第15話 ふーっ
ルイスの今の心持ちを一言で表すなら、『不機嫌極まりない』だった。
それ以外に何もない。
とにかく腹が立つ。
彼のイライラは頂点に達していた。
昼前に目覚めた彼は、いつものように子分たちを従え、町を闊歩している。
腰には大ぶりな偃月刀を差し、いかにも堂々とした足取りだ。
道行く者は当然のように彼のために進路を譲り、恐縮しきった顔で挨拶の言葉をかけてくる。
それに対してルイスは、いちいち返事をしたりしない。
ただ黙って、胸をふんぞり返らせて悠揚に構えるのだ。
それが今までの、ルイスの日常だった。
町の闇を束ねるノロ、その筆頭幹部である彼の一日の始まりだったのだ。
それが今日は、勝手が違っていた。
いや、表面だけ見れば何も変わっていない。
いつもと同じ、いつもの光景だ。
だが、ルイスが通り過ぎた後、明らかにその背に向かって、
「へっ、よそ者の女にコテンパンにやられたくせに、偉そうにしやがって」
「手も足も出なかったらしいじゃねえか。ざまあみろ、いい気味だぜ」
「好いた娘っ子の前で恥かかされて、よくもまぁ町を堂々と歩けたもんだね」
大仰に頭を下げていた連中が、罵声と嘲笑を浴びせているように、ルイスは感じていた。
もちろん、誰一人そんなことを声に出してなどいない。
そんな命知らずがいるはずもなかった。
だが、確実に奴らの本心は伝わってくる。
顔にも言葉にも出さないが、間違いなく自分は見くびられているのだ。
もしかしたら気のせいかもしれないが、そう思わずにはいられなかった。
ひと暴れしてやりたい心境だったが、さすがに組織の筆頭幹部たる自分が軽々しい振る舞いなどできない。
それに、真っ昼間から堅気相手に悶着を起こすなど、侠客の恥だ。
――くそ、これも全部、あの女のせいだ。
見てやがれよ、今日の夕方にはきっちり落とし前をつけてやるからな。
今すぐにでも殴り込みに行きたいが、彼には仕事がある。
まずは町の巡回だ。
何か揉め事があったり、怪しいよそ者がいたら、保安隊よりも先にルイスたちが首を突っ込むようになっている。
そういった荒事を解決するために、ルイスたちはいるのだ。
――それなのに――まさか、女に負けちまうだなんて――。
あの女の得意げな顔を思い出し、また腸が煮えくり返ってきた。
頬がヒクヒクとうごめくのを、抑えることができない。
ふーっ
足を止め、深々と息を吐いた。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。
若い頃は本当に怖いもの知らずだった。殺すのも殺されるのも、保安隊に捕まって鉱山送りにされるのも、まるで恐れていなかった。
度胸と根性、それに腕力で、今の地位を築いてきたのだ。
それが一夜にして崩されてしまったわけだが、挽回する機会はある。
今度こそ、油断はしない。
あの女の剣は確かに速かったが、最初に抜かせて真向勝負にしてしまえばいい。
多少斬られても仕方がない。
お構いなしに突っ込んで、体当たりで吹っ飛ばしてしまおう。
サンディもいるから、ぶった斬ってしまうのはまずい。
腕力と体格に任せて打ち倒し、それから首筋に刃を突き付けてやるのだ。
で、こう言ってやるとしよう。
「調子に乗るなよ、お嬢ちゃん」
と。うん、ざまあみろってところだ。
やはりサンディがいるので、クソアマとか、あばずれ、などとは言わないほうがいいだろう。
あるいは「仔猫ちゃん」でもいいかもしれない。
あの女にとっては最大級の侮蔑になるだろう。
愉快な妄想をしている内に、ルイスは少し機嫌が戻ってきた。
だが、すぐに眉間にしわを寄せる。
視界に入った、いかにも流れ者といった風体の二人組。
見たことのない連中だが、どうせろくでもない輩だろう。
ちょうどいい、あの女と戦う前の肩慣らしになるな。
――ふん、チビの黒人と、もう一人のデカいのは――ん、あいつは?
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