第13話 ぐるるるる
「……うーん、そりゃ困ったね。じゃあ、あいつにその借用書を出させてさ、隙をみて奪い取って、ムシャムシャ食べちゃうってのはどう?」
「おねえさま、ふざけないで真面目に考えてください。いくらお腹が空いてるからって!」
あたしの提案は、ふくれっ面のサンディに一蹴されてしまった。
いや、突飛もない発想だからこそ相手の意表をつける、というのは兵法に適っているし、借用書以外に証明する物なんてないのだから、成功すれば万々歳な気もするのだけれど。
まあしかし、あのヤンという男から借用書を奪うってのは至難の業か。
何しろ高利貸しにとっちゃ飯の種、いや、命に等しいものだからね。
それにヤンは、どう見たって強敵だ。
裏をかこうにも、それ相応の準備って奴が必要だろう。
それも、半端な手段じゃ無理ね。
真っ向から斬り合えば――いや、それも楽勝とは言えないかな。
あれ、間違いなく相当な数の人間を殺してるから。
師母様に拾われる前の私、帝都の暗黒街で幼少期を過ごしたあたしは、あの手の輩をいやってほど見てきたけれど――ありゃ、ヤバいわ。
殺し合いとなると、武技や身体能力以上に経験がものをいう。
そういう意味では最強の部類だね。
そこらのチンピラ程度なら、一睨みで屈服させることも可能なんじゃないかな。
頭も切れて腕もたつ、おまけに後ろ盾もしっかりしてる高利貸し、か。
ああやだやだ、当たり前だけど関わり合いにはなりたくないね。
ニーナの窮状を救うには対峙せざるを得ないわけだけど。
サンディと友達のニーナが経営する『月光』は、小さいながら清潔で落ち着いた印象の店構えをしていた。
いかにも、年頃の女の子が出入りしそうな雰囲気のお店ね。
来る日も来る日も剣術修業に明け暮れていたあたしも、こういうお店は嫌いじゃない。
あれから店に入ったあたしたちは、自己紹介もそこそこにニーナの悩み相談に乗ることになった。
彼女から言い出したわけではない。
血の気が失せたその表情からは、厄介な悩みを抱えているのが一目瞭然だった。
で、最初はサンディの問いにも「何でもない」と頑なに拒んでいたニーナであったけれど、
「私たちは友達でしょ! どうして話してくれないの!?」
というサンディの一喝で、ついに堪えきれなかったのか涙をボロボロと零し、亡き父の残した借金のこと、その期限が迫っていることを告白したのだった。
で、今こうして三人でこれからの事について頭を悩ませてるってわけ。
それにしても、銀貨五百枚とはねえ。
話によれば、一週間で三割という暴利らしい。
もし百枚借りたとして、ええっと、一週間後には銀貨百三十枚、次の週には百……七十枚くらい? で、次の週には……ああ、うん、よく分からないわ。算術は苦手なのよね。
ともあれ、奴が――あのヤンという高利貸しが五百枚というからには五百枚なのだ。
借用書があり、そこにニーナの父親の署名がある限り、それは覆しようがない。
そしてもちろん、文無しに近いあたしがどうこうできるような額ではなかった。
賭場で一発逆転、なんてのは自殺行為だ。
それこそ、あたしまで返すあてのない借金を背負い込む羽目になってしまう。
サンディの友達だし、何とかしてあげたいのは山々なんだけどね。
あたしは泣き崩れるニーナと、彼女の肩を抱いて懸命に元気づけようとするサンディの前で、空腹を抱えながら解決策に思案を巡らせていた。
銀貨五百枚、か。
あたしは相場がよく分からないけれど、高価な宝珠でも売れば、それぐらいの額にはなるのかな?
ぐるるるる。
こんなタイミングで腹が鳴る。
サンディの言葉通り、あたしはえらくお腹が空いていた。
ま、ちょっと前まで彼女とあんなことやこんなことに励んでいたんだから、しょうがないよね。
あたしは、グルグルと鳴る自分の腹をじっと見つめてみた。
こいつをどうにかすれば――そう、「こいつ」で稼ぐことができれば――。
うーん、でも、ちょっと、それはなあ……。
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