冷たい夜-2

 話をしよう。今度はいくぶん、かたくしっかりした調子でナディアがいう。

「あれは、結末のひとつだ」

「ひとつ」

 耳に聞こえて、口に声に出す感覚が、そのものを形づくるようだった。ふわふわしていたおぼろげなものに輪郭ができる。結末のうちのひとつ。

「あの結末は、私のこれに関わる記憶の中では最も古い。アレイシア、お前は望んだ。この結末を変えることを。そのために私は時間を遡り繰り返している」

「私が、望んだ?」

 死んでしまう。暮葉が死んだら、ナディアも死んでしまう。それが許せない。耐えられない。なんだってする――兄弟弟子を刺した女を生かしてでも、そのために誰を手にかけても。

 結末のうちのひとつの最中で胸に焼き付いた焦燥がじりじりする。イオレが腕の中で死にそうなのに、ナディアが死んでしまう可能性のほうに気が急いて仕方が無かった。

 ナディアが死んでしまうかもしれないから。暮葉や、翼や、流風達の――身近な異邦人達のいざこざに、ナディアの命が巻き込まれようとしているから。それが耐えられないから。

「そうだ。だが何度繰り返しても、お前は同じことを望む。私が死んでしまうために」

「それは、暮葉さんを守り切れないということ?」

 なにをしてでもナディアを生かしたいなら、暮葉が死ななければいいのだ。暮葉に復讐しようとする流風から守ればいい。もしくは、流風が復讐などしないように、暮葉にイオレを殺させることがなければ。

 理屈ではそうだ。だが、自分が、ナディアのために彼らの命を犠牲にしたりするだろうか――いや、あの結末ではそのつもりだった――それが、今の自分には想像できない。確かに、ナディアなしではもう生きていけないような、そんな気になっている。

「そういうことでもある。様々な策略があの娘を殺す。瑠璃流風や、イオレ・ローレンツや、ピア・スノウによって」

 ピアに。昼間の斬撃を思い出す。あの水の壁を思い出す。彼女には敵わない。

「私がこの話をするのは、何度目かになる。何度目かの提案として、私とアレイシアの死を受け入れることを挙げる」

 とうとうと、淡々と、事務的にナディアは話しを進めた。

「私の願いは、死ぬ前にアレイシアを食べきってしまうことだ。全て私のものにすること。これまでの対価としてそれだけは叶えてもらう」

「どうしても無理だから、諦めて死ぬ前に私を食べてしまいたいってこと」

「そうだ」

 時間を繰り返すことが竜に可能か、事実なのか、あの結末のうちのひとつは事実なのか、ナディアの言うことは全て本当なのか。全てを棚上げにして、全てが本当だとして、考える。

 つまりナディアは、もう諦めた。もう諦めたい。だけどアレイシアを――この身を、食べてしまいたいから望みをきいてきた。それを叶えられそうもないから、諦めさせてほしいということだ。努力はした、だが無理なものは無理だから、もう諦めて私の願いを叶えさせろ。

「そうしたら、どうなるの。〝皿〟は割れて、イオレは死ぬ?」

「白伊颯と朱伊皐月もだ。〝皿〟が割れるために大勢も死ぬ」

 使命感をもつべきだろうか。救えるかもしれない。だが、何度繰り返してもできなかったことだ。現実味を感じないのは、それが自分の死んだ後のことだからだろうか。

 まだ未練がある。だから、ナディアに命をまるごと差し出さなかったのだから。魔術阻害術式の完成が、私を待っている。

「私は、まだ死にたくはないわ」

「魔術の研究のために、あの娘を救うのか? 朱伊暮葉は〝皿〟と深い関係があるようだ。事は仲間内では済まない」

 きっとこの言葉も、何度も言ってきたに違いない。既に出ている結論へ、導くような話しの運びが気に入らなかった。

「どうして、この話を今するの。塔で目覚めたときにすれば良かったのに」

「あの時この話をしたとして、白伊颯を見捨てられたか?」

 違う。颯の命を救ったことを、その労力が無駄だったと言いたいわけじゃない。

「白伊颯の死は事態を加速させる。死なせてしまってからでは選択が限られてしまうために、ひとまず繋ぎ止めておく必要があった。それには話しをする時間が無かっただけだ」

 こじつけがましい。ナディアはきっと諦めたい。だが、きっと私には、諦めて欲しくない。この試し方が、気にくわない。

「私は確かにまだ死にたくはないけど、だからといってこの世界のために頑張るのもごめんね」

 身近な、見知っている人間が死んでしまうのを見捨てるなんてことはできない。颯の、あの血に濡れた、あつく重い身体。徐々に冷え固まっていくイオレの身体。

「暮葉さんやイオレが苦しむのを見捨てられない。あの子達は、私の後輩だもの」

 〝皿〟が関わっているとか、ピアが暮葉の命を狙うことになるとか、そんなことは、これからどうするのか決めることに関係がない。困難かどうかは、挑戦するということに対して、アレイシアには意味をなさなかった。

「話をしましょう。なにがどうなっているのか」

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