6、コンビニ店員、山の魔王と対面する
と、いうことで俺はなし崩し的に魔王を退治してくることになった。
男依田一誠、二十二歳。まさかこの年になってリアルに魔王退治することになるとは思ってもみませんでした。正直、泣いていいですか?
「どうしても駄目だと思ったら、その時は無理をしなくていい。危なくなったら私を呼べ。そしたらすぐに駆けつけるから」
魔王の山へと向かう俺に、シオンが真摯な表情で告げる。そう言うならあんたが退治して来いよとか思ったが、ここは黙って頷いておいた。
てか、誰だよ。地球に勇者なんて召喚した奴。おかげでとんでもない借りを作ることになっちまったじゃないか。
もっとも奴が地球に召喚されなければ俺が巻き込まれる事もなかったわけで、なにやら卵が先か鶏が先かの問答をしている気分になってきた。
「テシュレカ、ウマンダ、ナンチャッテナッッ」
「ナンチャッテナ、ナンチャッテナッ! ウワゥワァゥオオオォォォォォォッ!」
周囲の村人たちは話がまとまったと考えたのか、再び大歓声を上げて俺を送り出そうとする。てか、そこ! ウェーブとかやらなくていいから! ヘドバンとかもいいから! どこのライブ会場だよ。てか、どんな習俗だよっ!
「コノミハ、マナカナ、ナンチャッテナァッ!」
おもむろに前に出てきた巫女婆さんが、山を指差して声高に叫ぶ。
おそらくは、「さぁ勇者よ、魔王を倒してまいれ!」とか言ってんだろう。つうか、自分たちで倒せばいいだろうがムカつくなぁ。自分のケツくらい自分で拭きやがれっての。
もっとも自分の世界の魔王を同じように異世界人に倒してもらったららしい俺が言っても、説得力はないかもしれないが。
「デェトハ、オダイバ、ナンチャッテナアァァッ!」
てか、なんちゃってなんちゃってうるせえよっっ!
俺は大歓声に追い立てられるように魔王の山を登っていた。ホント、俺が何をしたって言うんだよ。銅の剣を引っさげて、気分はすっかり落ち武者だ。
魔王の山は、集落のすぐ間近にあった。と言うか、魔王の山のふもとに集落があるらしい。
なんでそんなところに集落を作っちゃったの? 俺は声を大にして問い質したい気持ちでいっぱいだ。
「……ん? それとも、裏山に魔王が巣を作ったって感じなのか?」
理由を聞きたくとも、言葉が通じないから諦めるしかないだろう。てか、あのテンションを見るにそもそも話が通じるかどうかも謎だ。
「あ~、でも魔王がどんな感じかだけでも聞いて来ればよかったかな」
それはもちろん村人じゃなくて、勇者に対してだ。
動物なのか、人なのか。それによって対策がずいぶん変わってくる。
「俺は殴り合いの喧嘩なんて、中学以来してないしなぁ」
ちなみに最後の喧嘩の相手はクラスメイトの山口徹平で、余った給食のプリンを巡っての熾烈な争いだった。
話し合いで片がつけばいいが、さすがにそれは有り得ないだろう。だが魔王とは言え、人型の生き物を殺傷するなんて余計冗談じゃない。
いや、それが犬だろうがネズミだろうが殺すのに抵抗があるのは変わらないだろう。こちらとゴキブリ相手でさえもビビるひ弱な都会っ子だ。
だが俺はそこで、衝撃の事実に思い至った。
(魔王っていうのは、ようするに魔王ってことだろ? となれば、絶対にあの熊もどきよりも強いってことじゃないかっ!)
俺はこの世界に召喚されたばかりの時に遭遇したあの六本足の熊もどきを思い出して青ざめる。
熊(ryでさえもあんなに恐ろしかったんだ。だったらなおさら魔王なんて倒せるわけがない。
「よし、決めた。遠目に魔王を確認したらダッシュに逃げる。そんで、後は勇者に任せる」
戦略を立てて、俺はうんうんと頷く。
もうそれしか俺の生き残る道はない。魔王を見つければ、それで義理は果たしたことになるだろう。そもそも魔王退治は勇者の仕事だ。
「てかさ、そもそも同じ一般人でもパン職人と深夜コンビニアルバイトを同列に並べちゃいけねえって」
方や朝早くに起きてパンをこねている働き者で、方や深夜のコンビニに陣取っている不健康優良児に代名詞だ。
そんなことをぼやきながら歩いていると、山道が徐々に舗装されたものに変わっていった。
舗装と言っても、コンクリートやアスファルトで固めてあるのではなくて、平たい岩を石畳状に並べてあるのだろう。だがそれでも、人の手が入っていることは疑いようがない。
周囲には壊れ、風化しかけていたけれど、柱や石像などといった建築物もちらほら見られる。ここは何らかの遺跡のようだ。どれも焼け焦げたような跡が見られたので、それも火事で滅んだのだと推測される。
「と言うことは、魔王の居場所が近いのか……?」
そう思うと、自然と足取りが慎重になる。
できれば、逃げ場のない室内とか洞窟の中にはいないでくれよ、などと考えていたが、それはどうやら杞憂のようだった。
遺跡を歩いて数分、広間を作るように円形に並んだ柱の中央に俺は早くも魔王の姿を見つけたのだ。
「てか……たぶん、これが魔王だよな……?」
俺の目の前にいたのは、全長三メートルはあるだろう巨大なドラゴンだった。
ドラゴンと言えば日本でも馴染み深い、由緒正しき魔王だろう。だが、
「ドラゴンはドラゴンでも、これはコモドドラゴンじゃないか……っ!」
幻想を打ち砕かれた俺はその場に膝を着きたい誘惑に駆られた。
正式な和名で言えば、コモドオオトカゲ。
いや、正しく言えばそれは地球のコモドオオトカゲとは違うだろう。なにしろ、目の前の爬虫類には足が六本生えている。この世界の生き物は六本足がスタンダードなのか?
インドネシアの固有種に良く似たそれは、ごつごつした体に生えた長い尻尾を振りながら、のそのそと六本足で歩いている。ちなみに全長三メートルは尻尾を入れての数字で、本体だけだと大体二メートルくらいだ。
圧倒されるほど大きいことには変わりないが、まぁ常識の範囲内の大きさでもある。
「どうするかな、こりゃ」
俺は考える。
熊みたいな縦に巨大な生き物だったり、熊みたいにごつい人型の生き物だったりしたら早々に倒すことを諦めるのだが、横に長くても地を這っている爬虫類型の生き物だったらどうにか俺でも倒せそうな気がする。
もっともさすがに正面から立ち向かうのは遠慮したい。あんな子供一人だったら丸呑みにできそうな生き物相手にガチンコ勝負は無理だ。知恵を使わなくては。
そうして作戦を練っていた俺だったが、予想よりも倒しやすそうに思えたためか油断が生じたようだった。
さらに相手を良く見ようと身を乗り出したところ、手に持っていた銅の剣を隠れていた石の柱にぶつけてしまった。
チィィィンっとやけに涼やかな音が、閑散とした廃墟に響き渡る。
そして、その音に気付いたのかコモドドラゴン(もどき)がこちらに視線を向けた。その目に見る見るうちに敵意が宿る。
(やばいっ!)
俺がそう思ったのも束の間、ドラゴンは突如口を大きく開く。そして、身を震わせるとこちらに向かって火の玉を吐き出したのだった。
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