第3話 初めてのお出かけと、しょっぱい紅茶と。
瑠璃の名字は木野宮ではない。
彼女は優貴の姉でも母でもない。かといって、厳密に赤の他人というわけでもない。血縁関係のない親戚同士――姻戚関係というものだった。
姻戚にも遠い近いがあるけれど、それで言っても、瑠璃は優貴やその父親から見て遠縁になる。実際のところ、赤の他人と言ってしまっても差し支えないほどだ。
そんな彼女が木野宮家で暮らしているのは、彼女が家政婦だからだ。といっても、どこかの家政婦派遣サービスに属していたりするわけではない。古い言い方をすれば、遠縁の姻戚筋という細い縁を伝って木野宮家へと奉公に出されたのである。
瑠璃が木野宮家に送られてきたのは、優貴が小学二年生になって間もなくの頃だった。そのときの瑠璃はまだ高校卒業したばかりの十代後半だったけれど、それから今日までの九年間、木野宮家の家事家計をほとんど一人で切り盛りしてきた。
母親に問題があり、父親も仕事一辺倒だった優貴にとって、瑠璃の存在がどれほどの大きさを占めているのかは容易に想像できよう。そう考えれば、名作映画に偽装して隠していた大人なDVDの内容がメイドものだったとしても、むしろ自然なことだと言えよう。ああ、言えよう。
しかし、だからと言って、何がどうなるわけでもない。
「おれがメイドものを好きになったのは、かくのごとく自然な流れなのです」
と、瑠璃に言い訳して納得してもらってたところで意味がない。そもそも、瑠璃には知られたくないことだったのだから、知られた時点で終わっているのだ。
「なあ、雪花さん。ひとの記憶を数分間分だけ消してしまえる魔術って、あったりしない?」
優貴は昨夜、瑠璃に知られてしまった日の夜に、一縷の望みを懸けて雪花にそう尋ねてみた。
「記憶を消すことはできるが、それをやると頭の中身を一切合切、消すことになるぞ」
返ってきたのは残念すぎる答えだった。
――とまあ、趣味を知られてしまった事実をどうにかなかったことにできないだろうかと思い悩んでいる優貴とは裏腹に、瑠璃のほうはあれから一切、その件に触れてきていない。例のビデオを友達に返したのかどうかも聞いてこない。まるで、雪花の手を借りるまでもなく、あのときの記憶が瑠璃の頭からすっぽり抜け落ちたかのようだ。
確認したい――優貴は切にそう思っているのだけど、
「昨日のことを忘れてくれてたりしますか?」
などと、藪に蛇を放つようなことを言う度胸はなかった。
他の三人が寛いだ気分で食べているなか、優貴だけが終始、緊張しっぱなしだった朝食が終わると、優貴はいつもより早く家を出て、学校に向かった。
慌ただしく出ていった優貴のことを、雪花と紫水は食後の紅茶を薫らせながら不思議がる。
「朝から忙しないやつじゃのぉ」
「まったくです。あっ、姫様、お砂糖をお使いになりますか?」
「うむ、いただこう。この紅茶というもの、よい香りではあるが、そのままではちと苦いからのぅ」
「まったくです」
「優貴も飲んでから行けばいいのにな」
「まったくです」
紫水の返事が微妙にお座なりなのは、ティーカップを持つのとは反対の手に新聞を持っているからだ。新聞に目を落としながら、食卓のテレビでやっている朝の情報番組にもちらちらと目をやっている。
「……わらわは、辛いものも苦いものも食べられないお子様か?」
「まったくで……あっ」
ぱっと口に手を当てた紫水の手から、新聞がばさりと落ちる。雪花は、目を半分閉じた胡乱げな顔だ。
「紫水よ、聞いてなかったな?」
「い、いえ……そのようなことは……」
「ほぉ、そのうえに嘘を重ねるか?」
「ううっ……すいません。聞いていませんでした……」
がっくりと項垂れるようにして謝った紫水に、雪花は怒らせていた肩を下ろす。
「最初から素直にそう言えばいいのじゃ」
雪花はそう言いながら紅茶をずずっと啜って、満足げに頬を緩ませた。それから、紅茶に砂糖を継ぎ足しながら、ぽつりと呟く。
「それにしても……ガッコウというのは、大急ぎで行きたくなるほど楽しいところなのかのぉ……」
「姫様? 姫様も勉強なさりたいのですか?」
紫水が耳をぴょんと立てるほど驚くと、雪花も大きな尻尾で椅子の背を叩いて腹立ちを露わにする。
「わらわがかつて、勉強を嫌がったことがあるか?」
「いえ、ないです」
「そうじゃろ、そうじゃろ。勉学も姫たる者の責務だからな。というか、学問と魔術についてなら、おまえよりわらわのほうが詳しいからな!」
「はい、ごもっともでした」
