第一章 「邂逅」

任命式

 華やかな喧噪が街中を覆っている。街の中央に陣取る王宮から放射線状に伸びた八本の大通りに屋台が隙間無く建ち並び、パレードは数日間続いていた。新任魔導師の任命式当日とあって、喧噪はこれがピークだ。

 数人の踊り子が通りの真ん中を進み、その後を楽隊が続く。パレードの両脇に凝り集まった人、人、人。更にその人の層の外側に屋台が並び立つ層があり、通りを形成する建物がある。

 船と馬車を乗り継いで丸ひと月、降り立った第三首都エイローテは、どこも人の歩ける隙間がない。颯が――背中にぴったりカレンを貼り付けて――人波に割り込んでいく。東がそれに続き、ピア、アレイシアはしんがりだ。

 当初、客籠を背負った竜に乗ってひと月で到着する予定だった。それを陸路で延々と馬車を乗り継ぐことになった。夜通し走らせろと御者にすごんだ颯はとても恐ろしかったが、そのお陰で任命式には間に合いそうだった。この人混みを抜けきることができれば。

 急ぎの旅だった。馬車も、客車ばかりは捕まえられなかった。荷の箱の隣では、休むことはできても眠ることは難しい。そのせいで東もピアも機嫌がすこぶる悪く、任命式や、その後の食事会などうまくいってほしいともう祈ることしかできなかった。別に信じている神がいるわけではないのだけれど。

 うるさい、どけ! 颯の恐喝めいた発言まで聞こえてくる。カレンの悲鳴が聞こえてきそうだ。アレイシアは、ピアの紅い背中から離れないようについて歩いた。そのさなか、人と人の間にはっきりと見えた人影があった。その人だけが周りから浮かび上がって、少し輝いて見えた。しろい細面に長いくろ髪。細い眼、鼻筋、唇に至るまで、形がしっかり見て取れた。人混みの向こう側にいるのに。颯とそっくりだ。うり二つ。

「レイ!」

 ピアの声にはっとした。見れば、彼女は少し先に行っていて、ついていくには限界の距離が開いている。手を伸ばして、掴まれた。引かれる。つんのめりながら振り返ると、颯にそっくりな人はもう見えなかった。昔、あの竜と出会ったときと似ている。魅入る感覚。

 ピアは見たのだろうか。颯には、伝えるべきだろうか。

 頭を振る。馬鹿げている。感覚が似ているのは気のせいだ。ただ、知り合いに似ている人がいたから見入ってしまっただけ。颯は絶世の美人でもある。

 だから、無事王宮に着いて、任命式に間に合っても伝えなかった。ただ礼だけを言って別れた。

 王宮魔導師は王族にのみ仕える魔術師である。「魔導師」の呼称は一般的に王宮魔導師を略したものだが、魔術上の身分にも「魔術師」の上に「魔導師」があり、「魔術師」の身分は一定の魔術教育を受けることで得ることができる。「魔導師」の身分は天界からその資格を受けたこの国の国王にのみ与えることができ、国王は国と王族に有益な魔術師にその身分を与える。

 国は王族を象徴とし、王宮と同等の地位にある議会が合議をして施政を行う。議会の下に軍があり、軍の中には魔術師部隊もある。軍は議会に使われる立場にあることを不満に思っており、議会は王族を快く思っていない。また王族は象徴である以上、自ら武力を持つことを許されない。王宮の警護は軍から派遣された王宮直属の軍人が行っており、王宮魔導師はそんな王宮にとって数少ない武力になり得る。

 イオレ・ローレンツの王宮魔導師任命式はこの事情からすると異例だった。

 謁見の間に議員と軍の要人に加え、魔術師部隊が数人ずらりと並ぶ様は物々しい。

 その向かいに王宮魔導師達が並んでいる。アレイシアはその中の一人――ピアの後ろに立って、開いた扉へ眼を遣った。

 紅い絨毯を黒い上着を着た少女がゆっくり歩いてくる。すっきりとした鼻立ちは母親に似て、目元と、ひときわ人目を引くあおい髪は父親似だろう。数年見ない間に随分大人っぽくなった。緊張して固くなっているが、歩調に乱れはない。国王の前に膝を着く。国王の手によってその肩に紅い上着が掛けられた。

 イオレは――環はあの上着を着たかっただろうか。彼女がピアの弟子として過ごした一年程の間、魔導師になりたいとは聞かなかった。彼女はその才能と家族を利用されているのか、利用しているのか。調べても何も出ないのは、利用していると思いたくないのひいき目のせいだろうか。

 王族が引き上げ、式典が形式上終了する。この後、豪華で、駆け引きと思惑が蠢く食事会が開かれる予定だった。いつもピアは食事会を欠席するが、主役のイオレには助けが必要だ。嫌々社交場に行く魔女と、ここで将来が決まるかもしれない少女の間に入ることを思うとアレイシアは意識が遠くなりそうだった。東がいたら少しはましだったかもしれない――いや、そもそも、天界人である彼が、この場にいられるわけもない。食事会がどうなるのか想像を試みたができない。想像を絶する。環はピアよりも人見知りする上、人付き合いが苦手だ。

 式典が終了して、イオレの元へ最初に歩み寄ったのは軍の魔術師部隊の一人だった。イオレの背中が戸惑い迷って、

「イオレ!」

 王宮に入ってから一言も発していなかったピアの声へ反射的に振り返る。

 その顔は驚きと、緊張のせいだけでなく強ばって引きつっていた。ピアの声はひそひそ声で静かに騒がしい部屋を静かにさせる程には大きく、投げやりだった。彼女は弟子を怒鳴っておきながらゆっくりと歩み寄り、わざとらしく肩を抱く。その間イオレは強ばった顔を必死に取り繕うよう努力して――失敗していた。助けを求めてこちらを見るが、してあげられることはない。諦めろと眼を逸らすと、会場の隅にいた母親と眼が合ったらしい。首ごと顔を逸らして、ご立腹の魔女の説教に相づちをうち始める。

「後を頼む」

 颯が囁いて立ち去っていく。行く先はイオレに最初に歩み寄った魔術師部隊の一人だ。引き留める間もない早業だった。娘をあんなに心配していたのに、どうして。

 そのとき、非常に近くで甲高い獣の鳴き声が聞こえた。それは呻り声に変わってどんどん大きくなる。まるで近づいてきているようだ。鳴き声は何か大きな獣――例えば先日も聞いた――のもので、空から――例えば墜落して――近づいてきている。

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