第7話 ぶはっ!

「いやいや、あたしなんて全然大したことないって。そりゃもう、師母様に比べたらまるっきり子供扱いっていうか……。片手で軽くひねられちゃうからね!」


 あたしは、鶏肉の揚げ物をワインで喉に流し込むと、彼女――サンディ相手に師母様がいかに強いかを語った。

 誇張でも何でもなく、師母様の強さは尋常じゃない。

 結構な年齢のはずだけど――何歳かって? おいおい、あたしだって命は惜しいのよ、訊けるわけないじゃないの――剣技はもちろん、体術でもあたしなんかじゃまるで歯が立たないのだ。


「でも、マナさんも凄いですよ! ルイスのあんな顔、今まで見たことなかったですから!」


「ああ、そうなの? でもあの程度、物の数に入らないわよ。ただ力が強くて顔が怖いってだけじゃないの」


 実際、今までの旅の途中、色々な剣士と道場で立ち合ってきたし、今日のようにチンピラ相手に剣を振るう機会も一度や二度じゃなかった。

 ルイスはその中では中の下、といったところかな。

 もっともヤクザ者であるから、真剣勝負、本当に命の奪い合いとなったら強さを何割か増しで考えなきゃいけないけどね。

 殺し合いは、度胸と場慣れがものをいうからね。


 あたしはあの一件の後、サンディお薦めの店で夕食をとることになった。

 もちろん、彼女の奢りだ。

 だって文無しだもん、しょうがないよね。

 久しぶりに口にする、まともな食事と酒。

 寒さに震えることもなく、可愛い女の子と談笑できる。

 うん、最高だね。

 で、彼女としばらくお喋りしていく中で、いくつかあたしが誤解していた点に気づくことができた。


 まず、サンディはお金持ちのご令嬢などではなかった。

 三年前に両親を流行り病で亡くし、それからは幼馴染の娘と一緒にアクセサリーを売って生計を立てているそうだ。

 その娘もつい一ヶ月ほど前に父を亡くし、今は一人暮らしだという。

 手先が器用なサンディが、アクセサリーを作っているらしい。

 なるほど、道理で着ている服も装飾品もセンスが良いわけね。


 あと、あたしが当てにしていた戴天踏地流の道場だけど、この町には残念ながら一つもないらしい。

 むしろ刀術の方が盛んだそうで、逆に剣術の道場はサバトールが有名だとか。

 ああ、あの時の標識さえ正しければねえ……。

 ま、今さらどうにもならないけれど。


 それよりも問題なのは、あのルイスというヤクザ者のことだった。

 子分も連れていないし、いかにも下っ端っぽい感じだったので完全に見くびっていたが、あれでもこの町の裏を統べる元締の幹部だそうだ。

 しかも、その筆頭だというから恐れ入る。

 そんな奴が何でまた彼女に、と訊いてみたところ、


「その……もう、一年ぐらい前から……私に交際を申し込んできてるんです……」


「交際?」


「ええ。花束とか、指輪とか、手紙とかを何度も何度も贈ってきて……私は全部断っているんですけれど。でも、全然あきらめてくれないんですよ!」


 ぶはっ!


 あたしは失礼ながら、あの男が頬を赤らめながらサンディに必死にアプローチしている姿を想像して、口に含んだワインを吹き出しそうになってしまった。

 ああ、そっか、だから子分を連れてなかったってわけだ。

 そんな情けない姿、とてもじゃないけど見せられないものね。


 だが、ルイスもさすがはヤクザ者だ。

 サンディほど可愛い子なら、それこそ男どもは放っておかなかったわけだろうが、そいつらを奴は片っ端からぶちのめしてきたらしい――さっきの赤毛の兄さんのように。

 で、結局そうすればそうするほど、


「私、何でもかんでも暴力で解決するような、そんな野蛮な人は嫌いです!」


 というサンディに、ますます嫌われてしまっているというわけだ。

 本当に彼女が好きなら、足を洗って真面目に働けばいいのにね。

 ま、だからって奴の望みが叶うかどうかは別問題なわけだけど。


 何はともあれ、あたしはこの町に来て早々、裏の実力者に恥をかかせてしまったことになる。

 これは非常にまずい話だ。

 一対一で立ち合って負ける気はしないが、集団が相手ではさすがに分が悪い。

 それに、サンディにも迷惑をかけてしまうだろう。

 加えて、あたしを追ってきている連中も気にかけなければならない。

 村の人間なら恐れることもなさそうだが、流れ者を雇ったりされたら厄介なことになる。

 ああ全く、一難去ってまた一難、か。

 やれやれ、退屈だけはしないね、あたしの人生。


 満腹になったあたしは、もう何杯めか分からないワインをぐいと飲み干した。


 ぷはーっ。


 うん、悩み事は尽きないけれど、だからってそればかり考えていても憂鬱になるだけだよね。

 せっかくだから、今この瞬間のささやかな幸せを存分に楽しむことにしよう。


「ねえ、マナさん」


「なあに?」


「この近くに公衆浴場があるんですけれど……。今から一緒に行きません?」


 無論あたしは、その最高の提案に一も二もなく飛びついた。

 旅の垢を落とし、熱い湯に浸かって疲れを癒す。

 宿はサンディの借りている部屋に泊まる約束になっていたから、今から探す必要もない。

 うんうん、これは楽しい夜になりそうね。

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