平身低頭の紫水だった。
その態度に満足したのか、はたまた不毛な会話に飽きたのか、雪花がまたぽつりと呟く。
「しかし、ガッコウか……大勢で共に学ぶというのは、楽しいのだろうな」
「姫様……」
紫水は労しげに眉根を下げる。雪花が羨ましそうに睫を伏せているのは、雪花は家庭教師たちから一対一で教えられてきた経験しかないからだ。
そもそも、彼女たちの世界に学校という概念はない。学問とは、各家庭が銘々に教師を雇って子供に教授させるものであり、義務や権利ではなく、有産階級の子供にだけ許された特権というべきものだった。数戸の家庭で共同して教師を雇うという場合もあったけれど、それでも一人の教師が教える生徒の数は五人以下というのが相場だ。現代日本の学校みたいに、何十人何百人と集まって教育を施されるというシステムは、雪花と紫水にとって衝撃的なものだった。まさにカルチャーショックというものだった。
「……行ってみましょうか」
ふいに紫水が言った。雪花が訝しげな顔で見やると、紫水は少し早口で先を続ける。
「わたしと姫様で、これから学校に行ってみるのです。この近辺の地図なら見つけておりますから、それを見ながら行けば道に迷うこともないでしょう。優貴が歩いていける距離なのですから、問題ありません」
「ふむ……」
雪花は頷きかけたが、あることをはっと思い出して頭を振る。
「いやいや、やはり危険じゃ。優貴が言っていたではないか、わらわたちの耳と尻尾は、こちらの世界では目立ちすぎると」
「あ……」
紫水は反射的に、猫そっくりな自分の耳に手を添えた。長い尻尾はくるっとまわって、ベルトのように腰へ巻きつく。
「確かに、そうですね。尻尾はまだ誤魔化せると思いますが、耳は難しいですね。ずっと両手で押さえているのも不自然でしょうし……」
紫水は困り顔で、耳をへこっと項垂れさせた。だが雪花は、しれっと肩をすくめる。
「まっ、わらわの場合は幻術でどうとでもなるがの」
言うが早いか、雪花の耳と尻尾はぽんっと効果音がしそうな感じで煙を吐くや、金色のふんわりした大きなリボンに変化した。
「どうじゃ、紫水?」
椅子から降りて、その場でくるっとまわってみせる雪花。前後左右どこから見ても、頭と腰に大きなリボン飾りをつけた人間の女の子だ。
「おおっ、さすがは姫様。じつに見事な術でございます!」
胸の前で手を合わせて感激する紫水に、雪花も満更でもない顔だ。
「わらわは狐種のなかでも秀でたる柊の姫じゃからな。このくらいの幻術、わけないわ。ふふんっ」
「さすがです、姫様。これなら、姫様お一人でなら、問題なく学校に行けそうですねっ」
紫水がそう言った途端に、得意げだった雪花の顔が弱気に曇っていく。
「……わらわ一人で?」
「ええ。残念ながら、わたしは何か方法を考えないかぎり、外出できそうにありませんから」
「い、いやいや、待て。おまえは、わらわのなんじゃ?」
「は? わたしは姫様の騎士ですが、それが何か?」
「だったら、わらわを一人で外出させたりしては駄目ではないか!」
なにやら焦っているような様子の雪花を訝りつつも、紫水は申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「それはそうなのですが、わたしのせいで姫様まで閉じ籠もらせてしまうわけには参りませんし……」
「いやいやいや、参る参らないの話ではないじゃろ。そこは、わらわに我慢を強いても、一人で出歩かせるわけには参りません、と引き留めるところじゃろ!?」
「あれ、引き留めてもいいんですか?」
「当たり前じゃ――」
雪花は声を荒げたものの、紫水の尻尾が笑いを堪えるようにリズムよく揺らめいているのに気がついて、口を大きく開けたまま動きを止めた。
「おい、紫水よ……ひょっとして冗談のつもりだったのか?」
「はい。すいません、姫様……ふふっ」
「……馬鹿者め」
頬をぷくっと膨らませて立腹する雪花に、紫水は笑いを噛み殺しながら、さらにもう何度か謝るのだった。
雪花と紫水の談笑が一区切りついたところで、先に食べ終えて台所の片付けを進めていた瑠璃がやってきた。
「お二人とも、食事はもう済みましたか?」
瑠璃は二人に話しかけながら、固く絞った台拭きで食卓を手早く拭くと、空になった紅茶のポットを持ち上げる。
「ああ、はい。ご馳走になりました。初めて食べたものばかりでしたが、どれも美味しかったです」
紫水の言葉に、瑠璃は目の端と口元だけで微笑む。
「お口にあったようで何よりです」
