9、コンビニ店員、第一の世界に別れを告げる


 気がつくと、俺は何かがっしりしたものに背中を支えられていた。


「おい、起きろ。ヨダ、目を覚ますんだ」


 なぁんか嫌な予感を覚えつつも目を開けると、至近距離から自分を覗き込む凛々しい男の顔。


「げぇっ、近い近い近いっっっ!!!」


 俺が反射的に悲鳴を上げると、背中の支えが消えて地面に倒れた俺は後頭部を強く打ち付けた。

 痛い、が。どうやら俺は男に抱きかかえられるようにして身を起こされていたらしい。

 うん、それなら倒れて頭を打ったほうがマシだわ。


「って、お前シオンかっ。なぁ、ドラゴンはどうなったんだっ!?」


 先ほどまでの恐怖を思い出して慌てて周囲を見回すと、シオンは笑って体をどかした。


「あのドラゴンはお前が倒した。良くやったな」


 シオンの背後から口の中から脳天までを銅の剣で串刺しにされたドラゴンが腹を見せてひっくり返っている。


「へっ!? な、どうしたんだっ!?」


 状況が把握できず目を丸くしていた俺だったが、ふと樹上に視線を向けようやく気がついた。

 どうやら俺は雷に驚き、木の上から落下した。当然俺は真下にいたコモドドラゴンにぶち当たったが、それは運良く手に持っていた銅の剣からだったという訳だ。

 オオトカゲとは言え世界の魔王を倒し、しかも怪我ひとつしていないのだからビギナーズラックにしてもかなり上等だろう。


「うわっ、すっげぇ。実は俺って才能あるんじゃね?」


 千に一つの幸運に興奮して話しかけると、シオンも重々しくうなずいた。


「ああ、正直ここまでやれるとは思っていなかった。てっきり足の一本、手の一本でも食われているだろうと思っていたが、腕と肋骨の骨折で済んでいた。もちろんそれは牙に引っ掛けた傷から回った毒を消すのと一緒に治しておいたから心配はいらない」

 

 ……怪我一つどころの騒ぎじゃねえじゃんっ! うわぁ、俺気絶してて良かったよマジで!


「てか、手足食われてると思ったって、あんた食われるの前提で俺を送り出したのかよっ!」


 鼻息荒く問い詰めると、勇者はふっとニヒルな笑みを浮かべた。


「冗談だ」


 あんたのジョークはちっとも面白くないってのっ!!



 さて、これから山を降りて集落に戻るのだろうと視線を向けるとどうやら火事が起きているらしい。集落の方向から煙が立ち上がっているのが見えた。


「あれ、なんか燃えてんじゃないの? 大丈夫なのか?」


 身を乗り出して集落のほうを見ようとしていた木々が邪魔でよく見えない。俺が振り返って尋ねると、シオンは首を振った。


「巫女の社が燃えているだけだ。問題ない」


 勇者らしく救援に駆けつけようというそぶりはちらとも見せず、シオンは淡々と答える。

 おいおい、あんた俺がオオトカゲに追いかけられている間に集落で何してきたんだよ。おっかねえなぁ。

 そう思いはしたが、ここは俺も「そうか」としれっとうなずいておいた。うん、君子危うきに近寄らずだ。


 シオンはポケットから小さな鏡を取り出した。

 シオンの大きな手のひらにすっぽり収まるほどの大きさのそれは、装飾もなにもない代わりに周囲の光を反射して青く光っているようにも見える。

 聞けばこれは巫女の社にあったものらしい。

 つたない俺の知識が正しければ、銅鏡ですらもう少し文明が進まないと作れないだろう。と、すればこの鏡は銅剣と同じくオーパーツ的なアイテムに違いない。


 ……うん、俺は何も聞かない。何も聞かないぞ!

 貝になれ、ヨダイッセー!

 見猿、岩猿、機械猿だっ!


「この鏡がこの世界と異世界との接点となっている。本来ならば魔王が倒された時点で我々はこの世界から自動的に弾き出されるはずだったが、私が鏡を封じているのでまだこの世界に残留している」


 魔王を倒せばそれで用無しか。うぅむ、ビジネスライクもここに極まりというべきシステムだな。


「運が良ければヨダはもと居た世界に戻れるかもしれない。だがそれは過去の事例から言って難しいだろう。一方、この後世界を移ったとしてその世界がここよりもマシかという保障はどこにもない。ここよりもずっと危険で理不尽な世界である可能性も充分ある」


 つまり勇者はこう言いたい訳だな。

 元の世界に帰るのを諦めてここで余生を生きる覚悟を決めるか、危険を承知で違う世界に渡るかどうか。

 だが、そんなの聞かれるまでもないじゃないか。


「あのなぁ、俺は見ての通り現代日本の一般的なフリーターなんだよ」


 シオンは黙ってこちらを見ている。


「こんなネットもない、テレビもない、漫画もない娯楽皆無の世界に長々といたら頭がおかしくなっちまう。それくらいなら万に一つの可能性でも元の世界に戻れる確率が高いほうを選ぶね。それにあんたは俺の面倒を見てくれるんだろう?」


「そうか。では、こっちだ」


 うなずいたシオンはぐっと俺の腕を引くと、そのまま腕と腕を絡める。まぁ、ようするに腕を組むという状態だ。


「……ちょっ、待てナニこの体勢っ?」

「仕方ないだろう。この世界に来たときの状況からして、恐らく皮膚接触が同時に異世界を渡る条件だ。それも確実に、とは言いがたいがな。せいぜい四肢がもげず五体無事な状態で、二人同じ世界に移動できるよう祈っておくんだな」


 聞いてない、色々聞いてないっ!

 俺は焦るがシオンは止める気配はない。手に持った鏡から溢れるように、真っ白な眩しい光が放たれる。


「では、いくぞ」

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」


 悲鳴を上げる俺の視界は、その光に塗り潰されるように真っ白になる。ついでに俺の意識も真っ白になった。


 こうして俺は、一番最初の世界を後にし次の世界へ移動したのであった。




 










なまえ:ヨダ・イッセイ

レベル:1

しょくぎょう:コンビニ店員

とくぎ:あいさつ

ぶき:招魔の剣

ぼうぐ:コンビニの制服

どうぐ:なし


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