第8話
グッモーニン皆の衆。
ボロ負けしたクソザコ甲殻類くん1号とはこの俺のことゾ。
あの決死の敗走劇から、俺は己の力不足を痛感して牙を研ぐことを決心したわけだ。
そんなわけで最初のスタート地点から、また別の方面を調査してみたのだ。
しかしあんまりいい成果は出なかったんだな、これが。
浜辺をある程度進んでみたが、あるのはジャングルと浜辺と岩場しかなかった。
一応そこまで広い島ではないことと、別の島が複数存在していること、そしてそのもっと向こうには恐らくだが、ここよりかなり大きな島があった、ということが判明した。
かなり大きな島はもしかしたら大陸なのかもしれないが、俺はまだこの島から出るつもりはない。
ここですら苦戦するようでは、さらに広大な舞台で生き残れる可能性は低くなってしまうと思ったからだ。
それに、ここで当分暮らすとなれば、あの赤黒トカゲとの縄張り争いはいつか起きるだろう。
あいつが火山以外にも行動範囲を広げない、なんて保証はどこにもない。
逃げ続けながら生きることもできるが、あいつが複数存在することを考えれば、それは緩やかな滅びに繋がるやもしれない。
なにより、俺自身が許せなくなる。
上手く言葉に表せないが、負けたままではいられないという気持ちと、勝てねば喰われてしまうという焦燥感が、日をまたぐごとにじわりじわりと募っていった。
これを放りっぱなしにするのは、俺の性にはどうしても合わない。
とにかく、よく分かっていない自分の気持ちに整理をつけたいのだ、逃げるのではなく。
だからまだ見ぬ新天地のことはいっとき忘れ、ただ強くなろうと腐心した。
成果に現物はなかったが、何も得なかったわけでは無かった、というわけだ。
現物は大事だからね。
さて、やったことといえば、明らかに毒に見える動植物を悪食したり、殻を鍛えるための鉱石を求めて危険を冒したり、日がな一日掘り続けたりなど。
とにかく色々やった。
特に水鉄砲の訓練は最も困難を極め、最も力を入れた。
さらなる威力を求め、俺は水圧カッターへの技能開発を試みた。
勢いよく撃つだけではなく、歯と舌をどのように配置すれば良いか、水圧を上げるために肺活量などを鍛えた。
試行錯誤の中、失敗をして口の中が聖飢魔II染みた惨状になり、一歩間違えれば食事そのものを憎みかけたりもした。
一番難儀したのは間違いなくこれだろう。
そもそも、まともな生物が簡単にできるような行動ではないのだから、難しいのは当たり前なのだ。
だが、それでも俺は諦めなかった。
来る日も来る日も水を、鋏と口から出し続けた。
心が挫けそうになったし、無駄ではないかと日が昇る度に悩んだりもした。
しかし、俺の体はそれにほんの少しずつだが、応え始めたのだ。
そのひとつが、前述の口内崩壊( ガチ )だ。
思えば、あれが契機だったのだろう。
自らの肉体すら耐えられない力を内側からだせたということは、いつかそれに耐えらるよう、肉体が変化していけるのではないかと。
筋肉痛か、筋肉そのものが成長することで起きるのと同じように。
己の可能性を信じるきっかけを得た俺は、さらに来る日も来る日同じことを繰り返し、繰り返し続けた。
こうして長く、苦行とも言える作業を繰り返した末にようやく、手に入れたのだ。
岩すら紙の如く切り裂く一撃を。
だが、これをものにした、と言うには、欠点がやたら多いのが難点だった。
撃つためには鋏も使って全身で支える、体力消耗が激しい、発射硬直が大きい、などなど。
いつでも使えるものではないのだ。
だが、それを補って有り余る破壊力を得たことで、勝機を見出せるようになった。
これは本当に大きい。
ちなみに殻についてだが、黒い石を食べ続けたことで脱皮の回数を重ねるたびにその色が増してきた。
すっげぇ黒くなってる。はっきりわかんだね。
甲殻類なりに柔軟体操をかかさなかったり、はたまた黒い石の性質なのか、柔軟性が向上したのは大幅な強化といえよう。
もちろん体操だけでなく、持久走による体力増強にも余念は無かった。
あと、俺は現在ヤドカリっぽい生命体のはずなのだがヤドそのものがこころなしか小さくなっている気がする。
このまま成長したらいつか蟹っぽい生命体に進化…進化?うん進化でいいや。してしまうのかどうか
が目下の悩みとなっていた。
ご飯を食べている時と訓練の時と眠っている時と探索している時以外は気になってしまう。
全部足したら1440分だろう。
ああ悩ましい。
それにしても、殻とヤドが同化するとか甲殻類としてどうかしてると思いませんか?あなた。
まあそんなこんなで戦いのための準備は、長い時間を費やしたはずなので、それなりになったはずだ。
多分、下手したら1年以上掛けたかもしれない。
左鋏の完治や水圧カッター習得に時間かけまくったせいなのだろうが。
もうあの赤黒トカゲを見つけるたびに一目散逃げ出したり、偶然出会ってケツ丸出しで全力疾走したり、息を殺して気づかれないように戦線離脱するのも、今日で終わりにする。したい。いや、させて頂きたい。
ではいざ、あの火の山に再訪問だ。
俺の研いだ牙は通じるのか、それとも敗れて喰われる側になるか、はてさて。
あ〜そういえばストックしといたキノコは全部処分しとかなきゃなー。
いつ帰るかわからないからなー。
仕方ないねー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます