2、コンビニ店員、森のなかで熊さんに出会う


 とりあえず、状況を整理しよう。

 俺はさっきまでコンビニにいた。客に釣り銭を渡した。今は森にいる。以上。

 いや、以上じゃないよ。明らかに異常だよ。

 俺はノリ突込みをしてから、気を取り直して指差し確認をする。そこから始めないと、俺は自分の目に映るものをまともに認識することすらできそうになかった。

 ひとつ、足元はなんだか良く分からない植物とウネウネの木の根っこ。

 ふたつ、頭上はみっしり葉っぱの生えた枝とその隙間から差し込んでくるわずかな明かり。

 みっつ、そして左右を見渡せば、太い幹の木々と……く、熊ぁぁっ!?

 いや、熊じゃない。少なくとも俺の知る熊に六本の手足はついてない。

 じゃあ虫かと言われても、断固として俺は否定する。こんな虫取り網に絶対入らないような凶悪な面構えの生き物を、俺は虫とは認めない!

 混乱しきっていた俺は指を指したままぎょっとして熊(もどき)を見るが、熊(もどry)も唖然とした様子でこちらを見ていた。お互い無言のにらみ合いが続くが、別にメンチを切っているわけでも睨めっこをしているわけでもない。むしろそんなのん気な気分になりたい、俺は。

 先に我に返ったのは熊のほうだった。

 熊は二対の丸太のような腕を振り上げて、俺を威嚇してきた。


「ぎゃああぁぁぁぁぁっ!!」


 熊に負けじと俺も声を張り上げる。いや、ごめん。調子に乗った。たんにビビって悲鳴をあげただけだ。

 森の中に、俺と熊の野太い声が響き渡る。

 ああ、やべえ。

 このままじゃ熊に喰われて俺は死ぬ。

 現代フリーターの死因が「熊死」だなんて冗談みたいな話だ。

 高らかに悲鳴をあげながらも俺の意識が潔く走馬灯を追っかけはじめた時、ふいに熊の雄叫びがやんだ。

 むっつり黙った熊は、そのまま鈍い音をたてて横倒しに倒れる。

 熊の背後に見えたのは、片手に重厚そうな長剣を、そしてもう片方の手にコンビニ袋を下げた黒ずくめの男。

 見覚えのあるその男はしばらく無言で俺を見ていたが、やがてがさごそと腕に掛けていたコンビニ袋を探って、ほこほこと湯気を立てる白くて丸っぽい塊を出しだしてきた。


「とりあえず、肉まん食べるか?」


 いや、食べないから!

 というか、そういう場合じゃないのはこの状況をみればすぐに分かるだろう。

 俺がぶんぶんと首を振ると、男はしばらく考えて、今度は同じく湯気を立てる黄色っぽい塊を取り出した。


「やっぱりピザまんのほうが良かったか?」

「そういう事でもねえよっ!」


 やっぱりってなんだ、やっぱりって。

 もはや理解の限度を超えた現実に、俺は全身全霊を込めて男に裏拳突っ込みを入れた。

 


 徐々に冷めつつある肉まんをしゃがんで頬張る俺の隣に、男は同じように腰を下ろす。

 ちなみに肉まんはほとんど押し切られる形で渡された。

 俺は混乱で胸がいっぱいとなり飯なんて食うどころの気分じゃなかったけど、この先のことを考えると無理にでも腹に収めておいたほうがいいというのは理解できることだった。だから俺は傍らに横たわる熊の死体から目を背けつつ肉まんを頬張る。

 ついでに男はとっくにピザまんを食べ終わっている。もそもそと食っている俺とは反対に、素早く咀嚼したと思ったらあっという間に飲み込んでいた。

 味わうと言うよりかは、腹に収納すると言うような食べ方だ。 

 それはテレビで見たホットドックの大食い選手を彷彿とさせたりもしたが、それはまぁ蛇足だ。


「ここは、先ほどまで我々がいた世界とは違う場所だ」


 男はぼそりと呟いた。


「やっぱりそうだよなぁ……」


 そう言われ、俺は諦観にも近い気持ちでがっくりと肩を落とす。

 先ほどまでコンビニにいたと言うのに、気がつけばよく分からない森の中にいる。

 これは俗にいう異世界召喚のパターンを明らかに踏襲している。もしかすると瞬間移動したという可能性もありえなくはないが、それならまだマシだろう。なにしろ最悪でも、家に帰る方法はあるのだから。

 こうなればいっそ前世が神とか、実は赤ん坊のときに異世界に放逐された王子とかいうオチと、チート機能を設定してもらいたいと強く思うが、さすがにそこまで都合の良い展開は現実には起こりえまい。むしろそれはどう考えてもこっちの黒男の方だろうと俺はため息をつく。

 大体俺は遺影で見た死んだじいちゃんにそっくりだしな。

 俺はもう一度ため息をついて、隣の男を見る。男はそれに気付いてちいさくニヒルな笑みを浮かべた。


「どうやらずいぶんと落ち着いているな」

「全然落ち着いてなんかねぇよ」 


 こちらと超絶混乱中。

 俺はがりがりと頭を掻く。なにしろこれからどうすればいいいのかさっぱり分からないのだ。

 それよりも、と俺は男を見た。


「あんたの方が、よっぽど落ち着いているように見えるけどな」


 苛立ち混じりに睨み付けるように視線を向ける俺に、男は困ったように苦笑をした。


「そりゃあやっぱり慣れているからな」


 慣れている?

 なんだか嫌な予感を覚えた俺に、男はあっさりとそれを的中させるような台詞を言い放った。


「君を巻き込んでしまったのは、恐らく私だ。しかし安心してくれていい」


 男はサングラスを外すと、真剣な表情で俺を見た。


「私は、異世界召喚のベテランだ」


 ……おい待て。

 それでいったい何を安心できるのか、簡潔に教えてくれ。

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