「あっ、片付けるのでしたら、わたしも手伝います」
紫水は空になった二人分のカップと受け皿を両手で持って立ち上がる。瑠璃は無駄な押し問答をすることなく、その申し出を受け入れた。
「では、お願いします」
「お任せを」
台所へと歩いていく二人を見送っていた雪花は、少し迷ってから、リボンに見せかけているままの尻尾をふわふわ揺らして追いかけた。
「おい、わらわも手伝うぞ。わらわだけやることがないのは暇なのじゃ、何かやらせるのじゃーっ」
しかし、台所は三人で立つには、台所は少々手狭だったし、そのうえ、雪花の身長では流し台まで手が届かなかった。
自分が役に立てないことを自覚して憮然とする雪花に、
「手伝ってほしいことは、洗いものの他にも山ほどありますよ」
そう言って、次々と仕事を与えていった。小型のモップを持たせて掃除を手伝わせたり、一緒に洗濯物を干したり、庭の鉢植えや草花に水撒きをしてもらったり――家事なんてしたことのない雪花でもできることは、いくらでもあった。
紫水も洗いものが終わった痕は、雪花を手伝うという形で、家中を忙しなく行ったり来たりした。
雪花も紫水も、家事をするのはほとんど初めての経験だ。雪花は姫だったし、紫水も騎士だ。家事は下男下女がやるもので、自分たちがやることではない。むしろ、彼らの仕事を奪うような真似をしてはならない――二人とも、そういう常識のもとで暮らしてきたのだ。そんなわけだから、家事を手伝うというだけでも新鮮なのに、掃除機や洗濯機などの家電から、庭用シャワー付きホースから――家事に使う道具の何から何まで、もうとにかく驚きの連続だった。
彼女たちの世界にも魔術というものがあるけれど、それは大衆に開かれた技術ではなく、家門ごとに相伝される門外不出の技だ。産業技術とは性格が全然違うのだ。掃除には箒とモップと雑巾、洗濯には盥と洗濯板、水撒きには如雨露か柄杓なのだ。
そんなわけで、雪花と紫水にとって家事の手伝いは、労働ではなく娯楽だった。
二人は午前中いっぱいをそうして過ごし、締めくくりには瑠璃と一緒に昼食を作った。瑠璃が具材を炒めてソースを作り、紫水がパスタを茹でて、雪花ができた料理を食卓に運んだ。雪花の背丈では食卓に皿を並べるのは難しいから、瑠璃が手伝ったりもしたけれど、とにかく三人で用意した食事は、笑顔が零れるくらい美味しかった。
「うむ、美味い! さすが、わらわの作ったご馳走じゃ。ほっぺが落っこちすぎて完売御礼じゃあ!」
雪花は一口食べるごとに、このテンションで快哉を上げながら食べるものだから、口のまわりが酷いことになって、紫水に何度もお手ふきで口元を拭われた。
「姫様、お行儀が悪いです。ああほら、お口が」
「美味しいものを美味しいと言って、何が悪いか!?」
「悪いのは、食べながら喋ることです」
「では、喋りながら食べるのじゃ」
「同じことですってばぁ!」
おろおろする紫水と、なぜか勝ち誇った顔で、ずるずるっとパスタを食する雪花。そんな二人の様子に、瑠璃は品のいい所作でフォークにパスタを巻き付けながら微笑むのだった。
午後からは、三人で買い物に出かけた。問題だった紫水の耳は、瑠璃が昨日のうちに近所の衣料店で買ってきた、だぼだぼのキャスケットを被ることで隠すことができた。
瑠璃の運転する車で郊外に向かって走ること、およそ二十分。三人が入ったのは、この辺りでも一番大きなショッピングモールだ。平日の昼下がりだからか、空きスペースを探しまわる必要もなく、すんなりと車を駐められた。
「着きました。ドア、開けられますか?」
瑠璃がまず車の外に降りてみせて、ドアの開け方を実演する。それを見よう見まねして、紫水と雪花も外に出た。乗り込むときにはドアの開け閉めでもたついたのだけど、さすがに二度目はすんなりといった。
瑠璃が施錠している間、紫水が雪花に問いかける。
「姫様。わたしの耳、ちゃんと隠れていますか? あと、この服装も変じゃないですか?」
「ん? ……うむ、大丈夫じゃ。堂々としておれば、全然分からんて」
雪花は紫水の立ち姿をじっくり見上げた後で、大きな金色のリボンに偽装した耳と尻尾を揺らして頷いた。
「そうですか……よかった」
紫水はほっとした様子で息を吐く。ちなみに服装も、元の世界から着てきた服では目立ちすぎるために、瑠璃が貸した服に着替えている。ぶかぶかのキャスケットを被った他に、丸い襟首の七分丈カットソーにぴったりしたパンツ。パンツの腰からはみ出せた尻尾はベルト代わりにしてあって、パンツのお尻にできてしまう不自然な膨らみは、チェック柄の長袖シャツを腰に巻くことで隠してあった。
