死の舞踏①

「スケルトン。何の曲を弾いてきたんだ? 先週俺が言った曲の中から何か弾きたい物はあったか? 」


 右端っこにあった机を部屋の中心に寄せながら、俺はピアノの前に座ってるスケルトンに言った。

 適当に鍵盤を押すのを止めて、スケルトンはこちらを見た。


「あぁそれなんだがな、無かった」


 ガタッと持っている机を落とした。何だとこいつ。


「お前……じゃあ今日は何を弾いてきたんだよ」


「へっへ、まぁ待ちな。とりあえずこれを見ろよ」


 そう言ってスケルトンは如何すればそんな物が入るのか分からない程のチラシの束を、自らの肋骨の中から取り出した。

 手渡されたチラシの一枚を受け取って見ると、ミミズが這った様な魔界の文字と、叫び狂ってる魔界の住人が描かれてた。良英


「何じゃこりゃ、おいスケルトン」


「それはこの街ジュゼールで行われる祭りのチラシさ。お前は最近引っ越してきたばかりだから知らないだろうが、ジュゼールでは毎年この時期に祭りをやるんだよ。祭りには色んな催しがあるんだ。そん中でも特に盛り上がるのがこれさ」


 スケルトンは魔界の文字が密集しているチラシの中心を指差した。


「何て書いてるんだ? 」


「トリトヌスの芸劇。この街に住んでる奴らが全員参加できる催しだ。音楽や大道芸、自分が出来る色んな芸を祭りに来てる奴らに披露するのさ。俺はこれにピアノで出るつもりだ」


 そう自信満々に言うスケルトン。

 燕尾服を着た骸骨がステージの上でピアノを弾くのを想像をすると、少しシュールだな、と思った。


「それでよ。祭りで弾くんだ、ならちっと派手な曲が良いと思ってよ。俺はこれを弾こうと思うんだ」


 スケルトンは鍵盤に指(骨)をのせ、適当に曲のメロディーを弾き始めた。

 一見穏やかだが、そのゆっくりとした中には底知れない不安を秘めている不協和音のワルツ。

 一度聞いたらしばらくは忘れない特徴的なこの曲は


「サン=サーンスの(死の舞踏)」


 ピアノを弾くのをやめて、スケルトンは頷いた。

 サン=サーンスはフランスの音楽家だ、

 この曲はサン=サーンスの作品の中でも有名だと思う。同じ名前でリストという音楽家が作曲した死の舞踏もあるが、死の舞踏といえばサンサーンスの方が有名だろう。

 死の舞踏はサンサーンスがフランスの詩人が作った詩からインスピレーションを得て作られたと言われてる。

 そのシリアスなメロディーと不協和音の羅列で当時の人々からは批判を浴びたが、時代が経つにつれて好まれていく様になった歴史を持つ作品だ。


「死の舞踏を弾きたいんだよ。この曲の死を嘲笑ってる様な時々明るくて不気味な感じが俺的にすんげぇ好みなんだ。それに俺は死んでるしよ、物凄くピッタシじゃね」


 そう言ってスケルトンは顎の部分をケタケタと鳴らす。

 俺はそれを見て、確かにピッタシだと思った。

 大勢の観衆の前で死人が死の舞踏を弾く、弾いてる光景を浮かべると少し恐ろしい。


「面白いな。ならそれを弾くという事にしよう。あっ確認だがサンサーンスの死の舞踏はソロ、二台ピアノ(二台のピアノを二人で弾く)と、四人で弾くバージョン(二台ピアノ八手、二台のピアノを四人で弾く)があるがお前はソロで良いんだな?」


 スケルトンは「いいや」と言ってチッチと人差し指を横に振った。


「いや、俺は二台ピアノで出ようと思ってる。パートはPRIMA(二台ピアノの場合はprimaとsecondと二つのパートに別れてる。primaは結構目立つ)だ。相棒はアイツだ、話はもうついてる」


