5、コンビニ店員、勇者から魔王退治を委託される(若干シリアス)
「ちょっと待てっ! いきなり職務放棄か! それはさすがにないだろうっ!」
「いや、そういうつもりではない。ここで少々やることが見つかったから、私の変わりに退治をしてきて欲しいだけだ」
それを人は職務放棄と言うと思うんだけどな!
「無理だっ! 俺は単なるコンビニ店員でしかもアルバイトだぞ。一般人の俺に、魔王なんか倒せるわけないだろ!」
俺はぶんぶんと首を振って、シオンの無茶振りを断固拒絶した。だがシオンはあっさりとした口調で否と言う。
「そんなことはない。ここの魔王はそこまで強くはない。一般人でも充分倒せるレベルだ。それこそ、単なるパン職人でもちゃんと倒せる」
「……パン職人?」
突然の飛躍にきょとんとしていると、シオンはおもむろに自らを指差した。
「あんた、前職パン職人だったのかよ!?」
いや、確かに生まれたときから職業:勇者なんて奴のほうが少ないかもしれない。よく知らんが。
しかしとんでもないパン職人もいたもんだ。これなら日本国内でもっとも有名なパン職人、某ジャムのおじさんにも余裕で勝てそうだぞ。……まぁ、あっちは戦闘職種ではないけどな。
「だから、安心してくれ」
そう言って、シオンは話は終わったとばかりに背を向けたので、俺は慌てて奴の服のすそを掴んだ。
「いや、そういう問題じゃないって!」
勇者はいぶかしげな表情で振り返る。
「そもそもなんで俺があんたの代わりに魔王退治をしなきゃいけないんだよっ。俺はあんたの異世界召喚に巻き込まれた被害者なんだぜっ」
つまり俺はシオンから償いをしてもらう理由はあっても、手助けをする義務は欠片もないのだ。
シオンは俺を冷静だと言っていたが、そんなものシオンがすぐに元の世界に戻すだろうという考えがあってのことで、俺も魔王退治に巻き込まれるならば話は別だ。
「俺はあんたの助手になったわけでも弟子になったつもりもないんだぜ。もういいよ、今すぐ俺を元の世界に帰せよっ」
俺はそうまくし立てる。しかしシオンはどこか冷たい眼差しで俺を見下ろしていた。
「悪いが、それは無理だ」
「はぁっ!? なんでだよっ!」
詰め寄る俺に、シオンは淡々とした調子を崩さず答える。
「私だって好きで異世界に召喚されているわけではない。いつ、どこに召喚されるかは、私の自由にはならないんだ」
それは、少し考えてみれば分かりきったことだっただろう。だけど、それをすっかり放棄していた俺は、改めて突きつけられた事実に打ちのめされた思いでいっぱいになった。
「じゃ、じゃあなんだよ。俺はもう二度と元の世界には帰れないって言うことなのかよ……?」
わなわなと唇が震える。
今更ながらに、こんなことは夢だろうと思い込みたかった。目が覚めたら自分の部屋の布団の上で、夜勤までの間にやることを考えながらぼーっとするんだと。
だけどそうした気持ちとは裏腹に、「もう二度と帰れない」という言葉ばかりが現実味を伴って徐々に頭の中を侵食していく。
「いや、そうとも限らない」
俺は勢い良く顔をあげる。
「今回の召喚先は、私にとって二度目の世界だった。つまり、同じ世界に再び呼ばれる可能性は皆無ではないと言うことだ」
五十回以上の召喚で、たった一度。それは確率からすれば、ほんの二パーセントにも満たない。
だけどそれはゼロではなく、天文学的な確率でないだけまだ救いがあると言えるかも知れない。
「いつ戻れるかは分からないし、必ず戻れると言う確証もない。だが、可能性がある以上、それまで私は君を保護しよう」
ただし、それに甘えられては困る、とシオンは断る。
「君を保護するのは私の好意であって、義務としてではない。恩を着せるつもりはないが、それを当然だと思われるようでは心外だ。君は私の雇い主ではないし、私は君の親ではないのだからな」
その言葉に俺はしぶしぶと頷いた。
自分の意思に反して召喚され続けているシオンも、本人からしてみれば被害者のようなものなのだろう。
召喚に巻き込まれた俺を同情することはあっても、責任を背負う義務はない。それどころか知らん顔をして見捨てたって誰からも何も言われないのに、わざわざ帰れるまで面倒を見てくれると言うのだ。感謝こそすれ、恨み理由はない。
まだ若干腹に据えかねてはいたが、俺は無理やりそう考えることにした。ここでシオンに手のひらを返されたら、それこそ俺は野たれ死ぬしかなくなる。
「だけどよ、いくらなんでも自分の代わりに魔王を倒せ、と言うのはないんじゃねえの?」
いくら面倒を見る代わりとは言え、ずぶの素人に対してそれはさすがに横暴と言うか、扱き使いすぎと言うか。
だが、それを言うとシオンはおもむろに首を振る。
「私は君を助ける理由はないが、君は私を手助けする理由があるだがね」
俺が怪訝な顔をしたのが可笑しかったのだろう。シオンは勇者らしからぬ表情でにやりと笑った。
「私は十六年かけて君の世界の魔王を倒したんだ。少しくらい、恩に報いてくれても罰は当たらないと思うが?」
さすがにそこまで言われて断れるほど俺だって面の皮は厚くない。
分かったよ。魔王だろうが覇王だろうが、倒してくればいいんだろう。こんちくしょーっ!
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