なお、雪花のほうは、王冠だけは自宅に置いてきたけれど、後はいつものワンピース姿だ。
「しかし……紫水ばかり狡いのじゃ。わらわも、こちらの世界の服を着てみたいぞ」
「す、すいません、姫様。従者の分際でありながら、わたしのほうが先に着替えてしまいまして……」
紫水がへこへこと頭を下げるのを、雪花は鷹揚な手振りで止めさせた。
「ああ、よいよい。わらわに合う大きさの服がなかったのじゃ、仕方あるまい」
「はい……」
「そんなことより、ほれ、瑠璃がもう行っているぞ。わらわたちも行くのじゃ」
「あっ、はい」
紫水はまだ申し訳なさそうにしていたが、雪花に促されると、すでに歩き出していた瑠璃の後を雪花と一緒に早足で追いかけた。
モールのなかに入った雪花と紫水は、構内の通路に沿っていくつもの店が軒を並べている光景に、異口同音の溜息を零した。
「おぉ……」
「すごいのじゃ……」
瑠璃は口元をくすりと微笑ませると、二人の先に立って通路の奥へと歩き出す。
「目的の店はこっちです。ついてきてください」
「あ、うむ」
「はい」
二人が素直に従ったのは、この場に取り残されたくなかったからだろう。平日とはいえ、通路を歩く買い物客は少なくない。こちらの世界の人間を優貴と瑠璃しか知らない雪花と紫水にとっては、敵中に放り込まれたような心境なのだった。
「……みんな、耳が小さいな」
紫水の手を握って歩いている雪花が、周りをきょろきょろと見ながら、小声で紫水に話しかける。それに答える紫水の声も、緊張を含んだ囁き声だ。
「はい。それに服装も、瑠璃や、わたしがいま着ているのと似ています……」
「分かっていたことだが、やはり異世界なのだな、ここは」
「はい……」
繋いでる二人の手は、緊張で汗ばんでいる。周りの買い物客からとくに見られている気配はないけれど、何かの弾みで帽子が脱げたり術が解けたりしないかという不安は、じわじわと募る。二人とも、空いているほうの手で帽子を押さえたり、リボンを触ったりせずにはいられなかった。
しばらくして、二人の三歩ほど先を歩いていた瑠璃が立ち止まって振り返る。
「ここです」
瑠璃がそう言って目顔で示したのは、子供服の専門店だった。瑠璃の視線を追ってそちらを見た雪花が、すぐさま、ぱっと目を輝かせた。
「もしかして、わらわの服か? わらわの服を買うのか!?」
瑠璃はこくりと頷く。
「そのつもりです。長くこちらに滞在されるつもりでしたら、服は必要になるでしょうから」
「うむ、まさにそのとおりじゃ。いい加減、わらわも着替えたいと思っていたのじゃ。瑠璃はよく気のつく女じゃ。わらわの専属に召し抱えたいくらいじゃぞ」
握り拳を作って褒めちぎる雪花に、瑠璃の顔つきもついつい緩む。
「ありがとうございます。では、なかに入って、雪花さんに似合う服を探しましょうか」
「うむっ」
雪花は大きく頷くと、もう待ちきれないとばかりに店内へ突撃していく。瑠璃もその後を追いかけようとしたのだが、紫水の肩を叩かれた。
「なんでしょうか?」
振り向いた瑠璃に、紫水は神妙な面持ちで切り出す。
「……服屋に案内してもらったことは嬉しいのだが、こちらの世界でも、ものを買うには金がいるのだろう? だが、わたしたちには持ち合わせがないから……」
「お金でしたら、心配なさらず。最初から、わたしが払うつもりでしたから」
瑠璃は頭を振りながら言うと、紫水は驚きの顔で息を飲む。けれども、すぐに目尻を吊り上げて、頭を振り返した。
「いえ、そういうわけにはいきません。家に置いていただいているだけでも感謝のしようがないほどなのに、このうえ借金などと厚かましいこと、どうしてできましょうか」
紫水は真剣な目つきで瑠璃を見据える。瑠璃はその眼光の鋭さに一瞬たじろぐも、いいえ、と口を開いた。
「わたしは、家事の手伝いをしてくれたお二人にお礼をしたいだけなんです。わたしからのお礼を受け取ることも、できないことですか?」
「むっ……」
言い淀んだ紫水に、瑠璃は冗談めかして続ける。
「それに、やはり服は必要になると思いますが?」
「それは……まあ、そうかもしれないが……」
「お礼が多すぎると思うのでした、また色々と手伝っていただくつもりですから、その分の先払いだということにしてくださいませんか?」
「……恩に着る。ありがとう」
