7、コンビニ店員、魔王と死闘を繰り広げる


「無理無理無理無理っ! ひゃくぱー無理だってこんなのっ!!!」


 俺は山道を死に物狂いで駆け下りていた。

 背後からは六本足のコモドドラゴンが有り得ない速度で追いかけてきている。

 ていうか、俺はこんな火を吹く六本足の生き物をコモドドラゴンとは認めない!

 てか、俺の知る限り火を吹く生き物なんて、存在しない!


 だが実際に火を吹く、六本足の、全長三メートルのドラゴンは俺の後をものすごい速さで追ってきているのだった。


「誰だよっ! こんな化け物倒せるなんて思った馬鹿はっ!」


 それは集落の村人達であり、勇者であり、なによりも自分だ。

 手に持つ銅の剣が走るのに邪魔で、放り捨てたい欲求に駆られるが、そうすると俺は丸腰になってしまうのでさすがにそれもできない。俺は役に立たない聖剣を後生大事に抱えているしかなかった。

 こんな化け物から俺がかろうじて逃げられているのは、その巨体があだをなし、木々の間を移動しにくいからだと言う一点に集約されるだろう。

 これが広い草原とか街中とかだったら、俺はあっという間に追いつかれてその鋭い牙の餌食になっているに違いない。

 だから俺は山林の暗いほうへ暗いほうへ、木々が密集している方へ向かって走っていく。

 時折業を煮やしたのか、コモドドラゴンは身を震わせて火の玉を発射してくる。だが、ありがたいことにその狙いはめちゃくちゃで、しかも打つたびに足を止めなければならない。だから俺はその隙にさらに距離を広げることができた。

 このまま撒いてしまえればとも思っているのだが、なぜだか俺はしっかりとターゲットロックオンされているらしくどこまでもどこまでも追撃されている。

 どこの追尾ロケット、いや追尾爬虫類だ。都市伝説の口裂け女だってもうちょっと遠慮するぞ。


「もうギブっ! ギブギブ! 勇者っ、てかシオン! 早く助けに来いぃぃっ!!」


 俺は大声で勇者に助けを呼ぶ。しかし誰も現れない。

 ああ、そうだよなっ! こんなところで声を張り上げたって、聞こえるはずがないもんな! 分かっていたさ。

 いっそどうにかして集落に戻りたいのだが、ここまでがむしゃらに走っているうちに自分が山のどこにいるのかさっぱり分からなくなってしまった。

  このままでは遠からず体力が尽きて、コモドドラゴンの牙の餌食になってしまう!


「ちくしょうっ! 現代日本の若者の体力のなさを舐めるなよ!」


 もちろん誇れることじゃない。

 しかし俺だって、がむしゃらにただ逃げているわけではないのだ。

 この窮地を脱出するための打開策を考えながら逃げているのだが……残念ながら何も思い浮かばないのだから仕方ないだろう。

 そんなとっさの機転が利くようなら、人生もっと楽勝で生きてらぁっ!

 火事場の馬鹿力はあっても、火事場の馬鹿頭脳はない。所詮愚かなのさ、男ってやつぁな!

 だが、窮鼠も猫を噛む。人間追い詰められればどうにかなるもんだ。俺の脳裏にとっさのひらめきが浮かび上がった。

 俺は逃げている途中で、折れた大木が隣の木に引っかかっているのを見つけたのだ。


(……これ、ちょっと揺らせば倒れるんじゃね?)


 その木は根元が腐り幹が折れていたが、隣に生えていた別の木に寄りかかるように微妙なバランスで引っかかっていた。目いっぱい力を込めれば、俺にも倒せそうだ。

 いったんは通り過ぎかけたが、このまま逃げていたってどうにもならないと覚悟を決め俺は身を翻して引き返す。そしてその木に近付き手で押すと、ぐらりと傾きが大きくなった。


「これは、いける……っ!」


 ようやく得られた勝機に目を輝かせた俺は距離を詰められるのを覚悟の上で、ドラゴンが迫ってくるのを待った。

 俺の小鳥のような心臓は、緊張で早鐘のように高鳴る。走り続け全身暑いはずなのに、あらたにかいた嫌な汗で妙に寒気を感じていた。

 永遠のようでいて、短い時間……なんて格好を付ける暇もない。俺を追いかけるコモドドラゴンは予想よりずっと早く姿を現した。くそっ、思ったよりも距離が稼げてなかったか。

 ベキベキと枝をへし折りながら迫ってくる巨大爬虫類を待ち構えるのは、想像以上に自制心を必要とした。そのまま尻尾を巻いて逃げ出したい気持ちに駆られるが、必死で耐える。

 そしてコモドオオトカゲが必要な分だけ近付いたのを確認して、俺は思いっきり倒木を蹴り飛ばした。


「たぁぁおれぇぇぇるぞぉぉぉぉっ!!」


 蹴り付けられた木はめきめきと周囲の枝葉をへし折りながらコモドオオトカゲに向かって一直線に倒れていく……と思いきや、だが大木はその下に張り出していた枝に引っかかってしまった。

 なんて予想外の展開っ!


