虚影
***
鋭利で直線的なかたちをしているのに、触れるとしなやかで、ずっと触っていたくなった。ざらついているのに肌に刺さる感覚はない。このこそばゆさが、手のひらにずっと残っている。また触りたい。もっと触っていたい。こんなに切望していながら、目の前にすると逃げ出したいほど怖くてたまらないなんて。それならどうすればいいのか。どうすれば。どうすれば。
頭の中で同じ疑問がぐるぐる回っていることに気がついて、アレイシアは眠っていたことに気がついた。手に触れているものがある。人肌でざらついたそれは、
「ああ、起きた」
東は何事もなかったように手を離す。ベッドサイドに東が座り込んで、ベッドからはみ出て落ちたアレイシアの掌を揉んでいた。
「は、なんで?」
思わず声が出たが、言うだけ野暮だった。ここは東の部屋で、彼のベッドだ。聞かなかったことにしてほしい。手を振って誤魔化しても、彼はしょんぼりした顔のままだ。彼のこういう所に手が掛かって、嫌になったんだった。これを改めるべきだろうか。彼に対して失礼だと分かっていても、まだ決められない。だってまだ、こうなって三日だ。彼が急に焦り始めて三日。遅すぎるじゃないか。それでじゅうぶん、この男を切り捨てる理由にしてしまえばいいのかもしれない。
「そんな顔しないでよ」
東の、整いすぎた顔に触れる。顎、頬、耳。肌はまっしろく、眼はガラスに似たあおで、きんいろの髪は細くてしなやかだ。何者かによって形作られたものだと、見れば見るほど、触れるほどに何度も知る。やっぱりそうなのだと突きつけられる。〝皿〟には、あの空飛ぶ大地とこの世界と、この人の形をした生き物をつくる者がいる。東は、作り出されたひとりだと。
自分とは違う。この身とは、人間とは違う。深く繋がれば繋がるほど知ってしまう。別の生き物であること、自分が魔術師であること。この、数え切れない膨大な魔術の塊に抱かれていることに熱くなる。術式の塊が、生命として入ってくること、彼を構成する要素が、自分のこの身体の隅々まで、精神まで、魔術を感じるこの第六感さえ侵す感覚の悦楽といったらない。人間と交わるよりも深く、自分というものを暴かれるというのに。もう人間なんかでは満足できなくなってしまったではないか。
東に指先ひとつでも触れると期待する。そのずっと先が頭の中を駆け巡って、身体があつくなる。
「そっちこそ」
ささやき触れる唇がわらう。彼の方から来るくせに、彼はこちらを好き者だと言っていつもわらう。世間一般ではそうだ。人でないのに人に似た天界人と関係をもつのは、健常な性癖ではない。彼の自虐さえ気持ちが良い。そういうものなのだ。
それに、いずれ竜に嫁ぐ女だ。竜に見初められた女。健常でなどいられるわけもない。ただ一度触れたこの掌だけで、竜はあらゆるものをこの身に与えた。それならば、竜に喰われることはもっとたまらないものであるはずだ。命を引き換えるに値する。
「何時」
東の指が服に掛かった。彼とは生活サイクルが違う。アレイシアが昼間事務仕事を中心に行い、東が夜魔術に関わる実作業を行う。彼が部屋に戻ってきたということは、そろそろ交代の時間ということだ。
今日とうとう、あの竜の召喚を行う。アレイシアも立ち会うことになっている。会おうとして会うのは初めてだ。
返ってきた時刻には余裕がない。でも彼がほしい。この欲を満たしたい。まだ、嫁ぐべきあの竜に抱く胸の内にあるものを忘れていたい。
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