紫水は姿勢を正すと、深々と頭を下げた。何かの本で読むかして、日本式の会釈を学んでいたようだった――あんまり深く頭を下げすぎたために、帽子を落としそうになって慌てることになるのだった。
両手で帽子を押さえて動揺している紫水の姿に、くすりと笑っている瑠璃。そんな二人を、いつの間にやら試着室に案内されていた雪花が手を振って呼んだ。
「おい、紫水、瑠璃。着替えるから、手伝え」
「あっ……はい、ただいま」
紫水が帽子を片手で押さえたまま、ぱたぱたと駆けていく。瑠璃のその後に続いた。
近くにいた店員が、
「この子、もう大きいのに、まだ一人で着替えられないのね」
という顔をする。
まさか、侍女に着替えを手伝ってもらうのが当然の暮らしをしていたのだとも、こちらの世界の服を着るのが初めてだから前後を間違えない自信がなかったのだとも、思いもしないのだった。
雪花の服を買った後は、もっと大人向けの服を扱っている店で紫水の服も買った。代金はすべて、瑠璃が自前のカードで支払った。
およそ二時間ほどかけて何度も試着しつつの買い物を終えた後は、雑貨屋を何軒か巡って、二人の歯ブラシやボディブラシなどの日用品も買い揃えた。
予定してたものを一通り購入したのは、そろそろ昼下がりというより夕方手前といったほうが正しい時刻だった。
「いまから帰って夕飯の支度に取りかかるとすると、晩ご飯は少々遅くなりそうです。鯛焼きでも食べて帰りましょうか」
荷物を抱えてモールから出たところで、瑠璃がそう言った。その目が見ているのは、モールから出てすぐのところに出店している鯛焼きの移動販売ワゴンだ。
「おっ! わらわ、知っているぞ。鯛とは魚じゃろ。美味なのだろ!?」
自慢げな顔をする雪花に、瑠璃はくすりと微笑を零す。
「鯛は確かに美味しい魚の代名詞と言えますけど、鯛焼きは魚ではありません」
「ふむ……?」
「ちょっと違うのですが、鯛の形に焼いたホットケーキ、ですね」
「ほう!」
「なかに甘い餡子やカスタードが入っているんですよ」
「ほほう! なんぞよう分からんが、美味そうじゃのう! 瑠璃、食べても良いのか!?」
「一人ひとつ、ですよ」
「分かったのじゃ!」
瑠璃の許しを得るや、雪花は鯛焼き屋のワゴンに駆けていった。
雪花は、その後にゆっくりやってきた瑠璃と紫水が注文した後も、うんうん唸りながらメニュー表との睨めっこを続けるほど大いに悩んで、スイートポテト入りの鯛焼きを注文したのだった。
温かな鯛焼きを一口がぶりと大きく頬張った雪花は、
「美味い!」
頬を大きく膨らませ、もぐもぐがぶがぶ、猛然と食べていく。一心不乱に頬張るその様子に、同じく鯛焼きを口に運んでいた紫水と瑠璃の顔も自然と緩む。
「姫様、あまり急いで食べては喉に詰まらせますよ」
紫水が苦笑すると、頬を大きく膨らませて満足顔で咀嚼していた雪花の顔が、ふと曇った。
「姫様、どうしました?」
少し慌てた様子の紫水に、雪花はごくんと嚥下しながら首を横に振る。
「いや、大したことではない。ただ……」
「ただ?」
「父上からも同じように言われたことがあるのを思い出しただけじゃ」
「あ……」
紫水は気まずげに口を噤んだ。
その顔を見た雪花は、唇の両端に笑窪を作って、にかっと笑った。
「紫水よ、そんな顔をするでない。わらわは泣かぬ。姫たる者がこんなところで泣いていては、父上に叱られてしまうからの」
満面過ぎるほどの笑顔で言うと、悪戯っぽく口元を揺らして、こう付け加えた。
「にしても、なかなかに美味じゃのぅ。この鯛焼きというやつは。もうひとつ、他の味のも頼んで良いか?」
「姫様……では、わたしのを差し上げます。こちらも美味しいですよ」
紫水はまだ少し、申し訳なさそうに眉根を下げていたけれど、それでもどうにか微笑を浮かべると、自分の分の鯛焼きを白雪に手渡そうとする。
「夕飯もあるんですから、食べ過ぎないようにしてくださいね」
瑠璃が微苦笑しながら言うと、雪花は胸を張って、
「大丈夫じゃ。わらわ、今日は買い物でたっぷり働いたからな。いくらでも食べられるのじゃ。というか、夕餉の話をしていたら腹が減ってきたぞ。早く帰って支度に取りかかるのじゃ!」
そう言うや、車を駐めてあるほうへ、たったっと駆け出していった。
「あっ、姫様。周りに気をつけて!」
と、紫水が言っている間にも、雪花は車の前まで辿り着いている。
「二人とも、何をのんびりしておる。早くするのじゃ!」
車の前で振り返って楽しげに呼びかけてくる雪花に、紫水と瑠璃は互いに顔を見合わせると、くすりと笑って、
「はい、姫様。ただいま参ります!」