 スケルトンは自分の首(脊髄)をチョンチョンと触れる。

 その動作で俺は気付いた。


「アイツか……分かった。俺は明日アイツに会うから色々と言っておく事にしよう」


 俺はピアノの譜面板の側に置いてる予定帳を取って、明日の事について色々と書き加えた。


「そうだスケルトン。祭りはいつあるんだ?」


「あぁ本当は5日後にやる予定だったんだ、けど最近物騒な悪魔が徘徊してるからな、延期して一ヶ月後にやる事になったんだとよ」


「へぇ随分と伸びたな」


「何かお偉いさん方の日程を合わせる為にそこまで伸びたらしいぜ、俺としては練習する時間が出来て嬉しいがな、嬉しくて死んじまうぜ! 」


「ふーん」と適当に相槌をうって、頭を掻きながら俺は考えた。

 一ヶ月か、多分大丈夫だろう。

 スケルトンは骨だから技術的な問題はあるが、ピアノの譜読みは物凄くはやい。

 それにスケルトンはおちゃらけているが、ピアノを弾く時は真面目だ。

 スケルトンがまだ普通の人間だった頃、スケルトンはピアノを弾きたくても弾けずに死んでとても後悔したらしい。

 だからスケルトンはピアノの練習をいつも怠らない。一ヶ月もあれば弾ける様になるだろう。

 俺は予定帳を閉じて、スケルトンを見た。


「分かったスケルトン。死の舞踏を弾ける様に一緒に頑張ろう。全力でサポート、レッスンするから」


「うっし、ありがとナス! 頑張るぜ」


 スケルトンは目玉の部分にある赤い火を大きく燃やした。気合い十分みたいだ。


「よし。ならまずはどれ位譜読みが進んだか教えてくれ」


 スケルトンは「OK」と言って、持ってきた死の舞踏の楽譜をこちらに渡した。

 楽譜は人間界で売ってる様な物では無い。

 全て五線譜に手書きで写している、つまり写譜された物だ。

 スケルトンの五線譜には販売されてる物と変わらない程、丁寧に写譜されていた。

 そして一枚一枚隙間なくテープで繋がっている。

 何故か一事が万事と言う言葉を思い出した。


「スケルトン」


「何だ? 」


「お前凄いな」


「なっ何だよいきなり気色悪い。あっ俺が譜読み出来てるのはここまでだぜ」


 スケルトンは楽譜全体の半分くらいの所で指指した。


「もう半分もいったのか。なら弾くのは大丈夫かな。この曲は似てるメロディーが多いし。何か弾きにくくて困ってる所は?」


「あーそうだな。弾くのが難しいっていうか、全体的に分かりにくい所があるな」


 スケルトンは死の舞踏のある部分のメロディーを弾き始める。

 そのメロディーはタタタタタン、タタタタタタ、タタタタタン、タタタタタンという死の舞踏に頻繁に現れるメロディーだった。


「独奏みたいな感じになる前のこのタタタタタンの部分なんだがな。タタタタタンを伸ばそうか伸ばすまいか考えてるんだ」


「えっと、まずタタタタタンをフレーズとしよう。要はフレーズの終わりの音、タタタタタンのタンを伸ばそうかどうか考えてるんだな?」


「そうだ。俺は短めにスタッカートみたいなのが良いと思ってるんだが」


 スケルトンはそう言って短めに切ったバージョンと長く伸ばしたバージョンを弾いた。

 うーんどう聴いても短めの方が良い。それにこの部分ってスタッカート(音楽記号で短めに弾くという意味)が書いてた気がする。

 人間界にいた頃にピアノの師匠と死の舞踏を一緒に弾いた事がある。

 その時に色んな死の舞踏のCDを聴いたが、殆どが短かった。

 長く弾いてるものもあったが、俺はそれをくどく感じた。

 例えるならカツ丼食べた後に、天丼食べて、コーラを飲んで、ドーナツを食べた気分、糖尿病一直線だ。


「そうだなスケルトン、これは短めの方が良い」


「おっそうか。やっぱり短めが良いか」


「だけど短すぎるのは良くないからな。あまりに短すぎるとフレーズがブチブチマグロのブツ切りみたいに切れて音楽の流れが止まる。特にこの曲はワルツ、踊りの曲だ。流れを意識しないと」


「分かったぜ、意識してやってみるわ。えっとメモメモ……」


 俺はピアノの上にあった小さなメモ用紙をスケルトンに渡した。

 スケルトンはそれに必死に書き込んだ。


「おっしゃバッチリ。んじゃあ弾ける所まで全部弾いてみるぜ」


「あぁフレーズを意識してやってみて」


 スケルトンは頭を軽く下げ、鍵盤に指(骨)をのせた。

 カランと骨の乾いた音が部屋に響いく。

 それを合図にスケルトンは死の舞踏を弾き始めた。

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