夜のあと


***

 メイズは朝から夜遅くまで一日じゅう会議詰めだった。もみ消しの代償だ。誰それに賛成したり反対したり、日和ったり。お互い様だと思えば耐えられないこともないが、これが政治の場だということにうんざりする。政治というものは、もっと信念のあるものではなかったか。

 魔導師が調査依頼を土壇場で断ったとか、その言い訳を助手から聞かされるだけの会議だとか。議員というものの本分が分からない。今さら分からなくても構わない。私はただ、榊 麻耶に復讐できればそれでいい。

 異人部隊のアジトに来る頃には朝になっていた。陽は昇っているがまだ朝方。仲間はほとんど出払っていた。榊 麻耶の尋問を昨日から始めているはずだった。なんの連絡もないから、まだ続いているものだとばかり思っていたが。仮に終わったとして、彼らが仇を前にして帰宅するわけがない。

 どうした、残っている隊員を手当たり次第に捕まえ聞くが、反応は要領を得ない。なんだ、どうした。頭が浮ついて叱り飛ばす気にもならない。夢見心地とはこういうものか。地面のふわつく感覚が、あの夜に似ている。膝に力が入らなくて走れど走れど転んだあの夜。あの時とは違う。逆だ。殺されるのはあの女の方。

 尋問室に入った。榊 麻耶がいる。血だまりの中に倒れている。仰向けで、くろい髪がざんばらに広がっていた。まぶたも閉じられていない。浅く開いた口、あおくなり始めた唇、頬。

榊 麻耶だった。胸に血の染みがある。足下に古ぼけたリボルバーが転がっていた。流風の銃だ。彼が恋人へ、お守りとして贈った銃。カレンが肌身離さず身につけていた銃。弾倉は見事に二発だけ空だ。

 カレンが撃った? 有り得ない。記録を探すが、映像が見当たらない。カメラは回していなかったようだ。やりそうなことでもある。数台の発電機のみで維持しているために、機器の使用をけちっていた。電源の入れ忘れは多い。それでなくても故意だろう。

 残っているのは録音だけだった。

『あの女は、巻き込まれた不運なあなた達を使って実家に復讐するつもりなのよ。・・・・・・男はどう。それが嫌で家出をしたのに、あいつは女をして手当たり次第に男を利用する。私の大切な人だって』

『私のものよ』

 カレンの声に次いで銃声。動機も完璧だ。間違いなく彼女が撃っている。

「みんなどこに行った。カレンはどうした」

「颯・ローレンツの捜索です。カレンは瑠璃隊長の自宅を訪ねたのを最後に行方が知れません。目下この二人も捜索を」

 勝手なことを。誰も彼も頭に血が上って手がつけられなくなったというわけだ。だが自分も、その場に居合わせたなら加わっていただろう。すっかり冷たくなった麻耶を前にして、虚しくもならない。私の求めるものは、これではなかったらしい。

「仕切っているのは誰だ。態勢を立て直す。全員呼び戻せ」

 よりによってカレンだとは。彼女だけはないだろうと思っていた。衝動に任せたにしろ、男に指示されたにしろ、人を殺すだなんて。しかも部隊全員に共通する仇を。

 颯・ローレンツの行き先はすぐに判明した。東側の国境。彼女の出世の足がかりとなった場所だ。娘で王宮魔導師のイオレ・ローレンツがその近くで魔術実験を行うためのようだ。娘のことだから父親もぐるになってメイズを出し抜いたということだろう。

流風の行き先は掴めなかった。カレンと逃げたと考えるのが妥当だ。しかしそれが問題だった。行き先が絞れない。計画的なものか衝動的なものかで行き先は大きく変わる。

「部隊は二手に別れろ。近場と、三十キロ圏内で流風とカレンを探せ。私は東の国境に行く」

 居場所が分かっているのだから人手は必要ない。桜花だけで十分だ。


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