「では、このままスーパーに寄って、夕飯の買い物も済ませてしまいましょう。雪花さん、何か食べたいものはありますか?」
などと話しかけながら、車に乗り込んだのだった。
帰りがけに寄ったスーパーでは、鶏肉や春菊、春白菜、椎茸、それに普段は常備していないジュースや果物なんかも買って帰った。
日も暮れて、部活を終えた優貴が帰ってきたときには、家中に食欲をそそる美味しそうな匂いが充ち満ちていた。
「ただいま……って、もう夕飯? 今日は早いな」
優貴が軽くびっくりしながら靴を脱いでいるところに、雪花が廊下をぱたぱたと駆けてくる。まだスリッパには慣れていないせいで転びそうになっても走るのを止めず、そのまま優貴の胸に飛び込んできた。
「うおっと」
抱き留めた優貴に、雪花は目をきらきらさせつつ唇を尖らせる。
「遅いぞ、やっと帰ってきたか。何をしていたのじゃ!? おまえが帰ってくるまで夕餉はお預けだったのじゃぞ!」
雪花は怒ったように言いつつも、顔の半分は嬉しげだ。大きな耳と尻尾も、怒っているんだか喜んでいるんだか分からないけれど、とにかく千切れんばかりに振りたくられている。とにかく、優貴の帰りを待ち侘びていたというのは確かなようだ。
「悪かったな、帰りが遅くて。でも、夕飯にはまだちょっと早すぎないか?」
優貴が言うと、雪花は唇を思い切り尖らせて、今度ははっきりと不満顔をする。
「何を言うか、全然早くないわ! わらわたちは、今日は朝からずっと働き詰めだったのじゃ。いますぐ食べなければ、腹と背中の皮がくっついて剥がれなくなってしまうわ!」
「働き詰め? 何をしてたんだよ」
聞き返した優貴の胸から、雪花はぱっと飛び退くように胸を張る。よくぞ聞いてくれた、という顔だ。
「掃除に洗濯に食事の後片付けに、それから庭に水を撒いたりしたぞ」
「へぇ」
「それから、買い物にも行ったぞ」
「えっ!?」
「服を買ったのじゃ。他にも色々買ったぞ……まあ正確には、買ったのは瑠璃じゃがな」
雪花はごにょごにょと語尾を濁すけれど、優貴が驚いたのはそこではない。
「買い物に行ったって……それ、どうしたんだよ?」
驚いた顔のまま、雪花の大きなふさふさ耳を指して言う。
「お? 耳と尻尾をどうやって隠したのかが不思議なのじゃな。よかろう、見せてやるぞ」
自慢げに言うと、わざわざくるっと一回転する動作までつけて、幻術でもって両耳と尻尾をリボンに変えてみせた。
「おぉ」
これには優貴も素直に驚きながら、雪花の頭を大きく飾ったリボンに手を伸ばす。
「ふぉあ!」
頭のリボンに優貴の手が触れた瞬間、雪花は鼻で鳴くような奇声を上げて仰け反った。
「あ、ごめん」
優貴は謝りつつ、反射的に引っ込めた掌を見る。リボンに触った感触は、猫や柴犬の耳を触ったときそっくりのものだった。
「なるほど。見た目を変えただけで、実際には元のままなんだな」
優貴の漏らしたその一言は、雪花のプライドを刺激したようだった。
「あっ、我が一門に伝わる魔術を馬鹿にしたな!? わらわは初歩の初歩しか習っていなかっただけで、極めれば五感を完璧に騙せるのだぞ。騙すという範疇を超えて、現実を造り替える域にまで達せられるのじゃぞ!」
「ああ、うん。はいはい、分かった。すごいな、すごい」
優貴は大袈裟なくらい大きく頷きながら、廊下を歩き出す。雪花はその後を、スリッパを鳴らして追いかける。
「おまえ、分かってないじゃろ! わらわが本気を出したらすごいんじゃぞ。もう本当にすごすぎて、おまえなんておしっこちびるぞ!」
「うわぁ、怖い怖い」
「むきーっ、なんじゃその馬鹿にした言い草はぁ!」
などとやっているうちに、二人は食堂兼居間である広い部屋へと到着した。部屋のなかでは、瑠璃と紫水がもう食卓に食器を運んでいた。
「あ、本当にもう夕飯にするんだ……」
「たまには早めに食べるのもいいかと」
苦笑混じりに呟いた優貴に、瑠璃が淡々と、でも少し冗談めかして返す。
「優貴、今夜は鍋だ。このわたしが野菜を切ったんだぞ、ありがたく味わって食え」
紫水が得意満面に言うとおり、食卓の中央には大きな土鍋の載った卓上コンロが用意されている。蓋の閉まった鍋のなかからは、ぐつぐつという美味しそうな音と匂いが溢れ出している。そんな光景を目の当たりしたら、部活で疲れた身体が騒ぎ出すのは仕方のないことだ。
「……鍋なら失敗のしようもないだろうから、安心して食べられるしな、うん」
優貴の言葉に、紫水はちょっぴり憮然とした顔。
「いちいち嫌味を言うなら、おまえは食べなくてもいいんだぞ」
