第19話 ぱーんっ!

「おいおいラリー、どこ行くんだい? もう聞き込みしなくていいのかよ?」


「もうその必要はねえだろうが、このマヌケ野郎」


 ラリーは、広場に立ち並ぶ屋台の一つにギルを引き込んだ。

 三人が座るベンチからは距離があるが、バッチリ視界には入っている位置だ。

 監視に最適のポジションとは言えないが、どうせあの女もこちらの素性は知っているのだから、気にすることはないだろう。

 さあ、どうするマナ?

 俺たちはしつこいぜ?

 銀貨五百枚、きっちりせしめるまであんたから離れないからな。


「ああ? 聞き捨てならねえな、一体誰がマヌケ野郎だってんだよ?」


「今この町に、お前さん以上に底抜けの大マヌケがいるのかい? いいか、どうせ気付いてないだろうから教えてやる。あの女が俺たちの探してた獲物だよ」


「……は!? あの女って……どのおっぱい?」


 って、おいおい勘弁してくれ、一から全部説明しなくちゃいけないのかよ……。

 ラリーはずきずきと痛む頭を抱え、心の中で何度も自分を励ました。

 ここで言い争いしている場合じゃない。

 相棒の残念な頭でも理解できるよう、ちゃんと教えてやるのだ。

 

「普通のおっぱいの女だよ! あの東方系の黒髪の女だ! さすがに気づけよ、ボケナス!」


「あーあー、あのお姉ちゃんか! え、でもあいつは確か……『リサ』だろ?」


「んなもん、偽名に決まってんだろうが! あのなあ、少しは頭ァ使って考えろよ。あいつは今、追われる身なんだぜ? 俺たちみたいな連中に本名を教えるわけねえだろが。違うか?」


 相棒がもしその立場だったら、間違いなく誰にでもひょいひょい本名を名乗っていることだろう。

 偽名を使うなんて発想自体、思い浮かばないに決まっている。

 仮に使ったとしても、あっという間にボロが出るはずだ。

 ――え? ああ、俺の名前は……えーっと、何だっけ? ――てな具合に。

 

 それにしてもラッキーだ。

 まさか町に着いたその日に、標的を探し出すことができるとは。

 あの女、長老や村の連中から聞き出したマナの特徴と完全に一致している。

 そう思ってカマをかけてみたのだが、三人それぞれの態度から、リサ=マナであることは疑う余地もなかった。

 上手く相棒を言いくるめられたと思ったかもしれないが、甘い甘い。

 あの程度の演技を見抜けないほど、俺はバカじゃないぜ。


「おお、そういうことかよ! なあんだ、狡賢い女だねえ~」


 ようやく納得してくれたようだ。

 いやはや、疲れるぜ、全く。


「でもよ、だったら何であの場で教えてくれないんだよ。っていうかさ、こんな所でぐずぐずしてないで、さっさとあいつをとっ捕まえちまおうぜ。それでもって、あの村まで連れてきゃ、がっぽり報酬も頂けるってわけだろ?」


 一難去ってまた一難、また説明をしてやらなくちゃならんのか。

 まったくもって骨が折れる話だが、この男を相棒に選んだのは自分なのだから仕方ない。

 ラリーは深々と溜め息をつくと、一語一語、丁寧に言い聞かせるように言葉を繋いだ。


「いいか、よく聞けよ。あいつは戴天踏地流の使い手で、間違いなく腕が立つ。そう簡単に捕まえられる相手じゃないんだ。俺たち二人がかりでも、下手すれば返り討ちにされちまうような凄腕なんだぞ?」


 一旦言葉を切り、相棒の反応を確かめる。

 ちゃんとラリーの眼を真っ直ぐに見つめていた。

 まるで母親の言いつけに耳を傾けるガキのような顔。

 通り過ぎる女のデカいおっぱいには関心が向いていないようだ――よしよし。


「もちろん、俺たちが『ちょっと村まで同行してくれよ』なんて言ったって、はい分かりましたそうします、なんて話にはならねえ。だったら最初から、俺たちが雇われるはずもねえんだからな。脅したってなだめたって、まあ無理に決まってら。それは分かるだろ?」


 ギルがコクコクと真顔で頷く。

 バカだが、素直なところがありがたい。

 もっとも、これでひねくれた性格だったら、とっくにコンビも解散していたわけだが。


「だからだな、やっぱりどうにかして力づくで捕まえるか、それが無理なら死んでもらうしかねえわけだが――あの村の長老は、死体でも構わんなんて物騒なこと言ってやがったからな――それにしたって、今、この場はヤバいんだよ、兄弟」