「やばいやばいっ!」


 俺は大慌てで倒木が引っかかった木に登っていく。木が倒れるのを邪魔する枝はミシミシと音を立てて軋み、放っておいてもそのうちに倒れるだろう。

 だが、それを悠長に待っている訳にはいかない。その間にもオオトカゲはどんどんこちらに向かってきているのだから。

 俺は猿よりも早く木に登ると片腕で木にしがみつき、もう片方の手に握った銅剣で枝をがんがんと叩いた。


「折れろっ! 折れろっ! 折れやがれこんちくしょう!」


 この木に足場になるような枝がたくさんあって助かったと思う反面、この枝のせいで木が倒れなかったのかと思うと愛憎半ばの複雑な心境になる。なんでこんな木ごときにそんな感情を抱かなきゃならんのだ。

 俺の猛攻により枝にはやがて亀裂が入り、木一本分の重みがかかっていた枝はそのままぽっきりと折れた。反動で登っていた木がかなり揺れたので、俺は落ちないように必死で捕まった。

 大木は再度枝葉を折りながら倒れていく。

 その真下には、凶悪な面をしたコモドオオトカゲもどき。

 いや、違う。

 良く見るとわずかに角度がずれている。


(……しまったっ!)


 俺は青ざめるが、どうやら運命の女神は俺に味方をしてくれたらしい。

 胴体に当てることは適わなかったが、倒木は尻尾を押しつぶしコモドオオトカゲを押さえつけることに成功していた。頭の片隅で危惧していたように、他の木に再度引っかかるということもなかった。


「よぉぉしっ、ぐっじょぶ俺!」


 俺は力いっぱいガッツポーズを作る。そして落ちかけて慌てて木に抱きつく。俺はこの木と何度抱擁を交わせば気が済むんだ。


「わははははっ、ざまぁみやがれ! 人間様の英知を思い知ったか、この爬虫類っ!」


 俺はオオトカゲに向かって勝ち誇る。オオトカゲは身をくねらせてどうにか抜け出そうとしているが、大木はトカゲの尻尾をがっちりと地面に縫い付けていた。

 このまま動けないトカゲに止めを刺すことも考えたが、いくら動けない状態とは言えあんな凶悪な奴に近寄るなんて考えたくもない。このままさらに遠くへ逃げようと木から降りようとしたその時、さらに俺は想定外の状況に陥った。

 そう、人間様の英知よりも野生の本能のほうが優秀だったのだ。


 地面に縫いとめられて動けないはずだったオオトカゲが再びこちらへ迫ってくる。


「なっ! どうして……っ!?」


 その理由は一目瞭然だった。オオトカゲの尻尾は確かに大木に挟まれえて地面に押し付けられている。だから、オオトカゲ本体はその尻尾を切り離して自由になったのだ。


「嘘だろっ! んな、トカゲじゃないんだからっ!!」


 オオトカゲはオオトカゲであって、トカゲじゃないっ!

 反則だっ! こんなの聞いてないぞっ!

 俺はわめきながらとっさにさらに木の高いところへ登っていく。降りて逃げ出すには、オオトカゲとの距離はあまりに近すぎた。

 やがてオオトカゲは俺のいる木の根元までやってきた。そして木の幹に前足を付け、体を直角に起こす。

 まさかこのトカゲ野郎は木に登るのか、と思ったがさすがにそれはできないようで、真下から俺を見上げてシャーシャー吼えてこちらを威嚇している。

 だが、即座に食われる心配はないとは言え、これが絶体絶命のピンチであることには変わりない。


「くそぅっ! なんで俺がこんな目に合わないといけないんだよっ!」


 すでに涙目である。こんなこと引き受けなきゃ良かったと思うが、とっくのとうに後の祭りだ。

 その上は、不幸はまだまだ終わらなかった。

 オオトカゲはこちらを見上げたまま、ぐっぐっと喉を鳴らす。何をするつもりだと悠長に眺めていた俺だったが、次の瞬間はっと気がついた。


(こいつ、火の玉を吐くつもりだっ!)


 いくら狙いが甘いとは言え、この至近距離で真下から狙われている。その上俺には逃げ場がない。

 俺は真っ青になる。やばいやばいやばい。やぶれかぶれになった俺はとにかく大声で叫んだ。


「シオン、とっとと来いよっ! 早く助けてくれよぉぉぉっ!」


 次の瞬間、晴れていたはずの空で突如雷鳴が轟いた。

 それも、かなりの近距離で。

 その轟音と閃光に驚いた俺の手足は木から離れ、そのまま真っ逆さまに地面に向かって落ちたのである。

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