが、ここは一つ勇気を出して勝負するしかない。
大きく息をつくと、ロイは自信満々の顔で席を立った。
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