 時々、ラリーたちはお互いを『相棒』ではなく『兄弟』と呼び合う。

 それに大して深い意味があるわけではなく、ただ何となく、なのだが。


 ギルが腕を組み、首を傾げた。

 話がいまいち理解できてないらしい。


「なあ考えてみろよ、今は真っ昼間だぜ? しかも広場で、屋台がわんさかあって、人がうじゃうじゃいやがるんだ。こんな所で揉め事になってみろ、クソッタレの保安隊やら、さっきのルイスみたいなヤクザ者が、一体何事だって駆けつけてくるだろうが? そいつはヤバいだろ?」


 ようやく合点がいったようで、ギルが口を半開きにして数度頷いた。


「それにだなあ、こんな場所でお前さんが大剣をぶん回したり、俺がクロスボウを使ってみろ。あの女に当たるなら問題ねえが、外れて関係のない奴を怪我させたり、最悪殺しちまったりしたら、それこそ面倒な事になっちまうだろ?」


 堅気を巻き込むな、というのは仁義がどうたらとかいう意味じゃない。

 ただ単に、そうなると保安隊が本気になってしまうということだ。

 それが連中の唯一の仕事だからな、まあ当然の話さ。

 人相書が町に出回り、おちおち宿にも泊まれなくなる。

 そうなったら、マナを捕らえるどころじゃない。

 賞金稼ぎが賞金首だなんて、笑えない冗談だ。


 ギルが目をかっと開き、首をブンブンと振った。


「そいつはいけねえよ、兄弟。俺の故郷だぜ。ここに住んでるのは、みんな俺の家族みてえなもんなんだから。そりゃあダメだ。絶対にダメだ」


 やれやれ、本当にこいつは呆れるほど『いい奴』だな。

 予想通りの反応だ。

 この反応を期待して、あえてああいう言い方をしたわけだが。

 ま、この町の人間がお前さんのことを大切な家族とみなしているかどうかは、非常に疑わしいがね。


「だろ? だからさ、ここは夜になるまで待つとしようや。で、あの女が一人きりになったところを見計らって、ひっ捕らえるのさ。その方が断然いいだろ?」


 ギルは力強く頷いた。

 やれやれ、世話が焼けるぜ。


 ぱーんっ!


 ようやく全てを理解したギルが、大げさに両手を打ち鳴らした。

 いい年こいた大男が、ガキみたいに目をキラキラさせてやがる。


「いやあ、ラリー。前々から思ってたけど、あんたって冴えてるよな。クールだぜ、ホントによぉ」


 いや、お前がバカすぎるんだよ、兄弟。

 褒められて悪い気はしないが、相手がお前だとちょいと素直には喜べねえよ。


「……そっか、悪かったな、相棒」


 説明が終わり、改めてベンチに座るマナの監視を始めたところで、ギルが急に申し訳なさそうな顔で呟いた。

 普段は見せない殊勝な態度に、ラリーが訝しげな顔をすると、


「いや、俺がさ、うっかりあの三人に声をかけちまったから……しかもマヌケなことに、俺たちが追手だってこともベラベラ喋っちまっただろ? それさえなけりゃさあ……」


「いやいや、そんなに気にするなって。やっちまったことは仕方がねえだろ? そもそも気づいたのはあっちが先なんだから。あの抜け目のねえ女のことだ、俺たちが何者かなんて、きっと一目で見破ってただろうよ」


 相棒のポカを、ラリーはそれほど重大視していなかった。

 もちろん、不意討ちができればそれに越したことはないが、易々と成功するような相手でもない。

 俺の挑発にも耐えてたしな。

 剣の腕前だけじゃなく、頭も切れるクールな女なのは間違いない。

 さすがは銀貨五百枚、仕留めがいのある獲物だぜ。


「あんまりウジウジ考えるなよ、ギル。そういうのはお前さんには似合わねえぜ」


 ラリーが笑って相棒の腰を軽く殴ると、深刻そうな表情だったギルもようやくニッと笑みを浮かべた。

 実際、ラリーも普段から相棒にはさんざんバカだのアホだのと言っているが、そういう面もまた、相棒の魅力の一つとして捉えていたのだった。


 そう、少なくとも一緒にいて退屈はしないのだ、こいつは。

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