1、コンビニ店員、人違いされないことに一抹の寂しさを覚える


 とりあえず、ちょっと真面目に状況を確認しよう。

 エセ縄文世界で眩しい光に包まれた俺の視界は、すぐさま真っ暗になってしまった。

 訳の分からないまま身体を振り回される感覚があり(あれだ、スペースマウンテンのノリだ)、圧力で押しつぶされる感覚があり(こっちはエレベーターだな)、白昼夢を見て(わくわくハーレム帝国)、再び視界が真っ白になったと思ったら、俺はケツを強打した。


 痛ぇ! ケツが四つに割れた!


 慌てて確認した俺だったが、どうにかケツは二つのままだった。

 そして俺ははたと気付いて、恐る恐る指差し確認をする。


 左足よ~し。

 左手よ~し。

 右足よ~し。

 右手よ~……。


 いやいや、あるあるっ! 確認しているこの手が右手だよっ!

 大丈夫。ちゃんと付いてた。いやぁ、焦った。眼鏡を顔にかけてメガネメガネって探してるノリだったぞ、今。


 まぁ、それはともかく。どうにか無事に俺は、五体満足で異世界を渡ってきたらしい。シオンの奴が脅すから、余計にビビってしまったじゃないか。

 ほっと安堵して顔を上げたわけだが、そこでようやく俺は周囲をずらりと筋肉自慢の男達に囲まれていることに気が付いた。

 あ、ごめん。ものすごい勢いで俺待ちだったみたい。


 ふと、隣を見てみると俺のように無様に尻餅は付かず、華麗に着地したらしい黒髪黒衣の偉丈夫――シオンが片膝を付いて周囲に厳しい目を向けている。う~ん、さすがに様になっているなぁ。

 そんなことを考えていると、ふいにマッチョメン壁が割れて、そこからけばけばしい服を着た色白の偉そうなおっさんと、やたらとでかい杖を持った髭ジジイが現れた。


 おっさんはおもむろに俺とシオンを見比べると、俺を見て顔をしかめた。そして迷わずシオンに向かって話しかける。うん、その選択は正しい。だがもうちょっと考える余地があってもいいんじゃね?

 なにやら物寂しい気持ちにかられている俺の斜め前で、おっさんはなにやら威丈高に話し始める。……が、案の定何を言っているのかさっぱりだ。やはり俺はまた地球とは違う異世界にやってきたのは間違いないだろう。

 まぁ、ぶっちゃけフランス語やイタリア語を話されていたとしても、俺には理解できないんだけどな。


 長々と5分ほど話し続け、ようやく言葉が通じていないことに気付いたのだろう。(てか遅っ!)

 おっさんは背後に控えていた髭ジジイに何か話しかける。すると髭ジジイが、ふいに前に出てきて杖を俺達に向けてきた。

 ちょっ、なに!? いきなり戦闘イベント勃発か!?

 だが、慌てふためく俺を尻目に、隣にいたシオンがふと手を前に突き出しなにやら口の中で呟いた。

 その途端、キンっと耳が詰まったような感覚が起きる。今度ははっきりと、シオンは言葉を口にした。


「いや、それには及ばない」

「おおっ、さすがは勇者殿。素晴らしい力をお持ちのようだ」


 唐突におっさんが流暢な日本語を話し始めた。ぎょっとした俺だったが、すぐにその理由に気付く。

 どうやらシオンが、俺と自分に例の『翻訳魔法』とやらをかけたらしい。う~ん、確かにこれは便利だ。大学の入試のときに使ったら、超チートじゃん。もっともその分、この魔法を持っていなかったときの勇者の苦労が非常に偲ばれる。

 いきなり言葉も通じない異世界でマッチョメンに取り囲まれたら、すげぇびびるもんな。泣きそうな勢いでびびる。むしろ俺なら泣く。

 まぁ、この世界にも翻訳魔法があるようで、どうやらあの髭ジジイは俺達にその魔法を掛けようとしていたらしい。驚かせんなよなぁ。

 てか、おっさんは自分にその魔法を掛けてから喋れ。


「では、改めて名乗るとしよう。ワシはこのニコ・エドゥムラン王国の国王、ニ=ヤン・マグ三世じゃ」

「日光江戸村のニャンまげさん?」

「いや、ニコ・エドゥムラン王国の国王、ニ=ヤン・マグ三世じゃ」


 だが俺には何度名乗られても日光江戸村のニャンまげにしか聞こえない。

 これは飛びつかないといけないフラグか? つっても、おっさんに抱きつく趣味は俺にはない。

 必死に笑いをこらえる俺を置いて、おっさんは重々しく語りかける。


「おぬしを召喚したのは他でもない。この世界に居座る憎き魔王を退治し、連れ去られた我が姫を救出して貰いたいのじゃ」


 テンプレだ。由緒正しきテンプレ式展開。

 これで最終的には、勇者がお姫様と結婚するっていう流れに続くんだな。

 ん? ということは、シオンは各々の世界に嫁が居るのか?

 ちょっ! なにそのハーレム帝国! こいつばっかし、ずりぃっ!!


「これまで何度も、我が国は卑劣な魔王の手によって危害を加えられてきた。我々もまた果敢に魔王軍と対峙し、およそ半年ほど前には一度、我が王国軍の兵士たちが魔王を追い詰めることに成功した。じゃが討伐には至らず、まんまと逃げられてしまった。そしてそれ以降、魔王らの攻勢はよりいっそう激化しておる」


 盛り上がる俺を置いてけぼりにして、話は淡々と進められていく。


「再び我々の手で魔王を追い詰め退治することも決して不可能ではないだろう。じゃが、それには多大な被害がでることが予想される。また姫が連れ去られて、もう一年以上が経過している。もはや一刻の猶予もない。異界から来た勇者よ、どうかこの世界を救ってほしい」


 おっさんはがしっとシオンの手を握り、そう懇願した。


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