男
***
部屋に躍り込んできたのは少女だった。彼女が構えるゆるく湾曲した細長い刃物がぬめる様に煌めいて、腕から長く垂れた袖――異邦人が極まれに着ていることがあるワフクの、桃色地に白、赤、青、金色と、とりどりの色が、彼女を薄くらい部屋で浮かび上がらせて見える。
黒髪を結い上げた真しろい顔は無表情に、竜へと標的を変えた。元よりこちら、颯を抱えるアレイシアを目指し駆け入ってきた速さと勢いを、身を捻る方向転換と刀の振り抜きへつぎ込んだようだ。鮮やかな色が、刃に光の尾を引かせて回る。
一瞬のことだ。ナディアは動かない。アレイシアの放った魔術の刃を弾いたまま。アレイシアは竜に弾かれた刃へ、命令する。竜と少女の間へ、少女へ向かえ。
刃は少女には当たらなかった。が、彼女の刀には当たった。硬質の細い音、廊下で轟音、男の声。少女がたたらを踏む。後ろを、部屋の口を振り返る彼女の直近を竜は何事も無かったかのように通り過ぎた。
メイズ! 少女と、流風の声が重なる。廊下から男が二人、もみ合いながらなだれ込んできて、ナディアが大柄な方の男の顔面へぶつかり取りつく。流風がその隙に大柄の男から飛び退いた。彼は男と少女から距離をとってじりじりと、二人を睨めつける。
流風はかなりの長身だが、その彼よりも二回りは全体に大柄な男は禿頭、しろい髭を顎下へ幅広に揃えている。しろみのある肌、竜の合間から見える顔立ちはこちらの世界の人間に見えた。黒衣の彼の手を、くろい竜は巧みに避け頭のてっぺんへ。
男は――メイズは頭を大きく振って、
「あの女は我々の仇だ」
颯を指し示した。そのついでに少女と眼で会話したらしいが、こちらに背を向けた少女の顔は見えない。
同じだな。ナディアのそんな独り言が頭の片隅にぽっと出て転がる。竜はつまらなそうに鼻を鳴らして禿頭から飛び立った。同じ? 問うものの返事はない。
「作戦の前に、当人が話した通りだろ。榊麻耶に何を吹き込まれたが知らないが、そんなものを信じる程馬鹿だったとは思わなかったよ」
「私もだ、流風」
二人の男は知り合いであるらしい。流風は言い返す言葉に詰まったようだ。メイズの眼には軽蔑がある。
「そんなにあの女が良ければ勝手にすればよかった。カレンに榊麻耶を殺させずともな」
アレイシアには話が見えなかった。だが、メイズが颯を害そうとしているのはわかる。腕の中で死んだように眠る傷だらけの女性を、抱き寄せる。強く。この女性はただの母親だ。少なくとも、アレイシアにとっては。
「カレン?」
不意に竜が男達に水を差した。今度降り立ったのはこちらの頭の上だ。
「竜は黙っていろ。関係ない」
「この男の新しい女だ。私の部下だが、彼に白伊颯の監視をさせられていた。部下としてな」
ナディアを黙らせようとする流風に対し、メイズは答えることで当てこすった。
新しい女に昔の女を探らせる。普通の発想じゃない。引いたが、竜は別段気にしたふうもなく先を促す。それで?
「カレンはこの男の指示で、ある女を殺した。私をはじめとする仲間たち全員の仇である女だ。こいつが、白伊颯を守るためだとも知らずに」
「指示なんかしていない」
何とでも言えばいい。メイズは食ってかかる流風を軽くいなすが、言い合いが始まる。頭に血が上った流風は、こうして見ると彼の弟とそう変わらない。
カレン。名前を咀嚼して竜はぐるぐる唸る。考え事をしているらしい。意識の片隅、ナディアの存在を感じる一角でぐるぐる考えが回っている。例えるなら、新しい家具をどこに配置するか迷っているような、出口のある悩みだ。話が見えなくて気になるが、詮索している場合ではない。早くここを出なければならないのに。
「白伊の、あの家がどれだけ異常かも知らないで、颯を逆恨みするのか」
「私は、おまえがその家を支えていたことも知らなかったがな」
二人の言い合いは続いている。はたから聞いている限りでは、情報の出し惜しみをして協力してこなかった流風に対する、メイズの失望と軽蔑に正当性があるように思えた。
「それなら桜花は? 朱伊桜花。朱伊皐月が颯と同じ時期に入国したことは知れたんじゃないか?あんたは都合の悪いものを見えないふりばかりする。そんなだから、自力で榊麻耶にもたどり着けなかったんだ」
びくり、ワフクの少女が肩を跳ねさせる。朱伊。暮葉と皐月、あの兄妹と同じ姓だ。今度返事に詰まったのはメイズの方だった。
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