「ああ……悪かった、謝るよ。だから、おれにも食べさせてください」
素直に謝る優貴。空腹に堪えてまで張れる意地はない。
「ほほぅ、貴様にしては殊勝な態度じゃないか。よかろう、食べることを許可してやる」
「おありがとうごぜぇますだ」
優貴の嫌味っぽい言いまわしに、紫水はムッとした顔で言い返そうとする。けれども、瑠璃のほうが早かった。
「紫水さん、雪花さん、もうそろ鍋が食べ頃になりますから、席に着いてください。優貴さんは、先に鞄を置いて着替えてきてください」
「あ、はい」
「分かりました」
優貴と紫水は異口同音に頷くと、それぞれに動いた。優貴は早足で二階へ上がっていき、紫水は雪花と一緒に着席する。優貴もすぐにスウェット姿に着替えてきて、三人と一緒に食卓を囲んだ。
鍋は、鶏肉と野菜を鶏ガラのスープで炊いた、ちゃんこ鍋だった。
「季節外れ鳴きもするけど……」
最初はそんなことを言っていた優貴も、もりもりと食べる紫水、雪花の勢いに煽られて、食いっぱぐれては堪らないぞとばかり、箸を土鍋と小鉢との間で足繁く往復させるのだった。
汗を掻きながら進む食事の最中、ふっと思い出したように瑠璃が言った。
「そういえば、優貴さん。例のDVDはご友人に返しましたね?」
「ぶふっ!?」
いきなり言われて、優貴は口に入れたばかりの砂肝を吐き出してしまう。
「大丈夫ですか?」
心配げ、というでもない顔で聞いてくる瑠璃に、優貴はテーブルクロスに散った鍋汁を台拭きで拭いながら、ぎこちなく笑いかける。
「う、うん、もちろん。ちゃんと返しましたよ。本当です、本当に」
「……そうですか。次からは、もっと一般的な方向性のものを借りるといいでしょう」
鍋のせいではなく汗を掻いている優貴だったが、瑠璃も深くは追求してこなかった。もし追求されていたら、優貴は食事どころではなく自室に逃げていたところだ。もっとも、いまだって辛うじて逃げずには済んだけれど、箸の動きは目に見えて鈍ってしまった。
それに気づいた紫水が、危なげなく箸を使って野菜を突きながら訝しげな顔をする。
「なんだ、貴様。もう腹いっぱいなのか?」
「えっ……そんなことはない。全然、動揺とかしてないし」
「動揺? なんの話だ?」
「なんでもないよ」
言いながら、優貴はお玉でもって小鉢に汁ごとごっそりと具材を盛る。そこへすかさず、箸を
「あっ、こりゃ! 汁はあまり掬うなと瑠璃が言っていたのじゃ。聞いてなかったのか、馬鹿者め!」
「悪かったね、馬鹿者で。次から気をつけるよ」
優貴はそう言いながら、もう返事はしないぞという意思表示を兼ねて、小鉢を山盛りにした具材を口に運ぶ。
「なってないのじゃ、まったく」
雪花もぷりぷりしながら食事に戻る。紫水もとっくに会話から食事に戻っていて、目を閉じて幸せそうな吐息を零したりしながら黙々と食べていた。
その後も、ときどき誰かが思い出したように発言するものの、会話が長く続くことはなかった。無言の多い食事だったけれど、それは全然嫌なものではなかった。締めのうどんを食べ終え、汁の一滴まで飲み干した四人の顔はどれも、汗を浮かべた幸せそうな顔だった。
「果物を切ってきましょう」
瑠璃が立ち上がると、紫水も同じように立ち上がる。
「あ、わたしも手伝います」
「わたしも一人でも大丈夫ですが……ああ、では、お茶の用意を手伝ってもらいましょうか」
「任された」
二人は連れ立って台所のほうへ向かう。
食卓のある大部屋と台所の間には食器棚の壁があるため、食卓の前で着席している優貴と雪花からは、瑠璃と紫水の姿は見えない。声を交わしながらお茶と果物の準備をしている物音だけが聞こえている。
「……のぅ、優貴よ」
雪花が小声で呼びかける。優貴もつられて小声で返す。
「なんだ?」
「単刀直入に聞くが……おまえ、瑠璃のことが好きなのじゃろ」
「……!?」
優貴は咄嗟に手で口を押さえて、上げそうになった大声を飲み込んだ。その態度に、雪花はにやりと笑う。
「ふふん、やはりな」
「勘違いしているだろうから言うけど、好きというのは家族としての好きであって、他の意味ではないからな」
ひそひそ声で威嚇するように言う優貴に、雪花はとぼけた顔をする。
「なあ、おい。瑠璃の身分は、家政婦、というのだよな?」
「そうだけど……それがなんだよ?」
「家政婦というのはニホンゴで、エイゴで言うと何というのだったかのぉ?」
「ぶっ!!」
雪花の言わんとすることに気づいてしまって、優貴は顔を一気に紅潮させた。それでも、どうにか惚けようとする。
