3、コンビニ店員、勇者と対面し自分の世界の危機を知る
男は「シオン」と名乗った。たぶん「紫苑」とか書くんだろうなと、サングラスをはずした男の紫色の目を見ながら考える。
しかしながら立派な体格に反して名前はやけに麗々しい。まぁ、人間名前は選べないから仕方がないだろうが。
いちおう俺も自分の名前を名乗って、そして改めて聞き返す。
「それで、異世界召喚のベテランってどういうことだよ、おっさん」
「おっさんはないだろう、おっさんは」
うるせぇ。見た目がおっさんだから、おっさんでいいんだよ。
ぶっちゃけサングラスを外したら俺とそこまで年齢違わなさそうだったけど、それはこの際無視する。
おっさんはやれやれと溜め息をついて首を振った。だからそういう態度がおっさんくさいんだけどな。教えないけど。
「どういうもこういうも、言葉の通りだ。私はもうかれこれ五十以上の異世界に召喚され続けている」
俺はそこの言葉に唖然となる。
「あんた、そんなに異世界に呼ばれているのか!?」
「ああ、そうだ。……このままここにいても仕方がないな。少し移動するか」
そう言ってシオンは立ち上がりさっさと歩き出す。俺は慌ててその後を追いかける。こんなところに放り出されたりしたら間違いなく、死ぬ! 完膚なきまでに!
俺は横に追いつくと、基本的なことをまず訊ねた。
「異世界に呼ばれて、あんたはいったい何をしているんだ?」
「それはもちろん、魔王を倒したり悪の皇帝を退けたりだな」
なるほど。そりゃあ五十体以上の魔王を退治してきたら、立派なベテランだと言って過言ではないだろう。だが……、
切ない! 切な過ぎる!
何が悲しゅうて異世界をたらい回しにされて、縁もゆかりもない人間のために魔王を退治し続けなければいけないんだ。俺なら死んでもごめんだ。
俺は始めてこの男に同情をした。
これからは敬意を表して「勇者」と呼ばせてもらおう。
「お前の世界にだって、私は召喚されたから居たんだぞ」
俺は思わずつんのめり、マッハの速さで振り返った。
「マジでかっ!!?」
地球に魔王が居たのか!
てか、知らない間に世界が危機に瀕していたのか!
「ああ、安心しろ。お前の世界の魔王は退治してある。十六年ほどかかったがな」
そうか。それは良かった。しかし十六年前と言うと、ちょうど世紀末か。
……ノストラダムス、さり気に予言当たってたんだな。
「って、そこじゃなくて! 十二年ってお前いまいくつだよ!」
俺が至極真っ当なツッコミを入れると、勇者は視線をそらす。
「異世界に召喚された時から、歳をとらなくなったようでな」
「身体はそうでも、中身は違うだろ! なんだよ、やっぱりおっさんでいいんじゃん!」
いっそおっさんを通り越して、オジジ様かもしれない。いや、一つの世界に十年以上かけるとすれば軽く500歳は越えているはずだ。
俺がそう主張すると、勇者は不服そうな表情を浮かべ首を振る。
「別に全部の世界に十年以上居続けていたわけではないぞ。始めのうちはその世界の言語習得や資金集めに数年をかけることもあったが、そのうち翻訳魔法を習得することができてな。別世界の術が使える世界ではその手間が省けるようになった」
つまりそれは前の世界の魔法が使えない世界もあるってことだろう?
レベル1からやり直しってことだろう?
しかもさらっと言っちゃったけど、王様やらなんやらの資金面でのサポートもなく魔王退治に借り出されるパターンもあったってことだろう?
俺はあまりの不憫さについうるっと来てしまいそうになったが、ぐっと堪える。
武士の情けだ、せめて歳については追求しないでおいてやらぁ!
俺がそんなことを考えているとは思いもよらないのか、勇者はしみじみとした口調で独白を漏らす。
「はじめの頃は、理由も状況も分からないままがむしゃらにやっていくしかなかったものだ。いま、あれらの世界に行ったならもっと別の見方や感じ方をするかもしれないな」
うーん、真面目だ。
やはり長年勇者なんかやってたりすると、自然とそういう思考回路になっていくもんなのかな。それとも元から真面目な奴なのか。
まぁ、なんとなく後者っぽいけど。
「とりあえず、あんたはこの世界でも魔王退治をやることになるんだよな」
「そうだ。さもなければ、死ぬまでこの世界にいることになる」
なんともぞっとしない話だな、おい。
とりあえずこいつが魔王退治に勤しんでいる間、俺はどこか安全なところで待たせてもらおう。
そんなことを考えていると、俺は突如大きな壁にぶち当たった。
ちなみに比喩じゃない。具体的に言うと、いきなり足を止めた勇者の背中に顔をぶつけた。
「いってぇ……。なんだよ、いきなり」
「いや、先ほどからどうにも違和感があってな」
違和感?
別に俺は何も感じてはいないのだが。まぁ、そもそも勇者と張り合っても意味がない。
「むしろ既視感と言うべきか……」
勇者はそう呟くと、ちょっと待っていてくれと言い残し、するすると手近な木に登っていく。
え、俺おいてけぼり?
だが、おいおいと焦りを覚えるよりも早く勇者は木の上から飛び降りる。ガタイのいい体が目の前に落下してきて、むしろ俺はそっちのほうに驚く。
「やはりな……。こっちだ」
勇者は身を翻すと、今来た道とは反対方向へ歩き出した。唖然としていた俺は、一歩遅れてその後を追いかけはじめる。
「なんなんだ? いったいどうしたんだよ」
心なしか早足になった勇者、しかしその顔にどこか釈然としないと言わんばかりの表情を浮かべている。
「私にも良く分からないのだが」
そう前置きして、一息に言い切る。
「この世界は、どうやら以前に一度来たところのようだ」
そして俺たちは森を抜け、突如開けた空間に出た。
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