死の舞踏②

 スケルトンの真っ黒な指が白の鍵盤を支配して旋律を奏でる。

 この曲には沢山の不協和音がある。

 不協和音により生まれた違和感。

 それがワルツの持つ優雅さと絶妙に混ざり合い、矛盾を抱えた狂気のメロディーと化す。


「……」


 死の舞踏は元々は歌曲だ、そして歌曲は交響詩(オーケストラとかで演奏される曲)になった。

 交響詩の死の舞踏の冒頭にあるヴァイオリンのソロパートは、死神のヴァイオリンと呼ばれている。

 死神がヴァイオリンを弾き、それに合わせ骸骨達が踊る、その様な光景をイメージしてこの曲は作られた。

 今スケルトンが弾いてる狂気のメロディーはそれを表していた。


「………」


 黒と白のコントラストから生まれた音が、薄暗い部屋の壁の影に吸い込まれ、聴く者の背後にヒタヒタと忍び寄ってくる、俺はスケルトンの演奏を聴きながらそんな事を考えてた。

 スケルトンは体を少し揺らしながら、優雅に真っ黒な指を動かして鍵盤を押す。

 その姿が曲の雰囲気と合っていて、一瞬死神なのではと錯覚した。


「……!」


 右手と左手が合わさり、上がっていく旋律。

 まるで心の中にある死への恐怖を叫んでる様だ。

 背中にゾクッと寒気が走る。

 腕には鳥肌がたっている。

 曲の持つ雰囲気とこれ程までにマッチしている演奏は初めてだ。

 もっと聞きたい、いや二台で弾いてる音楽が聞きたい。

 半分のパートしか弾いてないのに、こんなに魅力的な演奏なんだ。二台ピアノで弾けばもっと凄い筈だ。

 俺はポカンと開いてた口を手で塞ぎ、興奮を押さえながら笑った。

 もし誰かぎ見てたら気持ち悪いと言うだろう、でもそんなの関係ない。


「………凄いな」


 興奮して心臓が高鳴る。

 その興奮を察してくれたのか、メロディーの音が少し大きくなった。

 そしてスケルトンの目玉の赤い火が揺れ、タタタタタンと音楽は唐突に終わった。


「俺が弾けるのはここまでだ」


 そう言ってスケルトンは大きく肩を上げて、スッと力を抜け落とした。

 俺は半殺しにされた気分になった。最後まで弾いて欲しかった。


「なぁどうだった? 半分しか弾けない癖に言うのも変だけどさ。これでも頑張ったんだが……」


 スケルトンは落ち込んだ様にため息をつく。

 どうだったかだって? そんなの決まってる。

 ピアノを最近始めたばかりのスケルトンが一週間足らずで、の死の舞踏の半分を弾いたんだ。


「……良い」


「ん? 」


「スケルトン……お前……」


 気付くと俺はスケルトンに飛び付いていた。


「やべぇぇぇよおぉぉ! お前凄えぇぇ! 」


「ぎゃああああ⁉︎ 骨が折れる折れる! ヤバイから、マジでヤバイ! 剣状突起がヤバイから! あぁもう気色悪い! 離れろお! 」


 スケルトンの拳が俺の顔にヒットした。本日二回目。

 我に返り、俺はスケルトンから離れて謝った。


「ごめん、ちょっと興奮しすぎた。とにかくスケルトン、お前本当に凄い」


「本当か……どこがだよ」


「そうだな、まずはここだ」


 俺は近くにあった鉛筆を取って、譜面板に置かれた楽譜に書き込んだ。


「冒頭にあるこのメロディーだ。ここの音の響き。最高音がよく響いてとても綺麗だった。意識してたのが分かった」


「あぁ前に言われたからな。和音とか音が重なってる所は一部を除いて一番上の音を意識した方が良いって。そっちの方がメロディーのラインが分かるし音楽の流れも分かるから、何より綺麗だからな」


「そうだ。そっちの方が綺麗なんだ、最高音以外の音が大きく出るとあまり響かないし五月蝿くなる。だから全体的に意識してたのが良かった、あーもう脳汁ブシャー」


「お前どうしたんだ? 馬鹿になったのか」


「お黙り。それだけ興奮したんだよ。さて次だけと、この部分だ」


 俺は楽譜を一枚めくり、タタタタタンと書かれてる部分を指した。


「この部分。ワルツのリズムが良く分かった。ブチブチ切れるんじゃなくて、大きくフレーズを感じてるから音楽が優雅に流れていくのが分かった、でも」


「でも? 」


「右手に意識しすぎてるからか左手がちょっと雑になっていた。左手の音の長さと強弱が不安定で、偶に飛び抜けて目立っていた。左手がメインになる事が多いけど、この部分は右手がメインだ。だからここの左手はもう少し控えめに弾いた方が良いと俺は思う」


「なるほど……」


 スケルトンは俺が指した部分に「控えめに」と書き込んだ。


「難しいな。右手を意識すると左手がおざなりになるんだから」


「あぁ、ピアノはメロディーだけを意識して弾けば良いってもんじゃない。だけどスケルトン、これは二台ピアノ、相手の演奏を聞くのが何より大事だ。だから俺が言ったのはあまり重要じゃない、でも頭の中に少し入れてて欲しい」


「分かったぜ。ふぅ、やる気出てきたぁ〜」


「よし、ならまだいくぞ。次はこの部分だが……」


 その後、俺は自分の感じた情景をスケルトンに説明した。

スケルトンはそんな俺に偶に文句を言いながらピアノを弾いた。

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