第9話 やっちゃった!
目映い光が、一糸まとわぬ姿のあたしを包んでいた。
どこか懐かしいような温かい感触と、心が自ずと落ち着くような静かな旋律。
あまりにも現実離れした光景に、あたしはすぐに、これが夢だと悟った。
じゃなきゃ、死んでいるんだよ、あたし。
天に召されちゃいました、ってことだね。
でもこんなに心地よいなら、別に夢でも天国でもどっちでもいいかなー、なんてね。
そんな気持ちになりだした途端、あたしは現実に引き戻された。
頭痛。目が覚めた瞬間、最初に感じたのはそれだった。
頭全体が、割れるように痛い。
目を開ける。まだ夜明けには少し遠いのか、辺りは薄暗かった。
ひどい頭痛のせいで、記憶が混乱している。
徐々に目が慣れてきた。
見覚えのない天井。
ああ、そうそう、もう野宿じゃなかったんだっけ。
エカ何とか? サバ何とか?
確か、そんな感じの名前の町じゃなかったっけ。
まぁいっか、あとで誰かに聞いてみればいいし。
で、うーん、そう。色々あった、色々。
その色々が、いまいちはっきりと思い出せないけれど。
とりあえずは、水でも一杯飲んで落ち着こう。
そう思って身を起こそうとした瞬間、くしゃみが出た。
寒い。そっか、そういえば今は冬だったっけ。
あんまり布団の中がぬくぬくとしていたので、忘れるところだったよ。
昨日までの極寒地獄とはえらい違い、まさに天国って感じだねえ。
ここであたしは初めて、自分が素っ裸だという事実を知った。
ああ、そりゃあ、寒いわけだよねえ。
あれ、でもあたし、下着だけはつけて寝るはずなんだけど……。
あ、え、ちょっと、ちょっと!?
……この、あたしの太ももに伝わる温かい感触は……なに?
ひどい頭痛と記憶の混濁で動揺していたあたしは、隣で寝ている白い裸体に気づき、目を凝らした。
彼女は綺麗な背中をあたしに向け、静かな寝息を立てている。
ええっと、ああーん、これはもしや……。
あたしがガサガサ動いたのが聞こえたのか、彼女が不意にこちらに向き直った。
小ぶりだけど形の良い乳房に、美しい金髪。
窓の隙間から差す微かな光が、整った顔立ちを映す。
「……サンディ?」
あたしは彼女の名前を思い出した。
そう、断片的な記憶であるが――昨夜、このベッドの中で何度も情熱的に呼んだような気がする、彼女の名を。
「……マナ……おねえ、さま?」
頬を真っ赤に染め、躊躇いがちにあたしを見つめるサンディ。
――う、うん、これはもう、疑う余地もないよね。
そう、あたしは彼女と『やっちゃった』のであった。
ああ、師母様、申し訳ありません。
あろうことか、剣術修業の旅の途上でこんなことをしてしまうなんて。
いや、でもあれですよ、何というかですね、お酒の勢いとその……ええ、その、寒かったんですよ!
そう、寒くて人肌恋しくてって、そういう時って誰でもありますよね!?
それに彼女って可愛くて、小さくて温かくて、ぶっちゃけた話、もろに私の好みのタイプで、で、で、で……。
遥か天上から私を睨みつける師母様(いや、まだご存命だけれども)に、冷や汗ダラダラ垂らしながら言い訳を並べてみるが、そんなことをしてももちろん意味なんかない。
それに、開祖の剣聖天女様も生涯結婚せず、大勢の女弟子たちに囲まれていたと聞いたことがある。
要するに、男には一切興味がなかったのだとか。俗説だけどね。
開祖様と比べるのは畏れ多いことであるけれど、あたしが彼女に手を付けたのも、ある意味仕方ないというかなんというか……あ、師母様、嘘です冗談です世迷言です、だからお願いです、それだけは、それだけはやめてえっ!
――などと、あれこれ悩むのはすぐにやめた。
「ま、やっちゃったものは仕方ないわね」という師母様の口癖を思い出し、これからのことに頭を使うことにする。
だけど一応、今の状況を把握するために昨晩の記憶の整理をしておくことにしよう。
まずあの後、あたしと彼女は連れ立って公衆浴場に行った。
熱帯の大陸南部では水浴びが主流だが、北部はもっぱら熱い湯に浸かるか、あるいは蒸し風呂に入るのが習慣となっている。
あたしはどっちも好きなんだけれど、やっぱり身体の芯まで冷えるようなこの季節は、熱い湯に肩までどっぷり入るのが気持ちいいよね。
で、あたしたちはそこで互いの背中を流しあったりして……あ、うん、もちろん彼女の身体は素晴らしかった。
白い肌はつやつやしていたし、無駄のない綺麗な曲線で描かれたラインも、文句のつけようがなかった。
その辺のことは、あたしもしっかり覚えている。
それからあたしとサンディは、彼女の部屋に行って――そういえば、もうその時に二人は、べったり肩を寄せ合って歩いていたね。
傍から見れば仲の良い姉妹のように見えたかもしれない。
あたしは東方系で、彼女は北方系だけどさ。
でもってその後、部屋で呑み直そうということになって……ああ、まあそこから先はご想像にお任せしますというか、いちいち語るのも野暮な話だ。
正直に言えば、あまり覚えてないわけだけど。
もっとも、彼女の首筋や胸に残されたキスマークの数を見る限りでは、昨夜のあたしは随分と頑張っちゃったらしい。
あたしは一つ溜め息をつくと、彼女にすっと顔を近づけた。
うーん、やっぱりかわいいなあ。
おでこに軽く、それから頬、最後に唇にキスをする。
うっとりした顔でそれを受け入れる彼女を見ている内に、あたしの気持ちが急速に盛り上がってきた。
「昨日の続き……しよっか?」
答えは確かめるまでもなかった。
こうしてあたしは、何もかも忘れて、彼女との秘め事に没頭することにした。
だってさ、こんなに可愛い彼女と過ごした夜を、半分も覚えてないなんて、もったいないじゃないの?
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