2、コンビニ店員、全米と一緒に泣く
「なぁに厚かましいこと言ってんだよ。自分でできるってなら、わざわざ他人を喚び出して征伐させようとすんじゃねえよっ」
俺は声を張ると、威勢良くそう言い放った。……割り当てられた豪華な自分の部屋で。
ああ、そうさ! いくらよその世界とは言え、一国の主に楯突けるような気骨は持ち合わせてはいないさ! 平凡な一般人だもん! ベルトや帯をはじめとし、長いものには巻かれる主義だ。
「でも、俺はともかくあんたは腹立たないのか? いきなり呼びつけられたかと思ったら、魔王を倒して来いとか無茶ぶられてさ」
「いつものことだ。すでに慣れた」
振り返ると、勇者はすっかりくつろいだ様子でふかふかのソファに座り、紅茶|(のようなもの)を飲んでいる。
「それにここはマシなほうだ。言葉が通じ、当座の宿泊場所、資金、情報を用意した上、それなりの敬意を持って接してくれている。上等の部類と言えるかもしれない」
「おいおい。それでマシなほうとか、人生終わってるぞ……?」
だからこそ勇者なんてさせられているのかも知れないが。
これまでの奴の苦労を思うと、うっかり俺の目から鼻水がこぼれそうになる。全米が泣き、ハリウッド過去最大レベルの不幸っぷりだ。
「俺からしてみれば、あちらさんの対応には思うところがない訳でもないんだけどな」
俺は、この部屋に来る前のやりとりを思い出して、思わず大きなため息をついた。
「勇者様、いまから魔王について詳しく知るものをお連れいたします。お部屋をご用意いたしましたので、それまでおくつろぎくださいませ」
にゃんまげ陛下の熱弁が済むと、控えていた髭の爺さんが前に出てきて勇者を促す。
「おお、申し遅れました。ワシは宰相と魔術師団長を兼務しておりますウァン=マーゲルと申します。突然の召喚にて恐縮ではありますが、なるべく不自由のないように努めさせていただきます」
そう言って、爺さんは深々と腰を曲げた。だが、こういう人の良さそうな爺さんこそ実は裏があったりするんだよなぁ。俺の偏見だが。
だが俺はふいに既視感を覚え、思考の海に意識を投じる。
(……そう言えば、ニャンまげファミリーのなかにワンまげってのがいるって聞いたことあるな)
まさかこのまま全キャラ名をコンプリートする気なのか?
そんなどうでもいい物思いに沈んでいた俺だったため、次のワンまげ宰相の台詞に対する反応が一瞬遅れた。
「従者の方にも、お世話がしやすいよう一番近い使用人部屋を用意させていただきましたので」
「……」
「……あの?」
「……えっ!? 俺っ!?」
いや、物思いとか関係なかったわ。
自分のこととは露とも思わず華麗にスルーしていたため、宰相の不振そうな表情に気付いてようやく我に返った。
ていうか、俺が勇者の従者かよ。一文字違いでだいぶ違うぞ。ついでに待遇もかなり違う。
俺はシオンのおまけのようなもんだから、仕方ないか。しかもグリコのおまけよりも役に立たないし。
それでも若干がっかりしていると、これまで一言二言しか喋っていなかった勇者が、ふいに口を開いた。
「いや、彼は従者ではない」
俺はびっくりして、勇者を見る。いや、別に従者になったつもりはないから当然だけど。
「彼は私の友人だ。彼には私と同様の待遇をしてもらいたい」
ワンまげ宰相は、分かりましたと了承するがそれでも不可解そうな顔をしていた。俺が勇者と同列に扱われるのがそんなに不満なのかよ!
……いや、不満だろうな。だって別に俺が魔王を退治するわけじゃないし。
「それと、部屋はなるべく続き部屋を用意してもらえると助かるのだが」
「分かりました。それでは別の部屋をご用意いたします。案内いたしますので、こちらに」
そうして案内されたのが、この部屋だ。
三間続きの部屋で、一つがソファのあるリビングスペース、そして左右となり二つが寝室となっている。すぐにお茶も持ってきてくれたし、なかなか居心地の良い部屋である。
しかしだからこそ、宰相が最後まで不満そうな顔をしていたのが引っかかる。
ニャンまげ陛下も最後まで俺をガン無視だったし。俺、何か嫌われるような真似でもしたっけかなぁ。
まぁ、この国のお偉いさんは、異世界から来た勇者には敬意を払っても、それ以外は案外粗雑に扱うタイプなのかもしれないが。これは覚えておいても損はない情報だろう。得もしないけど。
もっとも俺の方だって、実際は口で言っているほどの不満はないわけだが。
なにしろ別に俺は勇者じゃないし、食う寝るところに住むところパイポパイポパイポのクーリンガ……じゃない。食う寝るところに困らなければあとは適当で構わない。個人主義の現代っ子らしい価値観だ。
せいぜい俺の待遇が悪くならないように、シオンには頑張ってもらおうなどと他力本願なことを考えていると、ふいにノックの音が聞こえた。
「入ってます」
うっかり返事をしてしまったが、ここは便所じゃない。
扉の外で戸惑ったような気配がした後、「失礼いたします」との掛け声と共に扉が開いた。
うん、そこでフリーズされないで良かったよ。
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