第5話 お風呂前の死闘は睡眠不足のせいで?
昨夜、僕は結局一睡もできなかった。うたた寝をすれば、「何を寝ているの!」と怒声が飛んできたからだった。もちろん、お姉さんの目の下にも隈ができている。
「あんたのせいで一睡もできなかった。最悪。さっさと出ていきなさいよ」
そう言って、僕を白眼視してくるのは、変態お姉さんの親友だ。
「樹、待って。パーニャに行かせて」
「パーニャ?」
「サウナ……じゃなくて、お風呂!」
「いいわね。幼いころみたいに一緒にお風呂に入りましょう!」
「ごめんなさい、樹。私は心に決めた人がいるの」
何その意味深な言葉。お姉さん? あなたわざと言ってますよね?
どう考えても爆弾が投下された。僕は、こっそりと立ち上がり、忍び足で玄関に向かう。
「愛海ひどい。まさかじゃないけど……」
背中にするどい視線を感じる。もう殺気といっていいレベルじゃないだろうか。
僕はゆっくりと振り向き愛想笑いを見せる。
「逃がさないわよ」
二人の声が揃った。同じ言葉なのに、全く意味が違う。
僕は急いで取っ手を掴んだ。取っ手を下げて扉を押すもあかない。何度も何度もやってみるもあかない。
あぁ、きっと、ここにも何か石の力で閉められているのね……。
冷や汗が出る。振り向くと、二人のお姉さんが迫っていた。一人は狂気を放ち、一人は殺気を放つ。この謎の状況を上手く乗り切る方法なんて思いつかない。扉さえ開けることができれば……。
僕は誓った。この世界のことを勉強しようと。
「観念しなさい」
あ、はい。
「出ていけ。私と愛海の時間を奪うな!」
「お風呂に入りますよ! これもご主人様のためなのです」
玄関の方に右手を引っ張られ、お風呂があるのであろう方向に左手を引っ張られる。僕は、痛みを我慢しながら昨夜のことを考えながら、二人が落ち着くのを待つことにした。
お姉さんの親友、水鏡樹は何をやっているの、と声を上げた後、いきなり号泣しだした。
「なんでよ、なんでなのよ。私がどれだけ心配したと思ってるの。黙ってどこかにいちゃって、お日様が何度も何度も沈んで昇って、私が愛海のことを忘れかけたころにひょっこり帰ってきた。と思ったら、愛海は全身痣だらけで、見たこともないボロボロな服を着てるし、髪の長い身元不明な子を連れてるし、何も話してくれないし、その子につきっきりだし、ねぇ、私の言ってることわかる? 私は意味わかんないよぉ」
今思うと、あの時の何をやっているの、という言葉には、複雑な心境があったことが想像できる。何があったか立ち入ったことを聞く能力は僕になかったから、それは二人にしかわからないことだが、きっとお姉さんにも何か思うところがあったのであろう。
だがしかし。そうだからといって、僕をだしにできた溝を埋めないでほしい。ちぎれますよ、本当。僕身体が溝のように真っ二つになっちゃいますよ。
「そもそもおかしいんだから! 何で沼田家のご令嬢が、侍従になってるのよ。ううん。それは百歩譲りましょう。なんで途絶えた東雲家なのよ。おかしい、おかしいとこばっかりっ!!」
ちょっとあのぅ。僕も知らない情報が出てきたんですが、何ですかそれ? お二人さん昨日何か話しこんでましたけど、何で僕はかやの外だったんですか? それ重要な情報じゃないですか。
「それには、話せない、秘密のわけがあって。それは話せば長くなるほどの旅と二人の共同作業があるような、ないような」
お姉さ~ん。幽閉された場所からここにくるまで僕ずっと眠ってましたよ。記憶喪失になる前の話ですか? それは知りたいような知りたくないような。
「この裏切り者! うらやま……違う。こんな裏切り者の東雲家なんて許せない! だって変じゃない。東雲家夫妻が消えたと同時に愛海もいなくなったのよ。はっ、もしかして……」
急に腕を離されて、お姉さんの方へよろける。お姉さんはしっかりと受け止めてくれた。
「あなたが殺したの?」
地面を蹴ったと思えば、壁際に立てかけられていた大剣を握り構えていた。先程までと違い身も縮れるほどの殺気が襲ってくる。
「ちょっと樹。本当に怒るよ」
お姉さんが僕をかばうように抱き寄せた。その手に力が入っている。やはり、水鏡さんは只物じゃないようだった。
「わかった。愛海がそこまで言うなら」
しぶしぶといった感じで剣を置いた。
「でも、お風呂は一人ずつだからね! これで手をうって」
「そこは譲れない。私はこれでも侍従なの!」
「もうー。わかったわよ」
本当に分かったのか、僕を見る目つきが怖い。どこからか布を持ってくると、僕に近づいてくる。
「そんなに怯えなくても。とって食おうってわけじゃないから」
水鏡さんは僕の後ろに回ると、布を目を隠すように巻いた。そして、めいっぱい力を入れてくる。
「痛い、痛い」
「この目が見えなかったら、許せるんですけどねー。いっそ、目を潰してみましょうか」
怖い、この人本気だよ。
「愛海に変なことしたら、ただじゃすまないからね。この布も取ったら……わかってるわね?」
僕はすぐさま首を縦に振った。
「樹、ありがとう。やっぱり樹は頼りになる」
「当たり前じゃない。私はあなたのお姉さんなんだから」
「もう。それ子供のころの話だし、生まれたのだってちょっと早いだけじゃない」
「姉妹の関係は永遠なのよ!」
そう熱く語る水鏡さんを見て、やっぱり変態お姉さんと同種の人間なのだと妙に納得した。
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