損得勘定
通路にナディアの咆哮が響いた。炎があがっていた方向だ。それよりは近い。
空気がびりびりする。ごとごと、壁の石ひとつひとつが震えていた。揺れている。足下は確かだった。だが天井と壁がぐらぐらとして、轟音が響いている。重いものが落ち転がり、人の声――それまで、耳を貫いていた、むしろ覆っていた音がある。獣の咆哮だ。ナディアよりもずっと激昂した、太いこえ。地下通路を揺らしているのは、この声だ。
声が人を圧し出す。後ろから、咆哮の聞こえる方から、兵士たちが駆けてきていた。アレイシアは立ち上がって、立ちきれずによろけ人波に押される。まだ颯を背負えていないのに。未だ背中に感触はある。手も服を掴んでいる。だが、押し寄せる人波に攫われてしまうだろう。
手首を掴まれ、引かれた。流風の手だ。彼はアレイシアと颯を引き寄せられないとわかると、自ら人をかき分け寄ってきて、颯を抱えた。
人の流れはアレイシア達の進行方向と逆方向だ。この騒ぎに乗じて地下通路を抜けてしまいたいのに、流れに逆らうことができない。
押し流されて、ホールまで戻ってきてしまった。
兵士たちは勢いをそのままにホールを抜けていく。ばらばらとした波の中で、紅い上着に気がついた。眼が合う。ジョンだ。
彼も同じように押し出されてきたのだろう。話しの続きとばかりに、こちらに歩み寄る。
来た道を戻らなければ。流風の腕を引くが、動かない。彼は武器を構えている。
すう、ナディアがアレイシアの頬の横を通り過ぎた。
「自棄は良くない」
竜は飄々と、ジョンの周りをぐるりと回って言う。矛盾しているぞ。そんな意味合いを感じてしまう。
「この男は信用をしない」
「だから裏切りではないというわけだ」
ナディアの言葉にジョンが続く。わからない。ジョンは今のこの行動でなにかを裏切っているということだろうか。そしてそれが、ナディアにはわかっているのだ。こんな裏切り行為をする者は、なにも信用していないからそれができるのだと、きっとそういうこと。アレイシアにはそこまでしか気が回らない。
「だから、つまり取引するなって?」
回りくどい。それならそう言えばいいものを。
そうじゃない。流風が囁く。
「悪い、仕切り直しをさせてくれ。時間がないから言うが、こっちからは竜とアレイシアをセットであんたの企みに協力させてやれる。あんたの目的が何であろうがだ。それによって得られるあんたの得は、ここで兵士の仇を取ってやることより大きいんじゃないか? これはあんたにとってかなり得な話だと思うが」
立ち上がりざま、流風は誰にも口を挟ませずジョンに問いかけた。
「そう焦るな。もっとゆっくり話をしよう」
ジョンは笑顔を作った。彼は後ろにいた魔術師へ、先の――カレンの部隊の応援に行けと指示をして、彼一人きりになってから話を続けた。
「ではこうしよう。竜を捕らえている間にその女は消えていた」
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