第14話 ふっふふ~ん

「ところでよ、ラリー。あの爺さん、後金はいくら出すって言ったんだっけ?」


「お前は本当に何も覚えてないんだな、呆れたぜ。銀貨五百枚だよ、五百枚」


 ラリーが溜め息交じりに答えると、ギルは高く口笛を吹いた。


「おいおい凄えな、あの爺さん。たかが女一人連れてくるだけで、そんなに弾むとはね。そんな大金、見たことねーぜ?」

 

 目を輝かせながら楽しげに口笛を吹く相棒の脳天気さに、ラリーは頭を抱えたくなった。

 まるで、もうその銀貨五百枚を手中に収めたかのような口ぶりだ。

 そんなに世の中、甘くはない。

 ま、確かに目がくらむような額であることは間違いないが。

 しけた村の長老ごときが、よくぞそこまで貯めこんだものだ。

 

「それだけ、そのマナっていう女剣士がヤバい奴ってことさ。下手すりゃ、俺たち二人とも返り討ちってことになるぜ?」


 その村の茶屋娘の話を信じるならば、戴天踏地流剣術の師範代で、武者修行中の身の上ということだ。

 油断したら、目にもとまらぬレイピアさばきで穴だらけにされてしまうだろう。


「へへっ、ヤバくなったらスタコラ逃げりゃあいいじゃん。それにしてもよぉ、若い女のくせして、そんなに腕が立つなんてなぁ」


「いや、女だからって甘くみると、あっという間にあの世逝きだぜ? ほれ、前に帝都の酒場でさ、えらくごつい女傭兵がいたじゃねえの。ああいう奴だっているんだしな」


 あの女傭兵は凄かった。ギルに匹敵するほどの体格で、胸のふくらみが無かったら誰もが男だと錯覚していただろう。


「ん? ああー、いたねえ、おっぱいのバカでかいお姉ちゃんな」


「そうそう。あの時はお前が、よりによって『デカパイちゃん』なんて大声で呼びやがってよ。あの女傭兵が顔真っ赤にして怒り出して、大喧嘩になっちまっただろ?」


 酒場で呑んだくれていた荒くれどもを巻き込み、挙句の果ては保安隊まで出動するほどの大騒ぎに発展したのは全てギルの軽はずみな一言が原因だった。

 本格的にヤバくなる前に、ラリーの先導で逃げられたので事なきを得たのだが。


「だってしょうがねえじゃん? 実際、あいつの胸はデカかったわけだし。褒め言葉だろ?」


「バカが。おかげで俺まで巻き込まれたんだぜ? いらん揉め事は勘弁してくれよな」


「もういいじゃねえか、んな昔の話。でよ、そのマナってのも、おっぱいデカいのかい?」


「知らねえよ! ったく、お前は女のおっぱい以外に興味ねえのか!?」

 

 こんな感じでバカ話をしながら、二人はエカトールの中心街を目指していた。

 すでに陽は昇りきっている。

 南方出身のラリーは寒さが苦手だったが、今日はこれまでに比べるとだいぶ過ごしやすい気候だ。

 それに何より、つい昨日まで荒野をトボトボと歩き続けてきた身としては、風雪を遮る物があるだけでもありがたい。


 予定では、町に着くにはもう二、三日かかるはずだった。

 それが今こうしていられるのは、ラリーの好判断に拠るところが大きい。


 あの分かれ道で標的らしき女の足跡を発見してから、ラリーとギルは夜を徹して歩き続けた。

 相棒は例によって終始文句の言い通しだったが、ラリーはそれを黙殺し、追跡を敢行した。

 その結果――夜が明ける頃、二人は街道沿いに停まっている荷馬車に追いつくことができたのだ。

 持ち主はエカトールを目指す若い行商人で、野営をしていたところだった。

 ラリーは彼と交渉し、銀貨十枚で同乗させてもらうことにした。

 運んでもらう距離を考えたら多少高くついてしまったが、荷駄と一緒にぐっすりと眠らせてもらったのでよしとしよう。

 何より、これで標的との距離を縮められたことが大きい。


 そういうわけで、たっぷり休息をとっている内に目的地に到着した二人は、早速エカトールで情報収集を行うことにした。

 相棒はこの町の出身だが、何しろ戻るのはかれこれ八年ぶりということもあって、


「ああ、何か全然変わっちまったなあ~。大通りとかは前と同じだけどよ、知ってる顔が見当たらねえぜ?」

 

 といった具合で、あまり頼りになりそうもない。

 無理もない、八年もすれば町の区画はそのままでも、人は変わるものだ。

 とりあえず今は、こういった場合の定石として歓楽街に入ろうというところだった。

 それほど大きな町ではないから、帝都や他の大都市に比べたら随分と刺激は乏しいだろう。

 だが、流れ着いたよそ者の噂話を聞き出すには、かえってこのぐらいの規模の町の方が好都合だ。

 特に東方系の女剣士ともなれば、目立つに決まっている。

 もっとも、その点でいえばラリーたちも同様だが。

 

「いや~、それにしてもホントに変わったよ。昔つるんでた連中とか、今頃どうしてっかな~?」


 仲間というと、やはり同程度の頭の中身なのだろうか。

 だとすれば、無事に生きているかどうかすら怪しいところだ。


 は~は、ふっふふ~ん……。


 ギルは故郷に戻ってすっかり上機嫌の様子で、鼻歌を始めた。

 緊張感の欠片もない。

 おいおい、俺たちが探すのは女剣士だからな? お前のダチじゃねえからな?

 釘を刺したくなったが、あえて口には出さなかった。

 どうせ言ったところで、三歩も歩きゃ忘れちまうんだから。


「ラリー、腹減っちまったよ。何か美味そうな店ねえ?」


「知らねえよ、つーかお前の故郷だろーが。名物とかねえのかよ」


「……女の子が可愛い」


「食いもんの話してんだろうがっ! あとさっきから気になってたんだがよ、すれ違う姉ちゃんたちをジロジロ見るのやめろや、みっともねえから!」


 頭のてっぺんから爪先まで、それこそ舐めるような視線を這わせている。

 今にもよだれを垂らしそうな、だらしない顔だ。


「いやぁ、最近ご無沙汰だからよ。姉ちゃんたちのチェックをしてたってわけ」


「チェック? 何だそりゃ」


「うん、顔とおっぱいと、それからケツを見てさ、『あ、このお姉ちゃんならヤレる』『んー、ちょっと厳しいかな、でもヤレる』『いやいや無理無理、あ、でも目つぶればヤレる』って、心の中でつぶやいてたんだよ」


「ホントに最低だな、お前は! つーか、結局全員ヤレるんじゃねえかよ!? 野良犬かお前は」


 そんな調子で与太話をしていた二人であったが、前から剣呑な表情の巨漢がこちらに向かって歩いてくるのが目に入り、ピタリと足を止めた。


 あん? 何だ、あの髭もじゃデブ。随分と機嫌が悪そうだな。

 女にでもフラれたのかね。

 それとも、腹でも減ってやがるのか?

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