協調

「朱伊先生に直接お尋ねになればよろしいかと思いますが」

 アレイシアは努めて強く、言った。まるで話が進まない。二人の男のどちらが正しいかなんて、そんなものはどうだっていいことだ。

「大尉は、この女性は怪我を負っているんです。痛みに耐えられないほど、命に関わっているほど、なのに、」

 男は二人とも、はたとこちらを見て止まった。その眼を見て、この熱はなんだろう、思ってしまう。自分はなぜ怒っているのか、それが、この男達にはどう見えているのか、そんなふうに考える先をすり替えてしまうから。すり替えてしまうから――、これは、これはナディアの考えだ。

「なのに、こんな事で時間をくっているのは馬鹿馬鹿しい。あなた達はこのひとに死なれたくはないはずだし、じきここは見つかります。そうなったら、困るんじゃないですか」

 すり替えて構わないじゃないか。まるで過ちみたいに。相手の立場で考えれば話しも上手くいく。今回は少し、かなり強引だが。ピアならもっと上手くやっただろう。さっきナディアを相手にした時のように。自分には出来ない。

「出来なくて良い」

 悔しい。唇を噛んだ頭の上から、竜の声が降ってくる。は? 問う声が三人分重なった。

「我々への協力だ。私とアレイシアには白伊颯を安全な場所まで連れ出す手段がある。お前達は邪魔さえしなければそれだけで良い」

 は、再び声を出してしまったのは困惑したからだ。竜は別に、この未熟さを肯定したわけじゃない。頭頂を蹴られる感覚がある。羽ばたくナディアの、翼の影が灯りを明滅させる。

「協力しよう。こちらも、その女が今死ぬのは本意ではない」

 メイズの声には真意がないように思えた。ナディアも同意見だった。竜は鼻を鳴らして、言う。それで?

「ここにいる全員が安全な場所へ辿り着くまで危害を加えず協力する。だが、条件として朱伊皐月を異人部隊に引き渡してもらう」

 随分言葉を選んだ物言いだ。言っていないことはやらせてもらう、そんな意味合いを感じ取って、覚える。断るつもりもないが承諾の仕方にも意味があるはずだ。

「わかった。で、どうすればいい」

 だが、条件をたった一言で呑んだのは流風だった。メイズへの関心を投げ捨てて、彼はこちらを向く。

「外まで私達を守れ。後は私がやる」

 ナディアの言い分はもっともだ。地下室であるここからでは聞こえないが、ジョンの部下が建物中を探しているに違いない。その証拠に、階上に魔術の気配が数多くある。

 流風も桜花もメイズも異人だ。魔術の適正はきっと無い。そんな彼らが、魔術師相手に怪我人を抱えた女を守るだなんて。

「魔術師どもは黙らせる。しかし私達は無防備にもなる」

「魔術の発動を阻害する魔術を使います。集中力を使うので、周りに気をやれません」

 どういうことだ。尋ねるメイズへ答える。未発表の研究成果を使う。恐らくこの術式の存在を、頭の中を勝手に盗み見て知ったナディアに使うことを勝手に決められてしまったことに腹が立った。しかも相手はジョンの部下だ。ジョンに知られることは確実で、そうなればこの画期的な術式はこの手を離れてしまうだろう。穴を突かれて対策もされてしまう。使えるのはきっと今回だけだ。

 メイズを先頭に、桜花、颯を背負ったアレイシア、流風の並びで部屋を出る。

 絶えず魔術粒子へ指示を飛ばし念じ、計算する。魔術粒子の物理的特性に働きかけ、活動を止めるという仕組みだ。仕組み上、指示する魔術粒子自体も活動を停止していく。だから止まっていない魔術粒子をかき集める魔術をいくつも同時に発動しつづける必要もあり、そもそも試作段階だから指示自体が複雑で、物理的特性に働きかけるための計算までいちいちしなければならない。頭の片隅にナディアがいなければ到底不可能だった。

 壊れかけの鉄製のドアを抜け、来た時とは別の道――メイズと桜花がやってきた反対側の道を進む桃色の後ろ姿に付いていく。それだけで精一杯だ。

「頼みがある」

 そんな中、背後からの声がある。流風だ。松明の間隔は次第に広がっていく。合間にあった闇がどんどん大きくなり、闇の合間に灯りが揺らめく。桜花の先にいるメイズは闇の中で見えない。流風のひそひそ声は届いていないだろう。

 しかし返事はできない。計算を間違えて術式がいくつか駄目になり、その補填と再構築が間に合っていない。阻害魔術を発動し続けるには魔術粒子が不足し始めていた。

 颯――血が止まらない――を背負い直して、ナディア、声には出さず呼んだのに、竜はその途端支援を放り出した。吠える声と轟音、金属を弾く甲高い音、駆ける足音、金属の擦れる音と、数多の点と長い刃物の軌跡が光となって狭い廊下をはしった。

 何が起こっているのか分からない。足が止まる。目の前にあったはずの桃色の背中がいなくなっていた。先、ずっと先の方で金属のぶつかり合う音が響いてくる。からから、床に金属の粒が転がっている。

 頭を下へ押され、腰を折った。流風の手だ。頭を低く。彼は言って武器を確認する。いくつ持っているのか、黒く小さいそれには床に転がっているのと同じ金属粒が詰まっていた。彼は舌打ちする。

 颯を背負っているからしゃがみこむのに精一杯だ。地面に膝をついて、頭をなるべく低くしながら辺りを見上げる。

 再び点の光が走った。音が反響して耳が痛く、頭がくらくらする。

 ナディアが盾を造っているらしい。金属粒は音と一緒に飛んできているようだが、盾にぶつかって落ちていく。進行方向の奥がしろく光って眼に焼き付いた。炎だ。ナディアが、あれだけ遠くで炎を吐いている。ここにはナディアの魔術が生きているのに。

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