第12話
ゆで卵が食べたい。
日課の火山ピクニックに向かう俺は、唐突に訪れた衝動に胃袋とかを苛まれていた。
毎日通うことでようやく硫黄臭さとかに慣れきた矢先である。
今の俺は嗅覚と聴覚に関しては前世より優れている、と断言できるぐらいには良くなっている。
キノコ狩りの時に頼れるものが匂いしかなかったので、文字通り自然と鍛えられたお陰もあるが、今の体質によるところの方が大きい気がする。
しかも聴覚も最初に比べたら随分と良くなった。
耳がどこにあるかいまいち分からないが、吹いてくる風のちょっとした違いすらも分かるようになったのだ。
すごくね?
元々水中にいるはずの生物だから聴覚のような感覚器が発達してもおかしくはないが、陸でも発揮されるとは我ながら異常だと思う。
まあ助かっているから、今現在もありがたがってるけどね。
というか、水中だろうが陸だろうが暮らしてる場所に適応・定着が可能で飛び道具もあるか狩猟性の雑食生物ってGとかよりも驚異じゃない?
まあ、水中に適し切れるかどうかははっきりしてはないし、そもそも陸の生物かもしれないけどさ。
それに火吹く爬虫類もいるわけだしこの程度じゃ生態系に影響なんて与えられないぜアホゥが!ってことかね?
話が逸れたな。
なんでゆで卵を欲するように至ったか、ということだったな。
嗅覚に余裕が生まれたので、硫黄臭さを何かに利用してやろうと思い立ったからだ。
利用するとなると、ずばり食事しかない。
火山、硫黄、食物ときたらもう後はゆで卵に思考が完全固定されても仕方ないだろう。
温泉卵ならなお良し。
茹でるため用意にはすでに目星がついている。
というわけで卵だ。
新鮮な卵だが欲しい。
よし、せっかく火山に来たんだから爬虫類どもの卵でも探すか。
やつらが生まれる前から不味いのか確かめるのも一興。
これも厳しい生存競争だから許してクレメンス。
取り敢えずいつもと違うところを見て回るとしよう。
〓〓〓
卵を巡ってたら3日もたってしまった。
それっぽいのは発見したんだよ。
案の定大勢のSPさんがいたのが問題で。
初めてあんな数が集まってるの見たよ。
ていうか、そのトカゲの拠り所にを見つけるのも大変だった。
なんかいつもよりあいつら焦ってた、のかな?
なんかやたらと攻撃的でそこらへんの生き物を見つける度に襲ってた。
あそこまでキテる連中じゃなかったんだけどなぁ…。
繁殖期にしてはそれっぽいことはしてなかったし。
まあ考えても分からんし、まだ卵を諦めきれないからな。
取り敢えずもう一回行ってみてダメだったらもう止めよう。
卵だったらもしかしたら茶色い鳥も産んでそうだしそっちを探してみるのもありだからな。
その前に、景気付けに鉱石食っておかんとな。
あんまり美味いとは言えないけどすっかり摂取するのが習慣付いてて我ながらびっくりだよ。
さーて今日はここら辺でも試しに掘ってみるか。
えっさ!ほいさっ!よいしょお!
といった感じでいつものように岩を掘っていたが、唐突に妙な気配を感じた。
何かが押し寄せてくる、それも大量に。
小さいが、一斉に。
採掘を中止し、異変を探ろうとしたがすぐにそれは視界に入った。
火ネズミ達の大群が一斉に駆けていた。
それは蝗害を連想させたが、どうやらあれは食い荒らすのではなく何処に向かって走っていた。
いや、走ってるのではない。
脇目も振らないその必死さは、力の限り逃げおおせてるのだと理解させるのに数秒もいらない程だった。
そこで今更ながら俺は危機感を抱くに至った。
最短距離で火山から離れるための行程を即構築即実行に移そうしたが、それは叶わなかった。
「GRAGUGIAAAA#########!!!」
意識を刈り取るばかりか、聴覚をも粉砕せんとする音の暴力。
なまじ耳が良かったせいなのか、その被害は尋常ではない速さと大きさをもって俺を滅多打ちにし、意識は暗闇と共に底に叩き込まれた。
一体、何があった。
いや、叫び声だ。
それだけは、多分、わかった。
どれぐらいの時が経ったかは見当も付かなかったが、朧げながらもようやく頭の回転がはじまった。
ただの音でこの有様。
しかも姿すら見えない距離で。
その事実に俺は只々戦慄し、知らずに震えていた。
早く逃げるんだ。
間に合うのか?
身体がまだ満足に動かせないのに?
この場を離れなければならんのは理解している。
だが、恐怖は容易く理性を侵す。
未だ手足が自由に動かせないのが、それに拍車をかけた。
そして俺は、隠れてやり過ごすことを選択した。
これ以上不安が重なるのに耐えきれなかったのだ。
どうせ一時的なものだと。
ここに来るはずはないのだと。
その内全力で逃げ出せるようになるのだと。
侵された思考は、都合の良いものだけを選んでしまうようになってしまった。
だが、それだけの衝撃だったのだ。
岩と壁の間に身を隠した。
俺は、そこに潜めば助かると信じて。
〓〓〓
己を鎮めるために隠れてからどれぐらい経っただろうか。
秒分時間、いずれの単位になっていようが俺にはどうでもよかった。
一刻も早く嵐が過ぎ去るよう、全身全霊をかけて祈っていたからだ。
そしてそれは、俺の心が落ち着くのを待たずに、終わりを迎えた。
地鳴りが響く。
そのまま縮こまるのが確実なのだが、あえて俺はほんの僅かだけ身を岩陰からだして伺う。
一瞬自分の距離感を疑ってしまった。
それは、巨大な赤い恐竜に見えた。
しかも、大きな一対の牙がはみ出しており赤い岩を着込んでいるかのような。
すぐさま隠れ直し、目に映った情報を反芻した。
ダメだろ、あれ。
デカすぎ、どうなってんだよ。
そして今更、叫び声を聞いたときに隠れてしまったことを後悔していた。
咆哮、巨躯、牙はいずれも獲物をを求めているにようにしか見えない。
いや、求めていなかったとしてもそれは俺を萎縮させていただろう。
あのとき安直に隠れなどせずに
何が何でも逃げ去るべきだっのだ。
生まれて初めて受けた恐怖が、未だに俺を奈落に引き摺り込もうとしてる。
そう錯覚せざるを得なかった。
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