第7話

目標の水場までは100m超と見積もった。

いつもなら少々遠いぐらいの距離だが、今の危機的状況だと少々どころではない遠さである。


ここは比較的陽当たりと見晴らしの良い岩場だが、俺ぐらいのデカさのやつが隠れられる場所は皆無だ。

というか眼前でかくれんぼとか光速却下だ。ポイーで。

だが岩場とはいえ砂利を飛ばすくらいならできる。


というわけで噛みついてくるのにあわせ、毒霧を当てる前に砂利で怯ませる案を選択する。

問題は俺が反応しきれるかどうかだが、やるしかないだろう。


そして、赤黒トカゲが再び向かってきた。

いかん、さらに速さが増している!

さっきまでのは小手調ということか、やられた。


さっき立てた案を無視して鋏で防御するが代償は大きかった。

左鋏の一部を食い千切られてしまったのだ。

激痛と恐怖に耐え、再び反射的に後方へ跳躍して距離を離したが、損害が洒落にならない。


今更ながらに、この赤黒トカゲの脅威の大きさに慄いてしまった。

膂力、知能、素早さ。

いずれも今まで会ってきた敵とは一線を画していると、認めざるを得なかった。


だが負けてやる気はサラサラない。

俺の頭は悪いが、元人間様の意気地悪さを手放した覚えはない。

相手が一番やられて欲しくない瞬間か、目標を達成して気が緩んだ瞬間にとっておきのをお見舞いしてくれる。


腹をくくって眼前での敵を睨み返す。

俺の鋏を美味そうに食いやがってコンニャロー。

だが、これなら一度成功して味を占めているだろう。

博打になるが、もう一度同じ行動に出るはずだ。

まあこいつは岩蛇ごと俺を頂こうとしたんだ、その食い意地にベットしてやる。


そして、また噛みつこうとする口に向かって、今度は自ら怪我をした左鋏を突き出した。


あわよくば口内でも傷付けられたら良かったがまあ、現実は悲しいね、バナナアジ。

そのまま噛み砕かれ、今までのとは比べようのない痛みと喪失感に苛まれる。


だが懸命に食いしばり、耐える。

片手じゃ食事が不便だな、と場違いな事を頭の中で浮かべるが、一方で、俺の生存本能という名の爪は敵を殺傷せんと敵対者に迫る。


しかし避けられた、読まれたか。

ならば、と思い切り振った脚で砂利を小石ごとぶちまける。

人間と違って足の甲が無いなので、そこは足の絶対数でカバーする。


ほぼ勝利を確信し、戦利品を安全な口腔に収めようとしてその場を動かなかった赤黒トカゲは、その眼に砂利を受けた。

力の差を再認識した故の慢心か、一瞬とは言え目潰しは成った。

これが明暗を分けた。


前もって喉の奥に力を込めていた俺は、そのコンマ数秒を待ち望んでいた。

コノシュンカンヲマッテイタンダー‼︎


全力の毒霧を頭部に発射。

このタイミングと距離なら、大当たりするしかあるまい。

赤黒トカゲは堪らずに呻くように鳴きながら、前足で頭を庇いつつ後退した。

千載一遇の機会を得た俺は後ろ向きに全力疾走する。

あとは逃げ切れるよう祈るのみ、


10秒は走ったか?

このままら目標はもうすぐだ。

頼むぜ神様仏様!


だが突如背後で小規模な爆発が幾つも巻き起こる。

あの野郎、確かに見た目がサラマンダーっぽかったけど本当に火を吐き出したのか。


やたらめったら撃っているのは目潰しetcがまだ効いている証拠だが、運悪くの俺のいたすぐ後ろで爆発が起きてしまう。


しかしピンチはチャンス。

映画のラストシーンのごとく、全身を投げ出して跳躍する。

爆発の余波を上手く利用できたのは、おそらく頑丈な殻のおかげだろう。


そのまま派手に着水を成功させ、あやまたずに水中へと遁走するのであった。


あれ?そういや俺ってどれぐらい泳げるのか試してなくね?


…赤黒トカゲとまた会いたくないし、もう行き当たりばったりでいいや。

あんな危険なやつ相手にしてたら、命が1ダースぐらいは足りない。



〓〓〓




結果的にだが、この体の潜水性が高いことが判明した。

我ながらトンデモ生命体だなほんと。

しかし流石に水中昼寝敢行は無理やな、試しようがないわ。

土左衛門は嫌すぎる。


それにしてもあの赤黒トカゲは強敵だった。

大きさそのものは岩蛇と変わらないくせに力はあるは火は吐くわで最後まで危機感が薄れることがなかった。


多分今まで会ってきたやつで一番強いな、あいつは。

よくぞまあ左手だけで逃げ切れたものだ。

ちなみに、思ったよりも出血はしてしなかった。

おそらくだが左鋏は自切をしたためか、痛みこそあるが軽度の流血で済んだ。

さらにトンデモ生命体疑惑の浮力が増した気がする。


また火山に行くなら、奴との再戦は避けられないだろう。

今回の事で、俺はまだまだ喰われる側の存在であることをまざまざと見せつけられた。


あそこへ向かうのは時期尚早と判断するのも致し方なかろう。

だが俺は既に、雪辱戦への闘志に燃えていた。

あそこまでいいようにやられては、もはや同じようにやり返してやることか考えられなくなっていた。


さて、まずは左鋏を戦えるように、復調させねばいかんな。

脱皮すれば体格もよくなるから、より一層食事には力を入れるべきだな。

決して食い意地を張ってるわけじゃあないからな。

水鉄砲の威力と鋏の強度もできるだけ上げるようにしなければ。


初心にかえって、あの砂浜からもう一度やり直しに行くのもいいかもしれない。

完治には時間がかかりそうだからな。

さて、ボチボチ行きますかね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る