「ハ、ハウスキーパーだろ」
「そうそれ、メイドじゃったな」
「言ってねぇよ!」
優貴は思わず声を上げると、雪花をいっそう調子づく。
「おまえはメイドが好き。瑠璃はメイド。つまり、おまえは瑠璃が好き。そういうことなんじゃよなぁ?」
「違うって言ってるだろ!」
「まあそう怒るな。わらわは何も、からかいたいのではない。何を遠慮することがあるのか、と言いたいのじゃ」
子供に言って聞かせるような雪花の口調に、怒り顔だった優貴もぽかんとしてしまう。そこへ、雪花は滔々と語った。
「家政婦もメイドも、要するに侍女や奉公人と一緒じゃろ? ならば、主人やその息子が手をつけるというのは、ある意味で自然な話じゃ。違うか?」
「い、いや……いやぁ、違うと思うんだけど……」
そんなのは時代劇のなかでだけの話だ、とは言えない優貴だった。そういうことをやっていそうな連中に心当たりがなくもないからだったが……とにかく、否定の言葉を探して言った。
「家政婦は侍女でも奉公人でもないし、それにそもそも、おれと瑠璃さんとでは歳が離れすぎている。おれがよくたって、向こうで相手にしてくれないよ」
「何歳、離れているのじゃ?」
「ええと……十二歳違いだったかな」
「ふむ、確かに歳が近いとは言えんな。だが、わらわの故国では、けしてないわけではなかったぞ。こちらの世界では、十二歳差の夫婦というのはまったく前例がないことなのか?」
「そんなことはないと思うけど……」
「ならば、年の差は理由にならんな」
真っ向から言い切られて、優貴は息を飲んだ。
「っ……いや、でも――」
「言い訳するな」
雪花はぴしゃりと一蹴して、優貴の目をまっすぐ見据える。
「立場は関係ない。年の差も些細な問題。詰まるところは、おまえが瑠璃をどう思っているかじゃ。さあ言ってみろ、おまえは瑠璃をどう思っているのじゃ?」
「お、おれは……」
優貴は雪花の青い目から、目を離せない。ここで逃げてはいけない気がするのだ。しかし、だからといって答えを明言するだけの度胸もない。
葛藤は長く続かなかった。ティーセットを持った瑠璃と、果物の盛られた大皿を抱えた紫水が、台所から戻ってきたからだった。
「姫様、こいつと何を話していたんですか?」
拗ねたように唇を尖らせている紫水に、雪花は笑って誤魔化す。
「大したことではない、ただの世間話じゃ」
「それにしては真剣に話し込んでいたように聞こえましたが……」
「気のせいじゃよ、気のせい。そんなことより、これは美味そうではないか」
雪花は果物の切り身をひとつ抓むと、しげしげと眺める。
「宝石のような緑色じゃな。わらわの知っている果物にも似たようなものはあったが、香りはこちらのほうが断然、素晴らしいな」
「わたし、先に一口いただいたのですが、とても美味しかったですよ」
そのときの味を思い出して陶然としている紫水を横目に、雪花はそれをぱくりと頬張った。
「……んぅ! 美味ぁい! 甘ぁい!」
目から光が飛び散りそうなほどの喜びようだった。
「メロンは気に入ってもらえたようですね」
瑠璃が微笑しながら、紅茶のカップを銘々の前に配り始める。
「あ、ありがとう」
優貴は顔をあまり上げずに、目だけで見上げて瑠璃にお礼を言う。さっきの話は台所のほうにまで聞こえていなかったようだけど、それでも、いつになく意識してしまって、優貴は瑠璃の顔をまともに見られないのだった。
「……優貴さん」
瑠璃が表情を動かさないまま、ささやく。
え、と顔を上げた優貴に、瑠璃は紅茶を配る手を止めないまま言った。
「わたしも恋愛に年の差は関係ないと思いますが、わたしは年下に興味ありませんから」
後はもう何も言うことなく、瑠璃は自分の席に着いて、食後のお茶と果物を味わい始めた。
優貴は、紅茶のカップを口に運ぶ途中で固まったまま、しばらく動けなかった。
いまの話、聞こえてたのかよ――と、問い質したかったけれど、もうこの件には一切触れたくないという気持ちもあって、結局、優貴は最後まで何も言えなかったのだった。
雪花が、甘い甘い、と舌鼓を打っているメロンはあんまり味がしなかったし、紅茶も無性に苦かった。
年下に興味ありませんから。
その一言が、優貴の頭のなかをぐるぐるとまわり続けた。それは布団に入ってからも治まらず、優貴は眠れぬ夜を過ごすことになるのだった。
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